65話 堂々たる振る舞い
「いやあ、隊長ってのはすごいんだなやっぱり」
アギレアの演舞後、ザストは両腕を上へ伸ばしながら感想を口にした。どうやら七貴舞踊会を生で見たのは初めてのようだ。
「別におかしくはないさ、でなければ隊長などという称号を与えられるはずもない。できて当然のことだ」
対するグレイは、興奮しているザストとは違い淡泊な反応だった。
「なんだなんだその刺々しい言い方は? もしかして自分も出れば良かったって思い始めた~?」
ザストはグレイをからかうように語尾を伸ばしたが、当の本人は何も堪えていないようにクスリと笑う。
「確かにこの場で演舞を披露し世に僕の存在を知らしめるのは重要なことだ。だが、それは今でなくていい」
「……どういうこと?」
「別に今年出場する必要はないってことさ。機会は後2回あるんだ、そのどちらかに出場すれば問題ない」
「成る程、そりゃそうか」
「それに今の僕はそれどころじゃないんだ、他に力を割いてる余裕はないね」
「何のことやら……」
ザストはそれほど気にしていないようだが、レインはグレイの余裕がない発言に呆気を取られていた。
グレイほど優雅に余裕を語る者はいない。どんな状況でも笑みを見せてしまうような男である。
そんな彼にそこまで言わせる事とは何なのか、深く追求するつもりはないものの気になってしまう。
「俺はそろそろ行くよ」
とはいえ数十分後にはギルティアの演舞が始まってしまう、いつまでも観客席にいるわけにはいかない。
レインは3人へ一声掛けてから控え室へと戻ることにした。
―*―
控え室に戻ったレインだったが、そこにはギルティアしかいなかった。
「メドラエルさんは?」
「彼女なら外の空気を吸いに少し前に出て行った。すぐに戻ってくるだろう」
「成る程」
そう頷いてから、レインは控え室にあるベンチに腰をかける。
ミレットはウルやアリシエールに比べれば緊張しないタイプの人間だと思っていたが、それでもこれほど大舞台になればじっと待機するのはなかなか難しいのだろう。
そこへ行くとレインの目の前で手を組んで座る男は堂々としたものである。重圧などまるで感じていないように自信に満ちた表情を浮かべている。
「レイン君はぼくの演舞中ここにいるのか?」
「そうなるね」
「ならファーストスクエアで見ていてくれ、ぼくの渾身の演舞を」
ファーストスクエアにはコール機能の他にモニター機能もあり、一定時間モニターに映像を記録することができる。それを応用して、モニターコードを登録することで記録中の映像をタイムリーに視聴することができる。エンハストールに来られない人々も、こうして七貴舞踊会を楽しむことができる。
「了解だ」
レインは返答して、素早くファーストスクエアを展開する。何かあった場合代役として動く以上ここには待機しなければならない。だからレインは七貴舞踊会を遠隔で見ながら、いつでも動けるよう準備する。
「ごめーん、またまたお待たせ!」
そこで外の風に当たりに行っていたらしいミレットが帰ってくる。彼女は待機しているレインと目を合わせると、微笑みながら右手の親指を立てた。どうやら準備は万端のようだ。
「それでは行ってくる」
「ああ、頑張って」
腰をゆっくり上げると、ギルティアはミレットと一緒に控え室から出て行った。
静まりかえった控え室の中で、レインは七貴舞踊会の映像を見るためにファーストスクエアを操作する。
王族の前で、七貴隊隊長の前で、どこまでの演舞を見せることができるのか。
ロストロス家の次期当主としての実力が試されるときである。
―*―
数分後、エンハストールの舞台を映す映像からギルティアの姿を確認する。全体を映しているためその姿は小さいが、観覧席の盛り上がりが学生の登場であることを示す。
昨年の七貴舞踊会、当時1年だったロードファリア姉妹が登場した時と同様の盛り上がりである。
『続きまして、アークストレア学院代表者による演舞になります。1年Aクラスギルティア・ロストロス、補助役1年Aクラスミレット・メドラエル、よろしくお願いします』
そのアナウンスが鳴り響き、会場の声が少しずつ消えていく。
平民にはあまり馴染がないかもしれないが、貴族であれば必ず頭に入っている家名。
ロストロス家とメドラエル家の登場である。
舞台の中心に立つギルティアは、まずシンプルにセカンドスクエアを展開、円陣からフィアを出現させる。
その火力に観客席から声が漏れる。
例え学生であろうと七貴隊にも劣っていないフィアの性能に圧倒される。
