居場所2
少年side
目が覚めると、僕は見覚えのない部屋の中に居た。
そこは扉を除けば何もない殺風景な部屋だ。
ここはどこだろう?
立ち上がり、見回ろうとすると、後ろから何かに手を引かれた。
驚いて後ろを見ると手には鎖が繋がれている。
状況から察するに僕は捕まってしまったらしい。
それと同時に、またかという思いが生まれる。
これで都合三度目、未遂を含めればもっとだ。
成長しない自分に呆れて声もでなかった。
「そういえばソーラは!?」
僕は直前まで居た、同行者の事を思い出す。
記憶はダイアーが目前に現れた所で途切れている。
妙に負けん気の強い彼女だ。
黙って僕が拐われているのを見ていたとも思えない。
最悪の事態が思い浮かんで体が震える。
頼むから無事でいて欲しい。
その時、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。
ダイアーだ。
「ふむ、目覚めたか。脆弱な肉体だから、うっかり殺してしまったかと焦ったよ」
あから様な物言いに反応せず、僕は彼を睨み付ける。
しかしダイアーはその姿を楽しむようにクックと笑う。
毎度の事だけど、僕が睨んで相手が怯んだ試しがない。
「ソーラはどうしたんだよ!」
「? ……あぁ、あのメイドか」
僕の言葉にダイアーは一考したのち、答えを思い浮かべた。
「邪魔をするから適当にあしらったよ。無事と言えるかは難しいがね」
「お前!!」
クックと意地悪く笑うダイアーに、僕は飛び掛かる。
しかし、直ぐに鎖が伸びきって僕の足を止めた。
それでも僕は必死に前に進もうと足に力をこめて、怒りの形相で奴を睨みつける。
ダイアーはそれを見てさらに笑うが、目の奥はとても冷ややかだ。
檻の中で騒ぐ猿を見ているような、そんな目。
僕は息を切らして、その場にへたりこむ。
自分の何もかもが恨めしかった。
何度も簡単に捕まり、勝手な行動でソーラを危険な目に合わせる。
そして、その相手を目前にして何もできない現実が。
「ふぅむ。予想以上に体力がないな。力も無いし、少々困ったな」
「……何がだよ」
落胆するダイアーに僕は息を切らしながら疑問の声をあげる。
別にこいつの目的なんて興味はない。
だけど、目論見が上手くいってないだろう発言に少しだけ気分は良かったからだ。
例えそれが、自分の軟弱さに飽きれられているとしても。
「私は元々、死体を労働力を始めとした様々な事に利用する為の研究をしていたんだ」
ダイアーは僕の質問に正直に話し始める。
まさか答えられるとは思っていなかったので少し驚く。
「しかし、下らぬ倫理感を掲げて否定された」
結果として彼は追放され、指名手配を受けるまでとなったらしい。
憎々しげに語るけれど、そんなの当然の様に感じる。
しかし彼からすれば、人間の死体は毎日自然発生する貴重な資源としか見えないみたいだ。
そしてそれを感情で否定する、他の人間が理解できないのだろう。
嬉々として持論を展開する様は、狂気を感じる。
何やら小難しい話で半分も頭には入ってこない。
加えて、彼の語りを聞いていると、嫌悪感で気分が悪くなってきた。
「そこで新たに見いだしたのは、人間の複製だ」
突如として、ダイアーは僕に視線を向けた。
驚きすくむ僕に、彼は嬉しそうに顔を歪める。
「ペルシアの研究に用いられた複製人間。これを使えば無限に材料を確保できる」
「だから、ライラを襲った?」
「そう。詳しい術式を知りたかったのでね。成功例も手に入り、これで実験も可能だ。しかし」
ダイアーは肯定し、それと同時に落胆の声を上げた。
彼の想像以上に、僕とこの世界の人間の身体能力に差があったからだ。
「体力は問題ないとしても、筋力、そして肉体の強度が問題だ。これを量産してもな」
