マウストゥマウス3
シスターを囲んでいた集団は、皆一様に彼女と似た格好をしていた。
恐らく彼等は本物の聖堂会関係者なのだろう。
「モーさん! どうしたのですか!」
険悪な雰囲気もなんのその。
センリンは手を上げなら、人の間をぬって彼女へと近づいていく。
僕達もそれに続いた。
「なんなのですか? この方々」
センリンはいつもの調子でシスターに訊ねた。
シスターはそれを見てかつて無いほどの溜息を吐いた。
「貴様等も、不当に神の僕を名乗る愚か者か!」
彼女が答えるよりも早く、集団の内の一人が僕達へ疑惑の声を上げた。
声には明らかな怒気が含まれており、今にも襲いかかってきそうだ。
だけどなんとなく状況が読めてきた。
シスターが本物の修道女では無いことがバレたんだ。
以前スズさんが袋叩きにあって殺される、とか言ってたのを思い出す。
理由は分からないけど、彼等にとって、相当の事なんだろう。
「……こいつ等は関係ないわ」
「貴様の言葉など信じると思うのか?」
そういうと一団の出す空気はさらに緊張感を増していく。
それに対抗するかのようにシスターから発せられる気配もひりついていた。
互いの一触即発な状態にソーラは焦りの様子を見せる。
「ダメ、止めないと」
「確かに暴力は関心しませんが、あちらが止まらぬ以上仕方ないのでは」
「敵になる、世界中、聖堂会」
「それは不味いね」
確かにここを切り抜けたとしても、世界中にいる聖堂会信徒に追われる事になる。
ただでさえ、王国騎士団に追われてる身なんだ。
これ以上余計な火種は起こさない方がいいだろう。
もう手遅れかもしれないけど。
そんな心配もつかの間、彼等は一斉にシスターへと殴りかかった。
シスターが応戦するよりも早く、僕は咄嗟に間に入り込んだ。
ガアァン! と凄まじい衝撃音が響渡る。
目を開けると彼等の振るったメイスが目前で止まっていた。
魔法で障壁を張ったが、上手く防いでくれたようだ。
「お願いします。話を聞いてください」
武器を振るった人達は、驚いて後ずさる。
しかし怒りのままもう一度武器を振るう彼等に、僕は呼び掛ける。
悲しいかな再度腕は降り下ろされ、同じ様に障壁に阻まれた。
まずい。
この世界の人間は、やはり腕力が異常だ。
彼等は普段から荒事を生業にしてる訳でもないんだろう。
だというのに、その衝撃は空から瓦礫が落ちてきたかの様に凄まじい。
このまま攻撃が続けば障壁にも限界が来て破壊されてしまうだろう。
シスターもそれを察して下がらせようとするが、僕は引かなかった。
僕だって彼女達の為に何かがしたい。
守られてるばかりはもう嫌だった。
再度の呼掛けもむなしく、尚も彼等は攻撃を続けようとする。
もうダメかもしれない、と諦めて硬く目を瞑ったその時だった。
「待て!」
集団の内の一人が、大声で仲間を制止した。
戸惑う信徒達を後目に男は前に出ると、屈んで僕の姿をよく確認した。
「やはり、この少年。耳が生えておらぬ」
「しかし、隣国ではその様な種族もいるとおよび聞きます」
「モンキアか。私も見たことがあるが、記憶とは少し異なる容姿だ」
「単に個体差なのでは?」
「その可能性もある……しかし、これほど堅牢な障壁を張れる魔法の技術」
男は僕を観察しながらもブツブツと呟く。
屋敷で僕を研究していた魔導師達を思い出して、少し嫌な気分だ。
そんな様子に気付くこともなく、男は驚愕した様に突如として目を見開いた。
「あ、貴方様はもしや、首徒ウラウ様では」
彼がそう言った途端、周囲の人達がざわめき始めた。
「バ、バカな! ありえません!」
「しかし、かような特徴を持ち、これ程の魔法を操る人物など他に考えられぬ」
僕達を取り囲んでいる人達は、混乱したように口々に何かを言い合っていた。
先程の緊張感とは違い、まるで悪事を咎められた時の様な空気だ。
状況が読めず、僕は思わずシスターの顔を伺う。
彼女も同じように呆けた顔をしていたが、一瞬にしてニヤリと悪い笑顔を浮かべた。
すると突如として芝居がかった口調で語り出した。
「どうやら、これ以上隠し通す事は出来ないようね」
彼女の言葉を聞いて、ざわめきはぴたりと収まった。
皆、一様に彼女の言葉を聞き逃すまいと耳を傾けていた。
「で、では……やはり」
「お察しの通り、首徒ウラウ様は先日より再誕されました。それに伴い、卑しい身ではありますが、光栄にもわたくしが付き従う様、御神託を授かったのです」
「おぉ……! なんと、おぉ!」
「現在、今世を見て回り救済への足掛かりとしている最中。混乱を避ける為に身を隠していたのは此方の落度ではありますが、それを踏まえても貴方達の振る舞いは不敬極まりない」
目前の男は恐縮し、地に身を丸め許しを請う。
状況は読めないけれど、明らかに嘘なのは明白で気の毒に感じる。
しかしそんな彼を見たせいか、後ろの信徒達からも畏怖の念を感じられた。
だがその中の一人が勇気を持ち、疑惑の声を上げる。
「馬鹿者が! 見て気付かぬのか!」
しかしそれに反論したのは、身を縮めている男だった。
「この方の服装を良く見よ! かように上等な生地、そう簡単に用意できるものではない」
それはペルシアの屋敷に捕まった際に着替えさせられて、そのままの服装だからだ。
流石に王族なだけあり、かなり上等な布地を使用している。
「そしてそこに居るメイド! あれは王族に仕えるメイドが着込む特注の物だ!」
「ウラウ様は旅に出る前に、国王様と謁見をなさいました。仮にもこの国を治める者、先に顔出すのが礼儀。そしてその際に、国王様からメイドを世話役として頂戴されたのです」
しめたとばかりにシスターはまたも出任せを口に出す。
余りにも活き活きとした表情に少し引いてしまう。
「モーさんは何を……ムー!」
「静かに」
センリンが思わず口を挟もうとするが、ソーラが咄嗟に口をふさいだ。
確かにここから嘘だとバレたら、もう完全に命はないだろう。
状況は未だに良く分からないが、それだけは何となく理解できた。
その後もシスターが口々に法螺を吹きまくっていた。
信じさせる為に、幾つか適当な魔法も使わされたりもした。
この世界では高度な魔法を複数使用した甲斐もあり、他の信徒も信じだす。
気づけば皆が僕に向かって身を縮め恐縮していた。
「知らなかった事とはいえ、私達は何と言う事を……あぁ! あぁああ!」
余りにも悲壮感溢れる状況に戸惑い、僕はシスターを見上げる。
しかし、後は勝手にしろと言わんばかりに、丸投げする気満々の表情を返した。
嘘でしょ? この人。




