不覚
ライラside
私は大木を思いきり叩いた。
激しく揺れ木葉が舞落ちる。
その緩慢な動作は、まるで私を嘲り翻弄しているようで、余計に苛立たしい。
我々の任務はあくまでも、積荷の輸送だ。
そういう意味では襲撃に会いつつも、荷に支障が無かったのは上出来と言える。
だがそれは相手の目的が荷であるならの話だ。
欲をかいて、余計な火種を持ち込んだのは私。
結果として部下に余計な怪我を負わせただけに過ぎない。
なんたる不様、怒りと悔しさに歯を食い縛る。
ふと横たわる一匹の狼が目に写る。
元はと言えば、こいつらの存在が奴等への隙を許したのだ。
最初はあの小僧が、何かしらの魔法で操っているのかと思っていたが。
「犬共はいつ頃から、居なくなった?」
「捕虜が馬車から飛び出す、少し前でしょうか。急に背を向けて逃げていきました」
サラが背を伸ばして問に答える。
仲間を助けるのが目的の奴らからすれば、少しでもこちらの動きを止めたい筈。
だというのに、引かせるタイミングが不自然だ。
まだ手駒があるにも関わらず、ガキ自ら助けに入るのもおかしい。
となると、奴等と関わりの無い第三者が操っていた可能性が強い。
なんらかの目的で我々に攻撃を仕掛け、スズ達が横槍を入れたことで一度手を引いた?
奴らの存在が作戦を遂行させるのに不都合でもあったのか?
もしくは不測の事態を上手く利用し、手駒を温存させつつ、こちらの消耗を期待したか。
私は舌打ちをする。
そうなれば、再度仕掛けてくる可能性が高い。
まさしく今が絶好の機会であろう。
「早急に山を抜けるぞ! 全員準備をしろ!」
「しかし、リサとマリーがまだ戻って来ていませんが」
「残念だが待っている余裕はない。貴様も急げ」
サラが戸惑い気味に訊ねるが、私の言葉を聞いて持ち場へと走る。
自身の任も忘れ、馬車から離れた間抜けをいつまでも待ってはいられない。
そもそも、奴等が追ったのはサニャの作り出した幻だ。
いつまで居もしない相手を探しているのだ。
準備を終え、馬車が出発しようとしたその時、木陰から気配を感じる。
全員が緊張した面持ちでそちらに視線を送る。
そこから現れたのは姿を眩ましていた二人だった。
「リサ! マリー! 貴様等、何処で道草を食っていた!」
私の怒号に二人は怯む事もなく、緩慢な動きで此方へと近づいてくる。
「ダラダラと歩くな! 再度襲撃の可能性がある速やかに――」
その時、私の腹部に熱が灯った。
視線を下げるとリサの刃が深々と突き刺さっているのが見える。
奴らに鎧を破壊されたお陰で、今の私の体はどうしようもなく無防備であった。
私はよろめき膝をつく。
見上げた先の顔には生気が感じられず、虚ろな表情であった。
上官を刺したというのに、その目になんの感情もこもっていない。
「貴様等……まさか」
その時だった。
周囲が途端に騒がしくなった。
狙いすましたかのように、狼の大群が私達を取り囲んでいた。
「こいつら! 何で!?」
サラが驚いたように剣を構え、飛びかかる獣を切り伏せる。
多くの部下達も剣を取るが、傷つき疲弊した体では流石に数も多く厳しい。
その時、背後を狙いマリーがサラを背後から斬りつけた。
「サラッ! がぁ――」
痛みに耐えて立ち上がろうとするも、背後から何者かに押さえつけられる。
リサであった。
「ふむ。“鋼鉄の雌獅子”をどう攻めるか。正直頭が痛かったのだがな」
前方から突如声が聞こえ目を向ける。
そこには羽を生やした男がいつの間にか立っていた。
少々こけた貧相な顔にオールバックの男。
その姿には覚えがあった。
「いや、どうにも運がいい。まさかここまで痛手を与えてくれるとは」
「ダイアー!! 貴様!」
ダイアー・ハートレス。
元は魔導士であったが、故人を違法に素材利用し追放された異常者。
その後は魔法を利用して裏で非合法な仕事をしていると聞き及んではいたが。
「成程、ペルシア様の研究の妨害……貴様も噛んでいた訳か」
「まぁ、そう言う事だな。あの魔法はこちらとしても有用に使えるんでな」
馬車の方へと目を向けると、嫌らしい笑みを浮かべる。
「ハッ、力で叶わぬと見るや、弱るまで傍観とはね。屍肉喰いらしい」
「お前らと違って賢いのさ。やはり地べたを這いずる奴らはダメだな」
「貴様達は何を考えている」
「おいおい、立場が逆だろうに? 獣らしく上を取られたら大人しくしてないと」
頭を踏みつけられて私は怒りで牙を剥き出しにする。
しかし戦闘と先程刺された傷は、悲しいかな浅くはない。
加えて、マリーと狼の群れに他の者も次々と倒れていく。
「マリーとリサに何かしたのは貴様か」
「なぁに、お前もすぐ従順になるさ。死体を弄るのは得意だからな」
ダイアーは吐き気がするほど不快な笑みを私に見せるのだった。