ギルティアはすぐさまサードスクエアを展開、アギレアが行ったように真っ直ぐ走るフィアを観覧席に沿って走らせた。
それとほぼ同時に、セカンドスクエアを放つ準備をしていたミレットが、レインから教わった『初手からサードスクエアを付与させたバニス』を上手く使い、オルテをフィアより内側で併走させた。炎と水の徒競走である。
だがここで終わらない。
ギルティアはミレットが場を繋いでいる間にサードスクエアを展開、後のバニスに付与する情報を選択し、セカンドスクエアで基本五称の2種目、ウィグを発動させた。
フィアとオルテが現在走っている位置を予測し、それらのさらに内側でウィグは弧を描いていく。フィア同様の見事な火力を誇るウィグは、決してフィアとオルテを乱すことなく絶妙な位置取りで動く。
基本五称で彩られた3層の仕掛けは、瞬く間に観客を魅了した。
序盤に観客の心を掴んだギルティアは次のフェイズへ移行する。
最初に放ったフィアが消える前にサードスクエアを付加させたジオス・フィアを発動、巨大な炎の塊が3層の仕掛けを阻むように観客席に沿って逆走した。時間が経過し弱ったフィアやオルテ、ウィグを吹き飛ばして進んでいく。
そしてお次は補助役のミレットの番。
先ほど同様に観客席に沿ってオルテを発動させる。しかし先ほどより低空移動であり、向かってくるジオス・フィアとは衝突しない位置関係になっている。
だが、ジオス・フィアと衝突する数秒手前で、オルテが天に向かって急上昇した。水柱のようにジオス・フィアの進行を止めようとするオルテだが、火力の差によって水は左右に飛び散ってしまう。
それが観客席に広がり、さらに観客席はわき上がった。水が飛び散って観客にかかるというのはなかなかリスキーな演出だが、観客は楽しんでいるようだ。
その後もう1度水柱を発動させ同じ演出を挟んだギルティアとミレット。ジオス・フィアの火力の凄まじさとオルテによる水の演出を同時に表現することができた。
そこからクライマックス。
ギルティアは今まで使用をミレットに任せてきたオルテを選択、先ほどのジオス・フィア同様に観客席に沿って突き進む。
ミレットもそれに合わせて再度オルテを選択、ギルティアの放ったものとは逆方向で弧を描き、数秒後に衝突させた。水が飛び散る演出に、再び観客が盛り上がる。
オルテ同士がぶつかった直後、ギルティアは再びオルテを発動、同じように弧を描くが、その軌道は先ほどより高く内側を進んでいた。
それに合わせてミレットも高さと軌道を修正、2度目のオルテ同士の衝突が披露された。
そして3度目、4度目と、少しずつ軌道を高く内寄りにしたオルテの衝突が展開される。貴族から見れば、サードスクエアを上手く付与した移動設定は見事だと思うところだが、平民からすれば同じ展開が続き少し飽きがきているところかもしれない。
――――それを充分理解しているからこそ、ギルティアはこの5度目の展開に鍛錬を費やした。
軌道が少しずつ内側に入ることでオルテ同士がぶつかるまでの時間が少しずつ短くなっていく。最後に向けて駆け足になっていく演出はギルティアの狙っていた形である。
5度目に使ったバニスは勿論オルテ、今度はミレットとほぼ同じタイミングで円陣から繰り出された。
高さを上げるために斜めに上がっていく2つのオルテは、衝突する寸前で軌道を内側へ変えた。滑らかな動きで下降気味に進むその先には、ギルティアの姿。
ミレットはさらにサードスクエアを付与、自身のオルテをギルティアのオルテの周りを飛ぶように進ませる。決して衝突して威力を損なわないように、慎重に対応した。
この展開まで持ってきたから、ギルティアは少しアギレアの演舞を思い出す。あの時は正直、被ってしまったと不安を覚えたものだった。
だが、補助役のミレットが、そして自分がここまで完璧に立ち回ったからこそ確信しているものがある。
――――――自分たちの演舞の方が優れている。
ギルティアは迫ってくるオルテに対しジオス・フィアを発動させながら、そう思った。
アギレアの初手とほぼ同じ演出ではあるが、2種のオルテとジオス・フィアでは規模の大きさで圧倒している。
だからこそ、自分たちは少しだけうぬぼれて良いとギルティアは思った。
この大歓声が、決して学生に向けたものではないということに気付いたから。演者として正当に評価してもらっているということに気付いたから。
鳴り止まない声を聞きながら、ギルティアはようやく気が抜けたように小さく息を漏らす。
ギルティアとミレットの演舞は、二卿三旗という贔屓目なしに文句の付けようがない完璧なものであった。