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シルバーチェーン4

「シャル! アンタ、腕どうしたのソレ!」


 僕の無事を確認するや否や、早々にスズさんが悲鳴を上げた。

 外れてプラプラ揺れている左腕を見て、倒れそうな位に顔を青ざめている。


「あんのヤロー! クビのネ引っこ抜クンだったワ!」

「ち、違うよ。これは自分でやったんだ!」


 怒りに打ち震えるスズさんに、拘束を抜ける為にセンリンの真似をしたのだと伝える。

 すると、今度はギロリと彼女を睨んだ。


「あわわ! それよりも早く腕を直しましょう。えぇ!」


 スズさんの追求から逃げるように、センリンは慌てて僕の傍に走ってくる。

 僕の外れた腕に手を添えると、「ほっ」と軽い調子で肩を嵌めてしまった。


「!!?!!」


 僕は再度訪れた激痛にしゃがみこんで必死に耐える。

 それを見てスズさんがセンリンをひっぱたいていた。


「オマエ! もうチョッと優しくしなさいよ」

「そ、そんな事言われましても……」


 理不尽に怒りを買って戸惑うセンリン。

 正直彼女を庇いたい気持ちで一杯だけど、もう本当、信じがたい位痛くてそれ所じゃなかった。


「おぉ! 皆、無事だったか!」


 そんな時、遠くから僕達に呼び掛ける声が聞こえる。

 カブリオレさんだった。

 彼女は僕達の姿を見付けると足早に此方へ駆けてくる。


「団長!? 随分とお早い」

「ふむ。近くにラニカ殿の屋敷があったからな。情けない話だが協力を依頼した」


 そう後方を指し示すが、僕には何も見えない。

 だけどサニャ達にはなんの事だか分かったみたいで、沈痛な面持ちで相槌を打っていた。


「お前達も心配だったので、後の事は任せてしまったのだが、無事で何よりだ」

「依頼した団長様自らが、現場を放っておくとは、酷い話だこと」


 シスターが皮肉を口にすると、スズさんとサニャがたしなめる様に言う。

 しかしカブリオレさんは気にした風もなく、爽やかに笑った。


「シャルル」


 その時、後方から僕を呼ぶ声が聞こえる。

 振り向いた先に居たのはソーラだった。

 彼女は普段着ているメイド服じゃなく、簡素な大きめなシャツを身に付けていた。


 彼女の傍にはラニカさんが控えていて、付き添うように歩いていた。


「どうしても行くと聞かないのです。仕方なく」


 ラニカさんは呆れて肩を竦めていた。

 僕はソーラに近付く。

 身体中には包帯が巻かれていて、見るからに痛々しい。


「ごめんなさい。僕のせいで……」


 僕は彼女の姿に涙ながらに謝罪をする。

 しかし彼女は普段とは違い、険しい目付きで僕を見つめる。

 すると平手で頬をひっぱたいた。

 パシンと乾いた音が周囲に響く。

 僕は突然の事で呆けた顔で彼女の顔を眺めた。


 ソーラの思いがけない行動に、周囲も途端に静かになった。


「分かる? 叩かれた、何故か」

「その、僕のせいで皆に迷惑を、ソーラも怪我を」

「ある、それも、でも、違う」


 思わずスズさんが間に入ろうとしたけど、シスターが制止する。

 僕も彼女の真剣な顔に、言葉が詰まる。

 きっと大事な事なんだろうけど、何に怒っているのか分からなかった。


「危ない、何より、シャルルが」


 彼女は瞳に涙を溜めながら顔を崩した。

 歪んだ顔から涙が押しだされて、彼女の頬を濡らす。


「大事にして、自分を」

「うん……ごめんなさい」


 一人で屋敷を出て行った事か、それとも先ほどの事かもしれない。

 きっと彼女は鼠で一部始終を見ていたに違いないのだから。

 どちらにせよ、僕と同じようにまた彼女も僕の身を案じてくれていたのだ。

 感謝と同時に申し訳無い気持ちが大きく湧いてくる。


「それに、答え、聞いていない」

「えっ?」

「理由、飛び出した」


 それは僕がダイアーに捕まる前にされた質問。

 何故屋敷を飛び出したのか……でもそれは。


