64話 演舞
七貴舞踊会開会式は、つつがなく無事終了した。
ミストレス王の開会宣言と七貴隊隊長による宣誓が主となる開会式は、ただでさえ興奮気味の観客たちへさらなる興奮を与えたことだろう。
今回宣誓したのはタンギニス地方の隊長であるロギース・ファンレン。毎年地方ごとに宣誓する隊長を変えており、今年はタンギニス地方であったため彼が宣誓したようだ。
『宣誓! 我々七貴隊員は! 日頃の鍛錬の成果を充分に発揮し、この場を盛大に盛り上げることを誓います!』
青色の短髪でほどよく焼けた肌。そして隆々たる体躯から発せられた声はたくましく、皆が聞き惚れたことだろう。
宣誓時の凜々しい表情とは対照的に、宣誓を終えて安心したように笑う面持ちも彼の魅力であり、隊長という名に恥じないカリスマ性を秘めているのである。
また、王が観覧席360度から晒されることになるため警備は通常以上に厳しくなっていたが、今年も何か起こることなく開会式を終えている。七貴隊が集まるこの場で無茶をやる人間がいるとは思えないが、警戒を重ねるに超したことはないだろう。
レインは観覧席の方へ向かいながら、開会式があって良かったとあの場に立って改めて思わされていた。
舞台に入場した瞬間の観覧席の熱気は凄まじいものがあり、演舞の前にあれを体感してしまうと緊張で身体が縮こまってしまう可能性がある。
期待を込めてくれているのは分かっているが、それを真っ直ぐ受け止められるほど人間は器用にできていない。とはいえ、簡単に緊張してしまうのも考えものではあるが。
「あれ、どうしてレイン君がここに?」
人で埋まっている観客席を見ながらどこで待機していようかと考えていると、飲み物を持ったテータと偶然鉢合わせした。
「参加者は控え室待機じゃ?」
「ロストロス君とメドラエルさん以外はそこまでの縛りはないよ、まだ出番は先だし」
アークストレア学院組は、序盤中盤終盤の3回に出番があり、1年2年3年生の順で演舞を披露することになる。
1年生の序盤担当はギルティアであり、アークストレア学院組にとって最初の演舞となる。本来であれば重役であり緊張がつきまとうものではあるが、ギルティアならば問題はないだろう。
ちなみに中盤をアリシエールが、終盤をウルが務めることになる。そのため、彼女たちの出番はまだまだ先なのである。
「それなら一緒に見るかい? グレイ君やザスト君もいるけど」
「……ならそうしようか」
1人で見ようと思っていたが、出番は先と言っておいて断るのも変なので素直にテータへついていくことにしたレイン。
長居をするつもりはなかったが、先駆けを担当する七貴隊隊長アギレアの演舞は観ておきたいとレインは思っていた。
-*-
「なんだ、開会式で君の仕事は終了か?」
2人と合流して早々、レインをからかうように笑みを浮かべるグレイ。
「僕が誘ったんだ、まだ合流まで時間あるみたいだし」
「成る程、そういうことなら一緒に演舞を鑑賞しよう。君の意見を問いたいところも出るかもしれないからね」
そう言って、腕と足を組みながらグレイは演舞を披露する舞台を見下ろした。
相も変わらぬ堂々とした振る舞いに苦笑しながら感心するレインだったが、グレイの隣にいるザストが未だに会話に入ってこないことに違和感を覚えた。
「ザスト、どうかしたのか?」
どこかぼんやりと舞台を見ていたザストは、レインの一言で覚醒したようにこちらを向く。
「あれ、レインいつの間に来てたんだ?」
「たった今来たばかりだけど、何かあったのか?」
一観客として気分を上げていると思っていたレインだったが、ザストの表情は虚ろげでどこか暗かった。
「えっ、何もないけど? あるわけないじゃん、むしろこれからテンション上がるわけじゃん!」
強がっているのは容易に理解出来たが、追及して欲しくないからザストは笑っているのである。
ならばそこを掘り下げる必要はない、理由だって開会式を考えればなんとなく見当はつく。
レインはザストに「ならいいんだ」と返答し、テータの隣に開いていた角の席に腰をかける。