この世界の人間を基準に当て込んでいるなら、当然僕では力不足であろう。
ただでさえ筋力に差があるのに、加えてまだ子供だ。
どれだけの数を作り出したとしても、使い物になるとは思えない。
「とはいえ、魔法を使える状態で徒党を組ませるのも危険か。理想はやはり死体での運用か」
先程から不穏な事をブツブツと彼は呟いていた。
自分の好きに動く人形を作る為に、わざわざ人間を造って殺すなんて馬鹿げてるとしか思えない。
そもそも、一から死体を作り出すなんて本末転倒にさえ感じる。
何より、僕自身に価値が無いと言われているようで無性に腹立たしかった。
そんな苛つきが募り、僕はつい悪態を口に出してしまう。
「だったら僕なんかじゃなくて、自分達を造ればいいだろ」
僕の言葉にダイアーはキョトンした顔をする。
そもそもが劣化した模造品でしかない僕を複数作る位なら、自分達を対象にすればいい。
それでも完全とまではいかないだろうけど、僕なんかよりは遥かにマシな筈だ。
だけどダイアーは静かに首を振って息を吐いた。
「もう試したさ」
そう答えるとダイアーは、一度部屋から出て行くと何かを持ってこちらへと戻ってきた。
彼が持ってきたのは、両腕に抱える位の大きさがある楕円形の物体だった。
ブヨブヨとして、それでいて動物の皮に水を限界まで入れたかのような張りを感じる。
ダイアーは僕にそれが何かを訊ねた。
当然分からずに首を振ると、彼は意地悪そうに答えを口にした。
「これはね。ライラになる筈だったものだよ」
彼の言葉に僕は短く疑問の声を漏らす。
何を言っているのかまるで分らなかったからだ。
ライラって、あのスズさん達の上司のあのライラの事だろうか?
僕の反応を見てダイアーは満足そうにクックと笑った。
「資料を手にした後さっそく試してみたのさ、ライラを対象にね。出来たのがそれだ」
彼はそう言って床に転がる楕円形の物体を指さす。
言ってる意味が未だ理解できずにそれを無意識に観察する。
よく見るとそれは微かに膨らみ、その後に縮む動作を繰り返していた。
それはまるで呼吸で膨らむ人間のお腹の様であった。
「生き……てる?」
「上部に呼吸する穴がある様でね。他にも人間の器官が丸ごとアレには詰まっているんだ」
まるで買ってもらった玩具を自慢する様にダイアーは語る。
僕は呆けた顔で未だ楕円形のそれを見つめていた。
「内臓、眼球、毛髪から歯に至るまで、恐らくライラを構成する物全てがアレに入っている」
「なんで……こんなものを?」
「私が聞きたいね。他の人間で試しても全部これが出来る。だから成功例を持ってきたのだよ」
そんなことも分からないのかと、ダイアーは呆れて溜息を漏らす。
分かってたまるか……こんな、こんなものが僕と同じ様に造られたなんて。
頭が理解を拒否して視界がぼやけてくる。
腹の奥から吐き気を催すのを感じた。
必死に歯を食い縛って吐き気を堪えていると、突如丸い物体の動きが止まった。
それを見てダイアーは「死んだか」と無感動に呟いた。
「飲食もできないから数時間、長くても数日で死ぬんだ。これは意外と長生きだったな」
「酷い……こんなのいくら何でも」
「だから君を連れてきたんだ。この世界の人間だから失敗するのかもしれない。それを確かめる」
「い、嫌だ! こんな、こんなの! 止めてよ」
「安心してくれ、君がこうなるわけじゃない。ただ兄弟がこうならないように祈ってはくれよ」
そう言ってダイアーはゲラゲラと笑いだす。
不愉快さと気味悪さで、僕は我慢できずについぞ胃の中の物を吐き出した。
一歩間違えれば自分もあぁ生まれていたのかと、動かなくなった丸い亡骸を見つめる。
口内の酸味と耳障りな笑い声に耐えながら、ひたすら目前のそれに同情した。




