僕の怒りと彼女の涙3
サニャside
私は数人の男達に囲まれていた。
彼等の見目は、いかにもチンピラといった風貌だ。
数の優位を見てか、あるものは高圧的に、あるものはうすら笑いを浮かべていた。
なんとも不愉快な事だ。
私はラルの行方を探す為、色々と飛び回っていた。
以前スズ達が捕えた男によれば、ここ近辺に拠点を構え軟禁しているという。
あまりにも簡単に出した情報に罠の可能性を咄嗟に思い浮かべる。
しかし考えるだけ無駄だ、結局は出向く事になるのだ。
我々はそこまで人手が多い訳ではない。
そして今一番自由に動けるのは私なのだから。
「こいつか? 連絡のあった男ってのは」
「赤毛に黒い羽、間違いねぇ!」
男達は私を上下に観察してそう息めく、私の特徴が知られている。
案の定、罠だったという訳だ。
それにしても男とはね、失礼な話だ。
確かに私はソーラ程、胸部は豊かでないけれど。
まぁ、別に望んでも無いのだからどうでもいい。
それよりも、問題は今の状況だ。
数は三人、場所は人通りの少ない狭い路地裏。
普段なら大した状況ではない。
だが悲しいかな、まだ私は怪我が治りきっていない。
加えて、背中の翼も活かせない狭い通路。
状況としては最悪と言っていい。
しかし泣言も言ってられない様だ。
突如、周囲の空気が一変する。
私を捕えようと、背後の男が一番に飛びかかって来たのだ。
私は体を横に男をいなすと、腰に着けたナイフを抜いて横凪ぎに顔を裂いた。
男は悲鳴を上げてその場に踞る。
私は彼には一瞥もくれずに背後を振り向く。
だが残りの二人は、すでに私の直ぐ背後に迫っていた。
切り伏せられた仲間にも動じずに、一人が私に掴みかかる。
咄嗟に引き剥がそうと体に力を込める。
その瞬間、私の体に痛みが走った。
まだ完治していない怪我が、無理な体制に悲鳴を上げたのだ。
ほんの一瞬の隙、だが戦いにおいては致命的だ。
男は掴んだ私の体を力強く壁に押し付けた。
衝撃が痛めた体を駆け巡り、私は苦痛で顔を歪める。
空かさず男の拳が私の腹部にめり込んだ。
無理矢理口から空気が吐き出され、衝撃に視界が一瞬瞬く。
えずいて膝をつく私に容赦なく暴力が続いた。
しかし視界に地を映していた私には、どのような攻撃を受けたのかは判らない。
そのまま私はうつ伏せに地面に倒れこむ。
すると即座に頭を踏みつけられた。
「さて、他に仲間がいるのか聞かせてもらうか?」
勝ち誇った男は、足に体重をかけて問いただす。
顔すら動かせない私は、ニヤリと口元を歪めて精一杯に軽口を吐いた。
「はっ、君達の立場なら口にすると思うかい?」
「俺なら直ぐ吐いちまうなぁ。痛い目は見たくないからなぁ」
「こんな風に!」と、もう一人の男が私の腹部を蹴り上げた。
先程よりも強烈な一撃に、体が少し浮き上がる。
不意を打った衝撃に私は口から胃液を吐き出した。
息も絶え絶えに地べたに這いずる私に男達は笑い出す。
「オイオイ、汚ねぇな」
「き、みたちの性根に、比べたら、幾分マシだよ」
「立場がまだわかんねぇか!」
再度男が蹴り上げる。
先程に比べると、来ることが分かっていただけマシだ。
だが、いつまで続くのか判らないこの状況は心を消耗させる。
数回の繰り返し、ふと私が切りつけた男が立ち上がる気配を感じた。
流石に目は無事だったみたいだが、怒りの様子がこちらに伝わる。
何度も蹴り飛ばされ消耗した心は、彼への恐怖心を抱かせた。
怒りに満ちた暴漢が、報復にどのような行動に出るのかと。
過剰な暴力の繰り返しに私の精神はすっかり縮み上がっていた。
「この野郎!!」
男は横にいた仲間を突き飛ばすと、私の片翼を掴んだ。
私は直ぐ彼の企みに気づき静止の声を上げる。
しかしそんな戯言を聞く筈もない。
まるで時が止まったような気がした。
その瞬間、肉が裂ける音だけが私の耳を支配した。
「ウァァアアアアアアアア!!」
信じがたい現実と激痛に私は大声を上げた。
男は千切った羽を叩きつける様に放り投げる。
それでも怒りが収まらないのか、残りの羽に掴みかかる。
「まっ、待ってくれ! 私が悪かった! もう許してくれぇえ!」
先程の威勢はどこへやら、私は涙混じりに許しを請うた。
痛みならどれだけでも耐えられると思っていた。
だが、目の前で自身の肉を解体される恐怖には抗えなかった。
羽の次は何処が破壊されるのか、考えるだけで恐ろしい。
これ以上体が欠損していくのは耐えられない。
男達は翼を持った仲間を宥めつつも、私を嘲笑する。
悔しくて自然に涙がこぼれる落ちた。
もはや私は暴力に怯える一介の小娘に過ぎなかった。
どれだけ嘲られようが、自身の体さえ守れれば何でも良かった。
まだ自分にこんな可愛げのある所が残っていようとは。
既に折れかかった心で自嘲する。
「仲間は何人だ! 何処で落合う!」
「な、仲間はいない、私一人だ!」
「おいおい……そんな事が信用できるかよ。これじゃあお仕置きだなぁ」
「ほ、本当なんだよ! 信じてくれ、お願いだぁ!」
無様に懇願する私を無視して、誰かが羽を再度掴んだ。
再度、恐怖が私の心を塗りつぶす。
「本当なのぉ! 止めてよ! 本当だって言ってるだろぉ! 止めてぇえ!」
もう泣きだすのも我慢せずに必死に叫び出す。
しかしそんな事で彼等が止まる筈もない。
男達は私の情けない姿に笑いだす。
やがて満足したのか、掴んだ腕に力が籠められる。
絶望した私の視界はぼやけ、耳から入る音を認識する事もできなくなる。
そして直後に来る痛みの想像に錯乱して泣き叫んだ。
しかしその時だった、羽を掴んだ男が何かに弾き飛ばされた。
頭を踏みつけている男は、突然の事に足を避け通路の先を見る。
私は突然の事に呆けながらも、彼等と同じように目を向けた。
その先に居たのは小さな男の子だ。
それは見覚えのある少年。
だけど、微かな違和感があった。
短い間怒らせてばかりだった。
それでも彼のあんな形相は初めて見るから。
怒りを込め少年は男達に向かって叫んだ。
「お前等!! それ以上サニャを虐めるなぁああ!!!」




