僕の名前4
少年side
その瞬間、僕には何が起きたのかまるで分からなかった。
自分が作られた存在だという事実に、僕の心は塞ぎきっていた。
力無く四肢を投げ出し、皆の声も素通りする。
まさしく人形の様だった僕にはそれを認識できる余裕もなかった。
突如として誰かが僕を抱える浮遊感。
ほぼ同時に、強烈な破壊音と、それに伴う衝撃が辺りを支配した。
抱えられるまま揺れる視界に思考が止まる。
気づけば辺りは瓦礫で埋め尽くされていた。
「チョット! 大丈夫!?」
「え、あ、うん」
僕を抱えたまま、スズさんが僕に呼び掛ける。
唐突に意識が戻った僕は、彼女の剣幕に押されるように返事をする。
「メイド! 無事!?」
「平気、ビックリした、大丈夫」
服を払いつつ答える彼女を見て、スズさんは安堵の息を吐いた。
スズさんに降ろされ、改めて周囲を伺い見る。
「アンタが知らせなかったらヤバかったわ。サンキュ」
「ダー、いる、外に」
シュガーさんの家だったものは、一瞬にして廃屋と化していた。
二階の足場は崩れ、見上げれば高い屋根が伺える。
壁なんて物は無かったかのように、吹きさらしの状態だった。
外へ目を向けると、大きい何かが立っているのが見えた。
それには見覚えがあった。
山で僕達を襲った女が残していった、あの土人形だ。
まるで家を囲むように、何体も立っている。
そしてその後方には、複数の土人形を従えた、豹柄の女がいた。
彼女は出てきた僕達を見ると不愉快そうに顔をしかめた。
「なんだい、シュガーかと思ったら、いつぞやのガキ共じゃないかい」
「おいおい、ノックにしては少々過激すぎやしないかい?」
いつの間にやって来たのか、サニャは女に向かって口を開く。
直ぐ隣には、シスターとセンリンが立っていた。
皆が無事だったことに、僕は心底安心する。
対して女はサニャの軽口に唾を吐き捨てる様に言い放つ。
「知ったこっちゃないよ」
「やれやれ、無礼に対しての謝罪も無しとはね。お里が知れるよ?」
「だから言ってんだろ? 知ったこっちゃないんだよ!」
「そりゃ失礼」
威嚇する様に吠える女にサニャは大げさに肩を竦めた。
その様子に苛つくようにさら彼女は大声を上げた。
「それよりシュガーはどうしたんだい! いるのは分かってるんだよ!」
「自分で吹き飛ばしてよく言うわ。そこの人形共で掘り起こしなさい」
「ハッ! “誘惑の魔女”様があれ位でくたばる玉かい?」
「それこそこっちの知った事では無いわ」
どうでもいいとばかりにシスターは溜息を吐いた。
そして払うよう右手を動かす。
「こっちは色々立て込んでいるのよ。あの女に用なら私達は行くわよ」
「先輩、流石にそれは難しいと思うよ?」
その時、土人形の二体が足を動かし、こちらに拳を振るった。
シスターは即座に巨大な鎖を振り上げ、一体の腕を肘から打ち折る。
もう一体はセンリンが正面から拳を突き出し、迎え撃った。
互いの拳がぶつかったと同時に、土人形の手から肩までに亀裂が入り、大きな音と共に弾けた。
「へぇ? 伊達にあの場を切り抜けてない訳さね。でも」
破損した二体の土人形を見て女は楽しそうに笑った。
しかし、やはり傷ついた体は直ぐに周囲の土を取り込んで修復されてしまう。
「悪いけど、そこのガキも優先度は低いなりに用があんのさ。ついでに貰っていくよ」
「ハァ? 渡すワケ無いじゃない。バカじゃない?」
スズさんはそう言うと僕を後ろに下がらせる。
どうやら皆はやる気みたいだった。
だけど、相手はこの前なんとか倒した土人形を十体以上も従えている。
大きく屈強な体に直ぐに再生するしぶとさ。
痛みも急所もないから、刃での攻撃もあまり意味はなさないだろう。
どう考えても状況は絶望的に感じた。
良く分からないけど、彼女は僕が目当てでもあるみたいだ。
僕が大人しくついて行けば皆は見逃して貰えるだろうか?
そうだ、僕なんかの為に皆が傷つく必要なんてないんだ。
ただの作り物に過ぎない僕なんかの為に。
そう思い、僕が一歩前へ出たその時だった。
「よくもまぁ人様のお家をここまで滅茶苦茶に出来るものねぇ」
背後からゆったりと、それでいて怒りに満ちた声が聞こえてきた。
全員が声のした方へと意識を向ける。
埋もれた瓦礫を押しのけて姿を現したのはシュガーさんだった。
彼女は仄かに円状の光に包まれており、どうやら咄嗟に障壁を張っていたようだ。
シュガーさんを見て豹柄の女は楽しそうに声を上げる。
「お出ましかい。ダイアーの次はパールの尻ぬぐいだよ。勘弁して欲しいね」
「それは私の方よぉ。折角逃げてきてあげたのに、もう許してあげないわよぉ?」
「吠えるじゃないか! この状況でそれだけの口が利けるんだから大したもんだよ」
「しゃがれた声も耳障り、もういいわぁ、死になさい貴女」
それを口にした瞬間、彼女の地面が青白く光った。
彼女の周囲数メートル付近を円状に、何層にも記された円には文字が書かれていた。
豹柄の女は異変に気付いて土人形に指示を送る。
しかし土人形達の動きは彼女に届く遥か前で障壁に阻まれた。
いつの間にか家の中を包む様な巨大な障壁が張られていた。
他の魔術行使をしながら、これだけ巨大な障壁を張るなんて。
それに彼女の周囲に光るのは魔方陣だ。
本来は手書きで予め用意する物だけど、彼女は周囲の魔力を使って描いている。
どちらも技術としてはすさまじく高いものだ。
その時、背筋に恐ろしいほどの悪寒が走った。
周囲の、いや彼女から、おびただしい程の魔力が膨れ上がるのが感じる。
「皆! シュガーさんの周りに速く!!」
僕は咄嗟にそう叫ぶ、突然の事ながらも皆は疑問も持たず僕の指示に従ってくれた。
急いでシュガーさんの付近まで走り寄る。
【我が憎悪は無限の奈落、その深淵は星の光さえも届かぬことを知れ――】
【――墜ちろ!!】
その言葉と共に、周囲は漆黒に包まれた。
ただただ黒い魔力の渦が土人形達を一瞬で飲み込んだ。
その実は瞬く間もない程の一瞬だったんだと思う。
だけど余りの衝撃的な光景は、永遠に続くのかと僕に錯覚させた。
黒い魔力が霧散した周囲にはまるで何も残っていなかった。
あれだけ居た土人形も、家の残骸どころか骨組みに至るまで、最初からそこになかったかのように。
唯一、僕達の足元に残った木片が、その痕跡を残していた。
ふと前方に倒れる人影が見える、恐らく豹柄の女だ。
彼女は顔から腹部迄を、まるでスプーンで抉られたように存在していなかった。
咄嗟に逃げようと試みたようだけど間に合わなかったみたいだ。
余りの様に僕は咄嗟に視線を背けた。
その先には、まるで子供が積んだような土の山ができていた。
コアごと体の大半を持っていかれた土人形の残骸であろう。
「ようやく静かになったわねぇ」
まるで子犬が泣き止んだかのような口振りで魔女が愉快に笑っていた。