「皆に……迷惑を――」

「嘘」


 あの時と同じく、ソーラは力強くピシャリと否定した。

 そうだ、皆に迷惑を掛けたくないのなら、ラニカさんの提案を受ければ良いだけだ。

 彼女ならペルシアの目から逃れる方法も考えてくれるに違いない。

 ただ僕が頷くだけ、それだけで済む話。


 でも、それだと――


「みんなと……はなればなれ、になっちゃうじゃないかぁ」


 想像しただけで、考えるだけで、僕の目から涙が溢れ、声は鼻水でグズグズになった。

 そうだ、僕が飛び出した理由。

 それは皆と離れたくない、それだけだった。


 ラニカさんの提案を受ければ、きっと皆安心する。

 だったらこの集団が集まる理由だって無くなるんだ。

 皆がそれぞれの生活に戻るだろう。

 そしたらもう、二度と皆に会えないかもしれない。

 僕は、それが嫌だったんだ。


 思えばあの時だって、だから答えを先延ばしにしたんだ。

 少しでも皆と一緒に居られるように。

 でも、これ以上皆に迷惑を掛けたくも無くて、そんな我儘も言えなくて。

 気が付いたら飛び出していたんだ。


 きっとこれなら皆が僕を探そうとするだろうから。

 同じように離れる事でも、皆との繋がりが消える事が無いんだと思いながら。

 そんな自分勝手な発想で僕は、屋敷を飛び出したんだ。


「ごめんなさい。ごめんな……さい」


 僕は膝をついて泣きじゃくる。

 自分でも感情の制御ができなかった。

 ただただひたすらに、自分の身勝手な考えと行動に許しを請うた。

 そんな僕の頭にソーラが手を優しく乗せた。


「怒ってない、大丈夫。シャルル、それで、どうしたいの?」

「離れたくない! みんなと一緒に居たい。みんながいいんだよぉお」


 シスターは泣きじゃくる僕を後ろから抱きしめた。


「バカね。だったら、最初からそう言えばいいのよ」

「ソーヨ。いつも言ってんでしょ、ガキがエンリョすんじゃないって……」

「だから言ったじゃないですか。大人は頼って欲しい物なのですよ」


 続くように皆が僕に群がってその身を抱きしめてくれた。

 その暖かく優しい温もり。

 知らない世界にやってきた僕の、唯一つの居場所。

 それは何処でもなく、ただ皆がそこに居るこの暖かな空間こそが。

 僕がここに来て最初に探し求めていたものの正体だった。


「さて、感動の所悪いけれども、こちらも仕事に移って宜しいか」


 感動の空気を払うように、カブリオレさんはパンと両手を叩いた。

 その様子にシスターは立ち上がり、僕を守る様に立ちはだかる。

 他の皆も同様に、スズさんやサニャでさえ彼女に敵意を見せている。


「いやはやついている。ライラの行方だけでなく、脱走した検体もまた回収できるとは」


 彼女はペルシアの手の物だ。

 立場から言えば僕の命を狙う側であり、その反応も当然であった。

 彼女の言葉に皆は一層、緊張感を孕ませた。


 しかし、妙に彼女からは敵意は感じない。

 緊張感のない歩みで近寄ると、不思議な事に僕達を通り過ぎて行く。

 そして、小屋の近くにある何かを持ち上げた。


「しかもダイアーが殺してしまったようだ。私が手に掛ける手間も省けた。結構結構」


 笑いながら担いだそれは、ダイアーが作った僕の模造品だった。

 思いがけない行動に、皆はポカンと口を開ける。

 その様子にカブリオレさんは満足そうにニヤリと笑った。


「その少年も似てはいるが、()()()()()いるからどうやら人違いの様だな」

「お前、そんな事……」

「その子の保護者は君達だな? なら私が保護する必要もない。あとは任せるぞ?」


 そう言うとカブリオレさんはヒラヒラと手を振りながら、僕の代わりを担いで行ってしまう。

 サニャとスズさんは背筋を伸ばして彼女に礼をする。

 それを受ける彼女の背中は、とても勇ましく見えた。

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