マウストゥマウス1
「……で、これからどうするわけ?」
逃げるように王都から離れ一息つくと、シスターは面倒臭そうに口を開いた。
今回の件で二人は王族に仇なす犯罪者と見なされるだろう。
ほとぼりが冷めるまでは、迂闊に周辺をうろつく事は出来ない。
「その、ごめんなさい。僕のせいで」
謝る僕を見てシスターは、視線を逸らして舌打ちをする。
「別にあんたが悪い訳じゃないんだから、謝らなくていいわよ」
「そうですよ。私達が勝手にやったのですし」
「お前はいい加減に離れなさい、欝陶しい」
シスターは先程から、彼女に纏わり付いてるセンリンを引き剥がす。
「良いではないですかー。友好のハグですよ」
「暑い上に気持ち悪い、そして欝陶しい」
「そんな事言いながら、助けに来てくれるモーさんが好きですよ」
「うふふ」と笑うセンリンにシスターは心底嫌そうな顔をする。
「助けなければ良かったわ」
「ま、まぁまぁ。センリンも感謝してるんだよ」
僕が宥めすかすと、鼻を鳴らしてシスターはそっぽを向いてしまう。
再会早々、なんとも言えない空気で先が思いやられる。
でも二人のやり取りを見ると、助かったという実感が沸いて、少し目の奥がジンとした。
本音を言えばスズさんもいれば良かったんだけど、仕方がない。
「は、話を戻すけどこれからどうしよう」
気分が沈みそうになったのをごまかすため、強引に話題を戻した。
王都から離れるにしても何か指標があると良いんだけど。
そう言えば、シスターはダイアーの行方に進展はあったのかな?
「予想はしてたけど全然ね」
気にした風もなくシスターはさらりとそう言った。
そもそもがスズさんのでっち上げだった訳だし、王都に居た訳ではないのかも。
「港はどうだったのです?」
「あっちも駄目ね。あの時は通掛かりに偶然遭遇しただけなんでしょうね」
「そうですか」と関係ない筈のセンリンが残念そうに肩を落とした。
それを横目にしながら、僕は違和感を覚える。
ダイアーはあの時、魔法で作った自身の分身を近くで操っていた。
でも唯の通過がりにそんな事をするものだろうか。
スズさんの話では、彼はそれなりに知られた犯罪者らしい。
自身を増やせば、それだけ人目に触れる危険が増えるという事だ。
隠れ潜む犯罪者がそんなリスクを踏むだろうか。
あそこに何かしらの用事があるからじゃないだろうか。
とは言え、今や僕達も追われる身だ。
悠長にあそこで構える事は出来ない以上、それは無駄な勘繰りでしかないか。
「その、シスターと初めて会った村に行っていいかな」
それならばと、僕は二人の顔色を伺ながらそう提案した。
僕をこの世界に連れてきたラルという人が、あそこに居たらしい。
もしかしたら、元の世界に戻る手掛かりがあるかも知れない。
冷静に考えれば、あの時にもっと良く調べておくべきだったんだけど。
色々気が動転していた事やゾンビが徘徊していた事もあって気が付かなかった。
「ふぅん? あそこねぇ、私はいいけど、お前は?」
「私も構いませんよ。何処か分かりませんが、目的があるわけでもないですし」
助けて貰った上に自分の都合に付き合わせてしまうのは、なんだか申し訳ない。
だけど謝ればまた怒られるのが分かったので、二人に礼を言うだけに留めた。
「場所は分かりませんが、戻るとなるとやはり船ですか?」
少し期待したようにセンリンは言う。
どうやら船に乗るのが気に入ったらしい。
だけどシスターはその案を却下した。
上手く乗れたとしても、あっちの港で待伏せされる可能性があるらしい。
確かに騎士団全域に情報共有がされていた場合、降場を押さえられてしまえば一網打尽だ。
「そうなると陸路ですか」
「かなりの距離になるけど、平気?」
「うん平気、だと思う」
シスターの言葉に自信なさ気に頷く。
僕より体力のあるシスターが言うのだから、きっと想像よりも厳しいに違いない。
でも、行くしかないんだ。
多分虚勢を張っているのが分かったんだろう。
シスターは「そう」と短く答えると、優しく僕の頭を撫でてくれた。
「もし疲れたら私がおぶりますよ」
「あの猫もそうだけど、お前は甘やかし過ぎよ」
「モーさんが厳し過ぎなのですよぉ」
また始まった二人のじゃれ合いと共に歩き出す。
だけど数歩行った所でセンリンは後ろを振り向いた。
「どなたか存じませんが、隠れずに顔を出してはいかがです?」
遠くに生える大きな木に向かってそう言った。
僕とシスターはセンリンが話かけた場所に視線を移す。
暫くすると、小さい人影が飛び出してくる。
僕は思わず「あっ!」と声を上げる。
姿を表したのは、メイドのソーラだったからだ。




