脱兎3
少年side
急に屋敷が騒がしくなっていた。
何が起きたのかは分からない。
けれど、あちらこちら忙しそうな気配を部屋の中で感じる。
もしかすると逃げ出すチャンスかもしれない。
そう思った矢先の事だった。
ドカァン!!
と物凄い音と共に、何かが壁を突き破って入ってきた。
あまりに突然の事で、何が起きたのか理解が及ばなかった。
しかしよく見てみると、人間が壁を破壊して入ってきたのだと理解する。
部屋へと飛び入ってきたそれは、床に仰向けに転がり小さく咳込んだ。
「さ、サニャ!」
赤い頭をしたその人が、最近頻繁に部屋を訪ねる女性だと気付き、僕は思わず駆け寄った。
「ど、どうしたの? 大丈夫!」
正直、疎ましいとすら感じていた彼女だ。
だけど見知った顔が、突然こんな姿で現れては平静でいられるほど豪胆ではない。
つい心配の念が湧いてしまい、僕は彼女の名を呼びながら体を揺する。
「おや! その声は」
その時、穴の方から聞覚えのある声がした。
僕は思わず声の方へと顔を向ける。
そこには、長耳に茶色い長髪、拳法着を纏った長身の女性が立っていた。
「せ、センリン! な、なんで!」
「助けに来ましたよ!」
あの時と同じ、朗らかな声で彼女はそう言った。
「た、助けに来たって、ここ王族の屋敷だよ」
「らしいですね。何か問題があるのですか?」
心底分からないと言ったふうに首を傾げるセンリン。
問題も何も、捕まったら問答無用で処刑じゃないだろうか?
この世界の法律は良く知らないけど、それ位はしてもおかしくない。
知らぬが、と言う奴だろうか。
いや、センリンはそれが分かっていても助けに来てくれる気がする。
僕は思わず溜息を吐いた。
センリンはそんな僕を見て、何故か嬉しそうに笑った。
「という事は、このサニャさんは」
「あぁ、申し訳ないです。つい咄嗟に」
視線の先を見て、少しバツが悪そうに頭をかく。
なるほど。
それにしても、何をしたかは分からないけど凄い有様だ。
彼女が強いのは知っていたけど、今回の様はその中でも圧巻と言える。
「死んでは居ないとは思いますが」
「そっか、確かに息はあるみたいだけど」
思わずホッと、息を吐く。
この世界の人間は異常に頑丈だし、恐らく大丈夫だ……と思う。
「さて、再会の喜びは後にして逃げましょう」
一転、センリンは顔を引締めてそう言った。
確かにあれだけ物凄い音がしたんだ、直ぐに屋敷の人達も集まってくるだろう。
「ごめん、ちょっと待って」
だけど僕はそう謝ると、倒れるサニャの元へと向かう。
彼女の体をまさぐり、リングで纏められた鍵束を見つけだす。
その中の鍵を嵌められた腕輪の鍵穴に順に差し込む。
三本目で当たりを引くと、腕輪は外れて地面へと落ちた。
僕はサニャから離れる間際、彼女に軽く癒しの魔法をかけてあげた。
細菌の侵入を防止したり、痛みを緩和させる程度のものだ。
傷が即座に完治する訳ではないれど、多少は体が楽になると思う。
僕は気付かれないように慌ててセンリンの元へ走り寄る。
なんだか助けに来てくれた彼女への裏切りみたいで、少しバツが悪いから。
だけどセンリンはそんな僕を見てにんまりと笑う。
「優しいのですね」
「う、ごめんなさい」
「謝る事はありません。モーさんが言う様に、そういう気持ちは正しいですよ」
しゃがんで僕の頭を撫でる。
ふと彼女の首に傷があるのが見えた。
深くはないけど、血の跡が痛々しい。
僕は彼女の傷に手を当てて同じ様に魔法を掛けてあげる。
「ごめん。傷を治すことは出来なくて、これが精一杯なんだ」
「いいえ。ありがとうございます」
センリンは頬擦りするように僕を抱きしめると、満足そうに立ち上がった。
「それでは行きましょう」
改めてそう言うと僕の手をとった。
力強く硬いその手に握られて、僕はもう大丈夫なんだと思わず涙が零れた。




