脱兎4
「ほわちゃああああああ!」
部屋から出た後のセンリンはそれは凄まじいものだった。
迫りくる騎士達相手に棍を振り回し、ある時は拳で脚で道を切り開いていく。
まさしく蹴散らしていくようだ。
「それにしても女性ばかりですね」
僕の歩調に合わせてくれながら、センリンは首を傾げた。
確かに立ち塞がる騎士達は皆女性であった。
多分ペルシアの私設騎士団という事もあるのかもしれない。
「オマエ達、何やってんのよ!」
幾つかの相手をなぎ倒した所で、聞き覚えのある声が響いた。
目前には、険しい表情でこちらを見据えるスズさんの姿があった。
「おや、スズではありませんか」
「オマエ、ここがドコか分かってんの? オーゾクの屋敷なのよ。処刑されちゃうのよ?」
呑気に挨拶をするセンリンとは対照的に、スズさんは屋敷の様を見渡し声高に言う。
それは非難、というよりは心配している様に感じられる。
それが分かるのか、センリンも何処か嬉気な表情で笑う。
「殺されるのは困りますねぇ」
「まさかココまでバカだとは思ってなかったわ」
「バカついでに申しますが、スズも一緒に来ませんか?」
まるで話を聞いてないとばかりにセンリンはそんな事を言いだした。
スズさんは一瞬目を大きく開いて驚きを見せた。
だけど隣の僕に視線を向けると、まるで逃げるように視線を床に這わす。
「……行かないワヨ。行けるワケないじゃない」
「そうですか、ではまた気が向きましたら」
「マタ? まさかコノママ逃がすと思ってんの?」
そう言ってスズさんは腰のサーベルを抜いた。
あまり覇気は感じられないけど、立ちふさがる覚悟を感じる。
その時センリンは額に手を当て、背後を見やる。
「おや! 遅かったですねモーさん」
「エッ!?」
瞬間、焦ったようにスズさんは振り返る。
しかし背後にシスターの姿はいない。
一瞬の空白、しかし致命的な隙だった。
「隙ありぃいいいいいいいい!!」
「ニャアア!!」
瞬間、勢いよくセンリンがスズさんを蹴り飛ばした。
スズさんは奇声を上げながら壁に叩きつけられると、意識を失い床へと倒れた。
「ふふん。この前のお返しです」
センリンは得意気に腰に手を当てスズさんを見下ろす。
僕は慌ててスズさんに駆け寄ろうとするが、センリンに止められた。
あまりゆっくりしている時間は無いからだ。
僕は後髪を引かれる思いだったけど、センリンの後に続いた。
「スズなら大丈夫ですよ。手加減もいたしましたし」
確かにサニャさんのアレを見れば、それは事実なんだろうけど。
幾らなんでもあそこまでしなくても良い気がする。
スズさんもなんだか乗気ではなかったみたいだし、もう少し話せば分かってくれたかもしれない。
「それはいけません。スズが手引きしたと思われては堪りませんからね」
センリンは前を見据えながらそう言った。
確かに変に見逃してしまうと、そういう可能性もあるのか。
争わなくて済めばいい、という単純な話だけではないんだな。
屋敷を出ると、多数の騎士達が庭で控えていた。
センリンなら問題は無いかもしれないけど、屋敷の方にまだ人が居るかもしれない。
そうなれば挟み撃ちだ。
「あぅ。参りましたね」
「戦う必要なんかないよ。逃げよう」
「名案ですね。して方法は?」
「こう……するんだ!!」
僕は地面に両手を突くと魔力流し込んだ。
すると地面が大きく盛り上がり、塀の先まで大きな山が階段状に出来上がった。
「素晴らしい!」
センリンは自身の言葉よりも早く、僕を担ぎ上げる。
そして終わりと共に、一足で飛び跳ねる。
彼女が土山を飛ぶと同時に僕は指を弾いて、その山を崩した。
彼女に続こうとする者が、崩れる土塊と共に地面に落ちていく。
「あははははは! 脱兎草々風の如しー!」
センリンは何やら妙なテンションで、山を飛んで進んでいく。
そしてついに最後の山を踏み飛んだ。
しかし塀を飛び越そうというその時。
側面から高速で何かが飛んでくる。
羽の生えた騎士団の人間だ。
センリンは空中で、僕を抱えていて反撃は出来ない。
僕も咄嗟に魔法で応戦しようとするが気付くのが遅すぎた。
とてもではないが間に合わない。
その時センリンの胴に何かが巻き付き、勢いよく前方へと引きづり込んだ。
突然の事でセンリンも、彼女に捕まれた僕も状況判断が追い付かない。
引かれるまま僕らは近くにある家の屋根へと転げ落ちた。
「全く手間のかかる奴らね」
悪態をつく方向に目を向ける。
そこには長身金髪の修道服を着た目付きの悪い女性。
「シルバーチェーン!」
こちらまで追ってくる鳥の騎士をシスターは長い鎖で叩き落とした。
「うふふふ、助けられてしまいましたね」
「お前は考えがなさすぎなのよ。お喋りは後、とっとと行くわよ」
シスターに急かされて僕達は急いでその場を後にした。




