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フルコース1

 流れ人で、最近厨房で働いている料理人テツ。城で働く者なら、その名を聞いたことがあるだろう。だが、ここには沢山の王都外から来た者達がいる。その為、頭の中には「誰だ?」という疑問が浮かんでいた。それだけではなく、ここにいるほとんどの者が唖然とし、半数近い人が顔を顰めている。それは、目の前に出された料理が原因だった。だが、そんなことは気にせず、テツは料理の解説を始めるのだった。


「さて皆様。まずは『アミューズ』、突き出しと呼ばれる物を用意させて頂きました。料理名は『皿の前にいる皆様の心』です」


 テツの言葉を受け、貴族たちは顔に青筋を浮かべる。中には「ふざけるな!何が我々の心だ!」「こんな物食べられるか!帰らせてもらう」などと声を上げ、立ち上がる者さえ出始める始末だ。スクルス王でさえ、運ばれてきた皿の上の物を見て顔を顰めている。この中で表情を崩さずいられているのは、内容を知っているアレクサンドロス王子だけだろう。


 運ばれてきた白い皿の上には、黒い丸い球体が置かれているだけだった。これが何なのか、それを分かっている者はこの中にはいない。だが彼らは、自分達がコックに馬鹿にされていると感じたのだ。真っ黒な球体、つまり、自分達の心が真っ黒という事だろう。貴族は時として市民から腹黒く感じられる。それを比喩して作られたものだと皆は感じたのだ。


「気分を害されたのなら、申し訳ありませんでした。ですが宜しいので?此度の食事会は、次期国王にあたるアレクサンドロス王子が開催した物。それを口にすることなく帰るという事は、今立ち上がった者たちは自らが使えるお方の誘いを断った、と判断されてしまうのでは?」


 皆が怒る中、テツは涼しい顔でそう言い放つ。立ち上がった者は、口から出かかった言葉を何とか飲み込み、音を立てて席に着く。確かにテツの言う通りだったから、だが同時に、そんな事をたかがコックに言われて余計に腹が立っていた。この場の空気は、今までの中で一番悪く重いものとなっている。それでもテツは涼しい顔で話をつづけた。


「皆様が座られた所で、説明をつづけさせて頂きます。これは皆様の心です。見ての通り、皿の上にある物は、黒い球体。何故黒いか。別にこれは皆様が「腹黒い」と言っているわけではありません。これは先ほどまで行われ、そして無事終わったはずなのに、未だ王位継承権争いの事に囚われている皆様の心なのです」


 テツの言葉に心当たりがある者は少なくない。皆は未だアレクサンドロス王子を認めず、そして自らが信じたヘンリー王子やリナ王女が王になってほしかったと思っている。テツはそれを「囚われた心」と表現した。その事に腹を立てている者は少なくない。だが、確かに彼の言う通りだ。だから誰も声を上げず、静かに拳を強く握りしめている。何故、自らが信じた者が勝ってくれなかったのか。何故自分達は負けたのか、その事を悔しく思いながら。


「皆様色々思う所があると思います。一コックである私には、皆様の深き考えなど計り知れないでしょう。ですから、私どもは、この料理にとある魔法をかけました。私どもの魔法で、皆様の心を解き放つお手伝いをさせてください。もし、皆様が心を解き放ち、前に進みたいとお思いなら、今メイドが用意した魔法の液体をその丸い球体におかけください」


 テツの言葉を合図に、傍にいたメイド達が皆のテーブルに液体の入った小さな器を置いていく。皆が器の中を覗くと、そこには湯気を立てる半透明な液体が入っていた。


 皆がそれに手を出すことを戸惑っている。頭の中にはテツの言葉があったからだ。「心を解き放つ」、その言葉のせいで、それを丸い球体にかけた時、何故だか自分の信じた主に対する想いが薄れてしまうのでは?と暗示をかけられている様に感じていた。


 そんな中で、スクルス王やアレクサンドロス王子、そしてアレクサンドロス王子の部下は迷うことなく器を手にし、そして黒い球体にその液体をかけ始めた。


「おおっ!!」

「こ、これは!?」


 彼らが球体に液体をかけると、その球体は液体がかかった所からすぐに溶けていき、その中に入っていた物が姿を現す。


 中には一口大の大きさのスポンジケーキと、その上に乗ったサーモンの切り身が乗っていた。いや、それだけではない。サーモンの上には様々な香草とコショウなどがのっていたのだろう。そこに液体がかかると、熱々の液体がかかった香草などに火が入り、一気に辺りに食欲をそそる香ばしくもあり、爽やかな香りが漂い始めた。


