猫耳剣士1
僕達は、緑溢れる山道を進んでいた。
先程までいた村は山に囲まれている。
だから近くの人里に行くには、山を越えないと行けないらしい。
道はある程度整備されてると言う話だけど、歩いていて実感は無かった。
足場はデコボコで油断してると、盛り上がった木根に躓きそうだ。
ただ人が通るから雑草が生えてないだけじゃないか。
体感的には、もう半日は歩いた位にヘトヘトだった。
「もう休もうよ」
「日が暮れる前に下りたいの、もう少し我慢なさい」
僕の泣言をシスターは一蹴して、足を進める。
僕と違って顔色一つ変えてない。
いくら大人と言っても、ものすごい体力だ。
僕はげんなりしながらも、置いて行かれないように彼女の背中を追いかける。
後ろから眺めると、何故だか服の肩甲骨の辺りに大きく穴が開いているのに気付いた。
穴は左右両方に開いており、白い肌が覗いていた。
なんだかちょっと寒そうに感じるけど、何であんな妙な構造なんだろう?
ちょっと聞いてみようかと思ったけれど、どうせ答えてくれないから止めて置いた。
そもそもあの服も、元々彼女の物ではないらしいし、聞かれても困るかもしれない。
背中から見える、綺麗な肌を少し気恥ずかしく感じながら、僕は無言で脚を動かした。
それから暫く登って、やっと休憩になった。
水筒に汲んできた水を一気に口へとふくむ。
「だらしないわね」
「山歩きなんて滅多にしないんだ、仕方ないだろ」
僕の様子にシスターはあきれ顔だ。
それにムッとして言い返す。
すると彼女は意外そうな顔で言った。
「山にも入った事ないって、あんた良いとこのボン?」
「別に普通だよ。僕の周りは皆そうさ。それに少しくらいはあるよ」
「にしても軟弱ね。どこか悪いの?」
「全然健康だよ」
僕の答に「ふーん」と漏らす。
すると観察するように視線を上下させた。
それがむず痒く感じ、僕は緑に視線を向ける。
今まで見たこともない風景。
改めて、自分が知らない土地にやって来たのだと実感する。
「ここって熊とか出ないの?」
ふと疑問に思ってそう尋ねる。
山といえば、熊やら狼やらの獣害をよく聞く。
これだけ人の手が入っていないと、それも多そうだ。
「そりゃあいるわよ」
当然の様なシスターの物言いとは逆に、僕は焦る。
いくら魔法が発達しているとは言っても、野生の動物はやはり驚異だ。
遭遇しないに越したことはない。
僕はちょっとした事を思いつき、呪文を唱えた。
周囲の木に居た鳥達が飛び立つ気配を感じる。
それを察して僕は「よし」と胸の辺りで拳を作った。
「……アンタ、今何かした」
その様子にシスターが顔をしかめて訊ねてくる。
僕は少し得意気に説明した。
今のは、野性動物を近寄らせなくするための魔法だ。
周囲に動物が嫌いな音を響かせる。
獣害を防ぐ為に用いるもので、山に入る前やっておけば良かった。
僕の説明を聞いて、シスターは少し感心した風だった。
だけどそれとは別に、少し様子がおかしい。
側頭部を押さえて、気分が悪そうだった。
「さっきから鳴ってる耳障りな音はそれね」
「えっ?」
「頭痛がするから止めてもらえる?」
シスターが真剣な顔で言うものだから、咄嗟に魔法を解除する。
すると彼女は険しい顔を幾らか弛めて、安堵の息をもらした。
おかしいな。
これは人間には聞き取れない様な音なんだけどな。
現に僕には聞こえていなかった。
何か呪文を間違えたのかも知れない。
気を利かせたつもりが、まさかの失敗に終わって、少しヘコむ。
その時、丁度僕が背もたれにしてる木上から声が聞こえた。
見上げようとした直後、甲高い声共に地面へと何かが落下する。
「フギャッ!」
落ちた瞬間、踏まれた猫みたいな声を上げた。
人の様だけど顔から落下したみたいで、凄い痛そう。
どうやら女の子みたいだ。
「イターい! 何よ今の音は!」
鼻を押さえながら文句を言う彼女を見て絶句する。
その子の頭には、猫を思わせる獣耳がついていた。