舞台では開会式の片付けと同時に、七貴舞踊会の準備がされている。
「最初はアギレア隊長か。何度か演舞は見てるけど、隊長格は本当に圧倒させられるよね」
「だな」
レインも昨年の七貴舞踊会を見ていたので、アギレアの演舞は覚えている。
フィアとオルテを中心に構成された演舞は、見る者へさぞ興奮を与えたことだろう。もう一度見たいと今日来ている者も少なくないはず。
そしてアギレアのすごいところは、単純に構成だけの問題ではない。
『お待たせいたしました。これより七貴舞踊会、演舞を開催いたします』
場内アナウンスが入り、改めて沸き立つ観客。
その中心には既に、アギレア・クロディヌスが立っていた。
『第一演者、アギレア・クロディヌス、よろしくお願いします』
その声と同時にアギレアは大きく左手を挙げて、ゆっくりとお辞儀に合わせて下げていく。
「そう動くか」
グレイは楽しげにボソッと呟く。レイン同様、大きく上げた左手に釣られなかったのだろう。
アギレアはお辞儀をしながら小さくセカンドスクエアを展開、身体を上げると同時に腹からフィアを発現させた。
「でけえ……」
ザストの呟き。アリシエールのフィアを見ているからこそ、それ以上の火力のフィアを見て思わず声が漏れてしまう。
バニスの火力は10代前半から後半にかけて伸び、それ以降は多用してもあまり伸びない。
とはいえ、アギレアは30代であり、レインたちは10代。その経験値の差がバニスの火力に現われたところで何ら不思議はないのである。
アギレアのバニスは真っ直ぐ1点に向けて走った後、観覧席に沿って弧を描いていく。観客を楽しませるために1番行われるエクナドである。観客は、フィアの光と熱さを間近に体感し、興奮できる。
初手の構成としては基本中の基本だが、アギレアはまだセカンドスクエアではなくサードスクエアを動かしていた。
つまり、このフィアを1分以内にもう一度活用するつもりなのである。
フィアを数十秒掛けて観覧席に沿って1周させるとアギレアのサードスクエアが発動、フィアは放物線を描くように空中へ上がっていく。
落ちる先には、アギレアの姿があった。
これを危ないと思うのは七貴舞踊会を見るのが初めての者だけであり、皆はこの後アギレアがどうするのかに胸を膨らませている。
勿論アギレアも、その期待に応えるべく、後陣に付加するサードスクエアとセカンドスクエアを高速で展開し、フィアに向けて円陣を出現させた。
上向きに放たれたのはアギレアの代表バニスであるオルテ、落ちてくるフィアを見事に吹き飛ばし、そこから霧のようにオルテの水分を分散させた。
それだけでも見事な演出だったが、観客が思わず唸ったのはその後である。
――――アギレアの上空、観客席の目の先に虹が架かっていたのである。
見る者が1分足らずで、アギレアの美しい表現の空間に吸い込まれていく。何度も七貴舞踊会に参加していればマンネリとも言われる演舞を、アギレアは1度とて飽きさせることはなかった。
そこからもアギレアの演舞は留まることを知らず、観客を魅了していった。何よりアギレアが、楽しそうに演舞を行っていた。
そして舞台を見れば分かることだが、そこにはアギレア以外の人間はいない。アギレアは、補助役無しでここまでの盛り上がりを見せているのである。それがどれほどすごいことか、指導役を務めていたレインにはよく分かる。
レニスもテフェッドも不要。必要ならば自分のバニスだけでレニスもテフェッドも演出する。
圧倒的な自力と経験の差は、七貴舞踊会を目指す貴族たちにさぞ険しい道を示したことだろう。
だがしかし、だからこそ隊長であり頂点なのである。普段は和やかでおちゃらけていようとも、その肩書きこそが絶対なのである。
演舞を終え、アギレアが大きく拳を振り上げたとき、会場は1番の盛り上がりを見せた。
素晴らしい滑り出しと言えば聞こえは良いが、これから演舞をする七貴隊員にとってはプレッシャーが重くのしかかるところだろう。
それほどまでに、アギレア・クロディヌスの演舞は群を抜いていたのであった。