 その香りが会場全体に漂い始める。誰もが香りのする方をみる。だが彼らはまだ動かない。唾を飲み込みながらも、彼らがそれを口にするのを待っていた。


 液体をかけ終えた人達は、フォークを手に取りそれを溶けた球体だったソースと絡め、そして口にし、そして目を見開くと同時にその顔は蕩けていた。


「ああ、なんて複雑な味わいだろうか」

「ほのかに甘いスポンジに見事に合ったサーモンのマリネ。そこに香草などの香りが複雑に絡み合っていく。これが一口で終わってしまうなんて……」


 彼らは慌てて近くにあったパンを手に取り、皿の上に残ったソースを絡め口にしていく。その顔はとても満足そうだった。


 それを見ていた人たちは競うようにソースを黒く丸い球体にかけていく。それが溶けると、会場は香草の爽やかで香ばしい香りが充満し始めた。


「これは、丸い球体の正体はバルサミコ酢か!?それが驚くほど料理と合うな!」

「ああ、それにこの液体はココナツオイルか?それも相まって、料理全体が一つにまとまり素晴らしい味を醸し出している!」


 それを味わった人々の顔は先ほどまでとは違い、最初に味わった人達のように蕩け、満足したような顔をする。


 そして皆がさらに残ったソースをパンにつけて食べ、そして皆がそこであるものに気が付きその動きを止める。


「こ、これはギガ王国の国旗……」


 そう、実は料理の下には、このギガ王国の国旗である「人が剣と盾を持った絵」が描かれていた。テツは、皆がそれを眺め何かを感じている事を確認しながらも、まだ何も話さない。


 今、皆が考えている事は一つではないだろう。最初は皆はピリピリしていて、同じ国だが派閥が違う人たちに対し、心を閉ざし敵対心を抱いていた。


 そこにアレクサンドロス王子の言葉で、皆がその心を開きかけ、そして同じ方向を向こうとしている。だが、それでも半数と言ったところだろう。


 そこでテツが「皆の心」という黒い閉ざされた心を用意する。皆は気が付けばそれを溶かし、料理を味わったところで、ギガ王国の国旗。


 テツの言葉など、たかだか一コックが言った言葉。普段なら皆はそこに何の感情も感じず、ただ聞き流し料理を平らげて終わりだ。


 だがここにいる者は、先ほどまでこの国を想い戦い、そしてこれからのこの国の事を真剣に考えている人達ばかりだ。それ故、テツの暗示はしっかりとかかっていた。


 「自分の心」と言われた物を、自分の手で溶かし、そこからは素晴らしい香りがした。その時点で、知らず知らずのうちに皆は、先ほどまでの張り詰めた空気の事など忘れ、そして無我夢中で料理を食べる。そしてそこには我が国の国旗。


 心開いた彼らがその国旗を正面から見た時、何を感じただろうか。まずは自分達の国の事を想い、そして今回の戦いの事を想うはず。


 確かに今回の戦い、自分達は負けてしまった。だが今回はあくまで次期国王を決める戦い。自分達の上司を決める戦いであって、国が戦争で負けたわけでも、滅んだわけでもない。


 自分達は等しく、この国旗のもとに集い、この国に仕える者。自分達の使命は、この国を残し、豊かにする事。敵対してどうする。同じ国民同士だろう。


 大なり小なり、皆がそんなことを想う。今回の戦いに参加した人々には、それぞれの愛国心というものが存在する。その仕える国の国旗を前にして、何も感じない人なとここには存在しないはず。


「さて、皆様いかがでしたでしょうか?もうすでに、ここには心閉ざした者はいないはず。既に皆さまは、自らが心を解き放ちました」


 皆が話を再開したテツの言葉にハッとする。確かに自分で自分の閉ざされた心を解き放ってしまった。だが、悪い気はしない。自分達が何者で、何に仕えているのか再確認出来たからだ。


 テツはゆっくりと皆の顔を見回す。そこには、先ほどとは違いピリピリし顔を顰めていた者はいない。皆が何かに気が付き始めていたからだ。


 それを見たテツはニヤリと笑い、多くを語ることなく、言葉をつづける。


「それでは皆様、ごゆるりと食事をお楽しみください。楽しい食事会の始まりです」

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