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特訓と夜襲3

 なんだか意識がぼやけている。

 手足に力を入れるという事にすら集中が出来ないほどだ。

 そう思って直ぐ、体に血が巡るのが感じられる。

 手足に力が入り、意識が覚醒していく。


 目前に広がるのは、先ほどシスターが張っていたテントの布。

 テントというよりは、大きな布を斜めに張っただけのものだけど。

 最低限の屋根だけを確保するような、子供の秘密基地みたいな様相だ。

 

 そこに来て、自分が倒れていたのだという事に気が付く。

 

「大丈夫? 気が付いた、良かった」


 頭の丁度隣辺りにチョコンと座ったソーラが、顔を横に向けた僕に笑顔を見せた。

 今一状況が掴めない僕は、彼女の笑顔を見て呆ける。

 そして「おはよう」と、何とも気の抜けた挨拶を口にした。


 ソーラは笑顔を崩さずに挨拶を返す。

 僕は微妙に怠い体を這わせてテントから抜け出した。

 赤ん坊の様に顔を出すと、すぐ近くの木に寄りかかっているシスターと目が合った。


「あら、起きたの?」

「え? あ、うん」


 シスターは涼気にそう僕に確認する。

 思わず肯定したものの、なんで僕が眠っていたのかも分からず、我ながら戸惑い気味だ。

 彼女はなんだかニヤニヤと揶揄う様な視線を向けていた。

 だけど近づいてくる足跡に気付くと面倒くさそうに溜息を吐いた。


「チョット! アンタ! 目が覚めたのダイジョウブ!?」


 足跡の方へ視線を向けると同時に、スズさんが目前で僕の肩を掴んで顔を近づける。

 先方の二人とは打って変わり、物凄い心配した表情だ。

 余りの落差に驚いて僕は思わず声を詰まらせた。

 そんな様に彼女はますます表情を曇らせる。


「喋れない位ワルイ? ドッカ痛む? コキューは?」

「だ、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけだよ」

「ホント? ガマンしてない? アタマとか痛まない?」


 余りの勢いに僕は急いで首を縦に降る。

 本当は軽い倦怠感があるけれど、それを口にしたら物凄い事になりそうだ。

 僕の様子に彼女は安心したように大きく息を吐く。

 そんな彼女を見て呆れた様にシスターが口を開いた。


「だから大したことないって言ったでしょ、いちいち大げさなのよお前は」

「ハァ? そんなの結果論でしょ! オマエみたいなキメツケが一番キケンなのよ」


 即座に噛みつくスズさんに、シスターは大げさに溜息を吐く。

 その姿に舌打ちをするとスズさんは彼女から視線を外した。


「あの……そもそも、僕はどうしたのかな?」


 二人の間に入って、僕はまずそれを訊ねた。

 確かセンリンに拳法の稽古をつけて貰っていた筈だ。

 この全身の倦怠感は恐らくそれだろう。

 二人の口が開く前に、急に僕の体が抱えあげられた。

 センリンだ。


「稽古の途中で倒れてしまったんですよ。心配したんですよー」


 センリンは僕を抱えあげたまま顔を寄せて頬ずりをする。

 恥ずかしくて思わず振り払おうとするが当然払いのけられる筈もない。

 だけど、ちょっと目元が荒れているのを見て、僕は抵抗を止めた。

 もしかしたら泣いていたのかもしれない。


「起きたバッカなんだから、アンマ振り回すんじゃないわよ」

「おっとと、失礼。ごめんなさい」


 スズさんに怒られてセンリンは慌てて僕を地面に下ろした。

 もしかしたら僕が倒れた事で何か言われたのかもしれない。

 ただ僕が軟弱なだけなのに、彼女が責められるのは気の毒だ。


「えっと、センリンごめん」

「謝る必要はないですよ。初めてなのに私が激しくやり過ぎただけなのですから」

「ソーヨ! ッタク、ダカラ加減しなさいって言ったデショ」


 スズさんが両手を腰に当てセンリンに小言を漏らす。

 だけど、やっぱり彼女が怒られるのは納得いかない。

 だってそこまで激しい運動はしていない筈なんだから。


 確かに足捌きという事で、それなりに動きはしたけどそれでも倒れるほどじゃない。

 センリンだって、僕の体力に合わせて加減をしてくれていた。

 なのに倒れてしまったのは、僕自身に問題があるからとしか思えない。

 僕はスズさんの手を引いた。


「止めてよ。センリンはちゃんと気を使ってくれてたよ。僕が弱っちいからいけないんだ」

「ソレが分かってるのに倒れるまでヤラせるのがイケないんでしょ?」

「違う、違うんだ。センリンは悪くない。僕が悪いんだよ。僕が」

「ウッ……、わ、ワカッタわよ。ダケド、ソノ、次から気を付けなさい、ヨネ」


 余りにも情けなくて僕は思わず涙が零れそうになる。

 スズさんはその姿に思わず声を詰まらせると、そう言って話を切り上げた。


「まぁ、お優しい事で」

「ヘタレ、ダメ、叱る時は叱る、ちゃんと」

「う、ウッサイワ!」


 後ろで小馬鹿にするシスターと呆れるソーラに、スズさんは浅黒い肌を染めて怒鳴った。

 僕はその後ろで、潤んだ瞳を擦って拭う。

 そんな僕の頭にセンリンが手を乗せた。


「本当に申し訳ないです。少々浮かれていたようです」

「ううん。だからセンリンは悪くないよ。だから次もお願いね」


「しかし」と渋る彼女に僕は再度お願いすると、彼女は歯切れ悪く了承した。

 僕に教えているときのセンリンは本当に楽しそうだった。

 それが最初からこんな形でケチが付いてしまって本当に申し訳ない気持ちだった。


 そんな気持ちを横に僕は内心首を傾げたい気持ちだ。

 こんなに自分は体力がなかっただろうか?

 確かに僕は運動神経は取り立てて良い方じゃない。

 だけど、同年代の友人に比べて特別悪いという訳でもない。

 あくまでもこの世界の人間に比べれば遥かに劣るというだけだ。


 山登りでも皆について行くのが精一杯だった。

 それでも今にして思えば種族年齢差を抜きにしてもちょっと異常に感じる。

 なんだかんだで彼女達は僕に合わせて足を進めてくれているんだから。


 僕は学校の行事で山登りだってしたことがある。

 それでもあんなに倒れるほどの疲弊はしなかった。

 勿論この前登ったような物よりも、整備されている観光向けの物だけど。


 ……ふと懐かしくなってその時の事を思い出そうとする。

 しかし何故か全くと言っていいほど思い出せない。

 幾らなんでも山に登った、という事は確実だと思うんだけれど。

 やはり思い出せない。


 ここに来て色々な事があってド忘れしただけなのかもしれない。

 だけど、それにしてもだ。

 ごくごく最近の事の筈なんだけどなぁ。

 妙な感覚に不安を覚えたが、スズさんが二人とじゃれ始めたのを目にする。


 僕はそれを頭から追い出すと、センリンと一緒に三人の元へと歩いて行った。 

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