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複製

少年side

「ほぉ? この子供がそうなのか?」


 あの後、ダイアーの元に一人の男性が訪ねてきた。

 服装は一般人みたいだけど、佇まいから感じられる空気は、村で会ったライラ達に似ていた。

 彼も何処かの騎士団所属なのかも知れない。


 彼は鎖に繋がれた僕をもの珍しそうに眺めている。

 それはペルシアやダイアーと同じ、貴重な動物を観察するような不快な瞳だ。

 僕の口には猿轡を嵌められていて、余計な口は聞けない。

 口内のよだれを布が含みベチャベチャになって気色が悪かった。


「こいつもラルの研究資料同様、頂くが構わんね?」

「好きにすると良い。貴様の悪趣味には付き合うつもりは無い」


 男の了承を受けてダイアーは満足気に笑う。

 どうやらこの男と協力関係にあるらしい。

 でも彼の研究に対しても、と言う訳では無いようだ。

 笑うダイアーを見る眼差しには、何処か軽蔑の色を含んで見えた。


「しかし、資料を奪うだけで本当に研究の妨害になるのか?」


 男の疑わしい視線を受けてダイアーは少し考え込む。


「監禁した時に聞いたが、ラルも人間の複製についてはまだ手探りの段階だった」

「聞いたよ。シュガーの手引きだって話だろ?」

「そう。だから設計図の奪取に乗り出したわけだ」


 それもライラ達から奪い、ダイアーの手元にある。

 説明書を譲り受けただけに過ぎないラルでは再現は難しい、という事なのだろう。

 だけど男は今一納得がいかないようだ。


「ベルガル様の懸念はそこだ。ラルは魔導士だ。一度成功すれば、要領は掴んでしまうのではないか?」


 確かに簡単な魔法ならば、一度コツを覚えればどうとでもなる。

 この「簡単」の裁量は、完全に個人のセンスの問題だけど。

 流石に人間の複製ともなれば、魔導士といえど簡単な話では無い筈だ。

 魔法の構造を知らない人間からすれば違いは分かり辛いに違いない。


「資料を元に、この世界の人間の複製を試みたが、失敗だった」


 恐らく、あの肉塊の事を言っているのだろう。

 僕は思い出して苦い気持ちになる。


「ほぉ、それは技術的な問題なのか?」

「それもあるだろうが、一番は構造的な問題だろう」


 男がオウム返しに首を傾げる。

 それを見てダイアーは指を弾いた。

 すると突然ドアが開いて、隣の部屋から人が入ってきた。

 僕はその姿を見て息を飲んだ。

 そいつは紛う事なく僕であったからだ。


「こいつは?」

「同じ方法でそこの小僧を複製してみた」


 無言で佇む僕を見て、男は感心したように声を上げる。


「見た所、問題なく見えるが?」

「別世界の人間だからだろう。再度、この世界の人間で試したら失敗した」

「つまり、その魔法は異世界の人間専用であると?」

「恐らくは、見目には分からんが体の構造に大きな違いがあるのだろうな」


 ダイアーは困った様に肩を竦めた。

 確かにこの世界の人間は獣人と普通の人間が交わって出来た種だ。

 他種交配によって長年かけた新しい種。

 それ以前の人間とは体の構造に大きな違いがあってもおかしな話ではない。

 恐らく決定的に違う何かが、複製の大きな妨げになっているんだと思う。


「それに、これも成功しているように見えるが実際は欠陥品だ」

「ほう、何か問題が」

「まず盲目になった、同時に言語も解さん。どころか二足歩行する知能さえ持っていなかった」

「だが、これは問題なく歩いているように見えるがね」

「脚の筋力や構造的には問題が無かったからな。殺して魔法で動かしてやれば問題はない」


 そういってダイアーは複製した僕を押し飛ばした。

 彼は何の抵抗できずにそのまま床に倒れてしまう。

 床に倒れる際に自分の身を守ろうともせず四肢を無造作に投げ出す姿はまさに人形だ。

 そしてそれは僕と全く同じ姿をしている。

 僕自身が作られた模造品であるという、決定的な事実を突きつけられたみたいで体が震えた。


「専門外ではあるが、魔導士であった私が設計図を見た上でこれなのだ」

「成程。たとえラルと言えども、そう簡単に物に出来る訳が無いと」

「少なくとも、研究に遅れが生じるのは確実だよ。ま、安心できぬなら殺すなり好きにすればいい」


「私は手伝わないがね」とダイアーは言葉を締めくくった。

 ダイアーの言葉に男は顎に手を当てて何かを考え込んでいた。

 その時、コンコンと窓を叩く音が聞こえてきた。

 そちらに視線をやると、小さな鳥がクチバシで窓を叩いているみたいだった。

 ダイアーはそれを見て面倒くさそうに溜息を吐いた。


「どうやらお客さんみたいだな。面倒だが少し席を外すよ。暇だったら帰ってくれ」


 そう伝えるとダイアーは倒れていた僕の模造品を連れて部屋から出て行ってしまった。

 僕はその後姿をただぼんやりと見つめる。

 もし、僕を完璧に複製できるとなれば、用済みなった僕もいずれああなるんだろうか。

 新しく作られた僕が同じような思いでその姿を見る事になるのだろうか。


 自分の中で自身の存在意義が希薄になっていくのを感じる。

 もし出て行ったアレに、僕の記憶が丸ごと入っているなら僕なんて必要ないんじゃないか。

 そうでなくても動かないアレを皆の前に出したら、僕は皆の中で死んだ事になるに違いない。

 そうなったら僕を探しに来ることもない、本当にこの世界でひとりぼっちになってしまう。


 グルグルと自分の存在について考えた末、いつしか僕の心は冷え切り意識を手放した。

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