馬車と盗賊2
「死にたくなかったら、大人しく積荷を置いてきな」
リーダー格であろう大男が、得意気に言った。
大きな棍棒を手に、なんとも居丈高だ。
完全に囲まれており、逃げるのは難しいだろう。
スズさんは忌々し気に舌打ちをした。
「コンナ数の、盗賊団がいるなんて、聞いてないンダケド」
彼女としても、この人数を相手取るのは想定外らしい。
「大人しく逃げた方が身のためだぜ?」
「コレは帰りのバシャだから、ロクなものないわよ」
「全く、て訳でもねぇだろ? ガキに馬もありゃ釣がでらぁ」
「ぼ、僕?」
僕は思わずスズさんの背後に隠れた。
彼女も僕を庇うように片手を広げる。
「シルバーチェーン!!」
その時、高らかな声と共に、馬車の中から大きな音が響く。
後ろを見ると馬車の中から二人の男が吹き飛ばされていた。
恐らく、馬車内に入り込んだ盗賊逹だ。
そこからゆっくりと、シスターが姿を現す。
巨大な鎖を手に、気だるげに首を回した。
「煩い連中ね」
予想外の抵抗に盗賊逹は、少し及び腰になっていた。
「アンタ、速くバシャに戻んなさい」
相手を見据えながら、スズさんは僕の肩を押して言った。
「でも……」
「イイから速く!」
彼女の声と同時に目の前の盗賊三人が飛び出した。
まさしく獣みたいな速さでスズさんへ飛びかかる。
この世界の人間は皆、獣人だ。
僕の世界の人間より、遥かに身体能力が高いみたいだ。
だけどその三人よりも、スズさんの方がもっと速かった。
彼女は僕を突き飛ばすと、舞うように三人の攻撃をかわす。
そして、一瞬の隙をついて一人を切りつけた。
「す、凄い……」
スズさんの動きに見とれている所に、唐突な浮遊感。
別の盗賊が僕を抱き抱えたみたいだった。
「は、離せ!」
「大人しく……ぎやぁ!」
脇に抱えて、持ち運ぼうとする盗賊は悲鳴を上げてその場に倒れた。
僕が魔法で、体に電流を纏ったからだ。
近くにいた彼の仲間達は驚きで目を見開いた。
「なんだぁ?」
「唯のガキじゃねぇぞ」
簡単にはいかないと察し、二人で飛びかかってくる。
僕は咄嗟に地面に転がっていた掌大の石を掴むと、力を込めて放り投げた。
丁度二人の間に来た所で、石が爆音と共に炸裂する。
爆風と飛び散った石の破片によって二人は、吹き飛び地面に倒れた。
「や、やった……」
心臓がバクバクと高鳴る。
現実感が沸かずに倒れた二人をボーッと眺めてしまう。
ふと、背後に気配を感じた。
後ろを振り向くと、電撃で気を失った筈の男が立っていた。
「このガキ!!」
驚きで尻餅をつく僕。
男は怒りの形相で、剣を降り下ろす。
しかし、それが僕に届くよりも速く、巨大な鎖が男を薙ぎ払った。
自分の相手を片付けたシスターが、鎖を飛ばしたのだ。
「ぼーっとしない! 右!」
彼女の言葉に視線を移すと、石で吹き飛んだ二人が剣を振りかぶっていた。
次の瞬間、風の様に現れたスズさんが二人を切り捨てた。
「あぶない!」
だけど、感謝の言葉より早く彼女を突き飛ばした。
それと同時に巨大な棍棒が僕の体に激突する。
僕の助けに入った隙を見て盗賊がスズさんを攻撃したからだ。
一瞬で視界は回転し、訳も分からず身体中に痛みが走る。
どうやら吹き飛ばされて地面に転ばされたみたいだ。
あまりにも現実感が湧かない暴力に暫し呆然とする。
スズさんが駆けよって耳元で何かを喋っていた。
言葉は素通りしていったけど「大丈夫」と短く返す。
先程まで居たであろう場所でシスターが男と対峙していた。
咄嗟に飛び出した際、魔法で障壁を張ったから見た目程ダメージは大きくない。
でも獣人の腕力は物凄かった。
まさか障壁の上からここまでの衝撃が来るとは予想外だ。
きっと生身だったら、体も引き千切れバラバラになっていた。
そんな暴力を隣にいる彼女に振るおうとした事実。
僕はそれに恐怖と怒りを覚えた。
そして目の前でシスターにまで向けているのだ。
とてもじゃないが我慢ならなかった。
僕はゆっくりと立ち上がった。
目標は十メートル先の男。
「こんのやろぉお!!」
魔力を右手にみなぎらせ、言葉と共に放つ。
巨大な火炎の帯が男に向けて放射された。
「な、なんだぁ?」
男は咄嗟に異常に気付いたが、逃げることは叶わなかった。
それよりも早く察知したシスターが鎖で縛りあげたからだ。
炎は一息で男を飲み込んだ。
「うがぁぁぁああ!」
男は炎に包まれた身を、地面に転がりながら悶えて叫ぶ。
そんな彼に容赦する事なく、シスターは巨大な鎖を薙ぎ払い吹き飛ばした。
男は大木に叩きつけられ地面に落ちると力弱く立ち上がる。
残りの盗賊達は焦ったように彼の元に走りよっていく。
遠くで何を話していがか、聞き取ることは出来ない。
けど、男は部下を引き連れてスゴスゴと逃げ去っていった。
「タフなヤツ~」
スズさんは憎々しげにそう吐き捨てる。
どうやら追い払えたようだ。
僕は緊張感が抜けて思わず腰が抜けてしまう。
「ちょっ、ちょっとアンタ! ダイジョウブ!?」
物凄い慌てようなスズさんに、僕は思わず笑いが出てしまうのだった。




