99話 先輩の前では
「アルテを助ける? 俺が?」
「はい」
フローラは小さくうなずいた。
アルテといえば俺を騎士団から追い出し、俺の屋敷を襲撃した相手だった。
そして、今もフィリアの身柄を狙っている。
少なくとも、俺が積極的に助ける理由はないと思う。
フローラは弱々しく微笑んだ。
「あんな人でも、わたしにとっては大事な姉ですから」
「俺にとっては、そうじゃない。アルテも俺のことなんか仲間だと思っていなかったみたいだし、俺にとっても、もうアルテは仲間じゃない。むしろ敵だといってもいいぐらいだよ」
「でも、先輩は屋敷の襲撃のときも、お姉ちゃんを殺そうとしませんでした。しかも、翼虎との戦いでもお姉ちゃんを守ってくれた」
「あれはまあ、成り行きだよ」
じっとフローラが俺を見つめた。
なんだか居心地が悪い。
フローラの大きな黒い瞳からは、何の感情も読み取れなかった。
「仮に俺がアルテを助けるといっても、何からどうやって助けるのかな。さっきはたまたま俺がアルテの近くにいて、他に前衛がいなかったから、力になれた。けど、もっと戦闘力のある冒険者はほかにいるはずだよ。例えば、クレオン」
「クレオン先輩ではダメなんです」
フローラは声を低めた。
ほとんど聞こえるか聞こえないかの小さな声だ。
フローラはまるでクレオンのことを警戒しているかのようだった。
「きっとソロン先輩なら、私たちのことを助けてくれます」
「どうかな」
「先輩がお姉ちゃんを助ける理由がないことなんて、わかっています。だから取引をしましょう。私はこの攻略作戦を成功させて、ソロン先輩とフィリア殿下を守ります。その代わりに、もしお姉ちゃんが救いを求めていたら、守ってあげてください」
「アルテは俺に助けてほしいと言うぐらいなら、死んだほうがマシだと思っているよ」
「そんなことはありませんよ、きっと。それに救いというのは、戦いのなかだけのものではありませんから」
「なんだかフローラは預言者みたいだな」
「いちおう……占星術師ですから」
「ともかく、フローラがどんな事態を想定しているのかわからないな」
「このネクロポリス攻略作戦が終わったときには、すべてわかります」
「今は教えてくれない?」
フローラは何も言わず、くすっと笑った。
教えるつもりはない、ということだろう。
フローラにはなにか思惑があって、クレオンやアルテとは別に独自に行動しているみたいだ。
けど、フローラが何を考えているかは、まったくわからなかった。
「本当に大事な想いは、言葉にはしないものなんです」
「もっとフローラは思っていることを口に出して、堂々としていればいいと思うけどね。フローラは俺なんかよりずっと優秀な魔術師なんだから」
俺の記憶のなかにあるフローラは、いつも姉や周囲の顔色を伺い、びくびくしている子だった。
たぶん、自信がないんだと思う。
でも、フローラは実力も指折りの魔術師だし、頭も良ければ容姿だって優れている。
それに気弱な性格だって、周りのことを気づかうことのできる優しい性格だともいえる。
だから、もっと普通に、正直に振る舞えばいいのに、と俺は思っていた。
俺の言葉に、フローラは遠い目をした。
「そうですね……。この攻略作戦から生きて帰れたら、そうするのも悪くないかもしれません。で、でも、そんなふうに振る舞うなんて、できるかどうか……わかりませんけど」
「高度な占星魔法を扱うことに比べたら、ずっと簡単なことだよ」
「私にとっては難しいんです。でも……」
「でも?」
「先輩の前では、少しだけ素直でいられるような気がします」
フローラは首をかしげて、そして、嬉しそうに頬を緩めた。
言われてみれば、騎士団時代からそうだったかもしれない。
フローラは姉と話しているときや他の団員たちと話しているときはいつもおどおどしていた。
けど、俺と話しているときだけは、比較的自然な態度のことが多かったと思う。
俺たちは話しながら、気を失っている冒険者たちの救護を進めていて、クレオンやリサたちが助けてくれた冒険者たちも含めて、おおよそ全員分の手当が終わった。
すでに命を落とした冒険者たちは、もう救うことはできないけれど。
俺たちは遺体に手をかざして黙祷した。
帝国教会流の弔いだった。
俺はフローラを、クレオンを、リサを、カレリアを、そして他の冒険者たちを順番に見つめた。
フィリアやアルテたち他の冒険者はそう遠くない場所にいるはずだ。
そして、遺跡はいよいよ最深部へと突入する。






