8話 同居人
昼食後、レイン達は学生寮へと向かうことにした。学生寮は食堂に隣接しており、寮に住まう生徒達が気軽に食堂を利用できるよう配慮されている。男子寮女子寮ともに3フロアあり、学年ごとにフロアが分かれているようだった。
フロア図を見る限り寮は広くなく、男子は二人一部屋で過ごすことになる。元々アークストレア学院に学生寮はなく、遠方からの入学希望者が増えたことによって増築されたもののようだ。
「じゃあ夕食でなレイン!」
「ザスト、君は後片付けとかできるタイプなんだろうね」
「馬鹿にしすぎじゃない!?」
レインとザストたちは部屋が異なるため、一年生が利用する三階に着いた後、各々の部屋へ移動する。ザストとグレイが同室という偶然により、先ほどから口うるさくグレイに質問されるザストが少々気の毒になった。二人部屋ということで快適に過ごすことができるか不安だったレインだが、部屋のドアの間隔を見ると、一室の広さはそれなりにあるらしい。
鍵に刻まれた数字、『315』と書かれたドアの前に立つレイン。ネームプレートのようなものは貼られておらず、同室の生徒はまだ誰か判明していない。同居人は落ち着いた人だといいなと思いながらドアを開けるが、部屋は窓から明かりが差すだけで薄暗い。同居人はまだ不在のようだ。
「それもそうか」
レインとザストは一番早く教室を抜け出しており、そのまま食堂へ向かっている。そして寄り道せず学生寮に来たのだから、昼食を抜かない限りレイン達より早くここへ到達することはないだろう。
中に入り部屋の明かりをつけるレイン。真っ先に目に入ったのは壁際の二段ベッド。カーテンレールが付いており、眠る時も人の目を気にしなくても良い仕様となっている。
そして窓を挟んで逆方向にある二つの机。言わずもがな学習用のものだ。クローゼットは収納用として必須、小さいが2ヶ所あるのは二人部屋を十分に理解した作りと言えるだろう。
レインが驚いたのは、寮部屋にシャワー室が備わっていることだった。寮設備として一階に広い浴室があることは聞いていたが、これならばわざわざ三階から下りて汗を流す必要はなくなりそうだ。男子用というよりは、共用の浴室に入りづらい女子のために作られたものではないかとレインは思う。
一通り部屋を確認したタイミングで、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。ザストやグレイならこんな律儀なことはしないだろうという悲しい推察により、同居人が来たのだと少し緊張するレイン。
「どうぞー、鍵なら開いてる」
これから三年間、部屋の変更がなければ共に過ごす相手である。変に癖のある人間でなければそれでいい、適度な距離感で接することができればそれで。そう願いながら、レインはゆっくりと開くドアを見つめた。
「えっと、レイン君だっけ?」
現れたのは、中性的な顔立ちの小柄な少年。グレイに与えられたAクラスに上がる機会に真っ先に質疑を唱えた生徒、テータ・ノスロイドだった。
「ノスロイド君か、どれくらいの期間になるか分からないけどよろしく」
「こちらこそよろしくだよ。あっ、結構広い部屋だね」
笑顔を見せた後、先程のレインのように部屋を確認するテータ。彼に見えないところで軽くガッツポーズをするレイン。
『Aクラスにも負けないよう、Bクラス一丸となって進めるよう尽力したいと思います』
彼の自己紹介やその後のやり取りを思い出しながら、レインはテータを『当たり』であると判断する。周りを牽引するタイプということで他者に深入りしようとする可能性はあるが、そこは自分がうまくやり過ごせば問題ない。適度な距離感を保つことのできる大人しい相手というだけで、レインとしては大満足の相手だ。
「すごいねここ、シャワーまであるとは思わなかったよ」
部屋の確認を終えたテータが、感嘆の声を上げながらレインに呼びかける。感想は大方レインと同じようだ。
「二人部屋って聞いたときはかなり不安だったけど、レイン君なら安心かな」
そう言いながらテータは、机と一緒に据えられた椅子に腰をかける。自分だけ立っているのも不自然なので、レインもその隣の椅子に座った。
「レイン君の自己紹介聞いて、あんまり他人と関わりたくないのかなって思って。そういう人は他人に干渉しようとしないだろうし」
「えっ・・・・・・?」
自身の自己紹介がテータにどう伝わったかを聞いて、ショックを受けてしまうレイン。自分のところに人が来なかったのは決してザストのせいだけではなかったようだ。レインは心の中でザストに謝罪する。
それと同時に、テータの発言にレインは違和感を覚えた。
「意外だな。ノスロイド君はもっと親しみやすい感じだと思ってたけど、思ってたよりドライなんだ」
「ああ違う違う。勿論Bクラスの皆とは仲良くしたいし、Aクラスにも負けないよう頑張っていきたいけど、ずっと肩肘張っているわけにはいかないからね。自室でくらいは、リラックスできる環境を望みたかったんだ。騒がしい人が同居人だと大変でしょ?」
「違いないな」
テータが自分とまったく同じ思考回路だったことに、レインは思わず苦笑いを浮かべる。表のために裏も大切にしたい、テータの言い分は至極尤もなことだ。
「そういうことならお互い程々に仲良くしよう。一緒にいるからってわざわざ声をかける必要はないからな」
「それは助かる提案だよ。改めてよろしくレイン君」
にこやかに右手を差し出すテータに、応じるように手を重ねるレイン。ザスト以来の握手だ。
テータの手は小さく、指は細い。力を入れると壊れてしまいそうで、握手をしてからレインに緊張が走る。そして、笑顔で頷いてくれるテータに対し、あり得ない想像をしてしまう。
――――この人、本当に男なんだろうか。
身体的特徴に加えて声も高く、接していて男子とやり取りをしている気がしない。男子の制服を着ているからこそ変に意識はしないが、女子の制服を着てしまったら誰だって女子として扱ってしまうだろう。
「どうしたの?」
「いや! なんでもない」
硬直したレインを心配して顔を寄せてきたテータだったが、レインは瞬時に椅子ごと距離を取った。あからさまなレインの態度に目をパチクリさせると、テータは頬を搔きながら言いづらそうに言葉を紡ぐ。
「もしかして、女みたいだなって思ってる?」
今度は露骨に態度には出さぬよう努めたレインだが、沈黙を肯定と取ったのか、テータは困ったような笑みを浮かべて言葉を続けた。
「気にしなくて良いよ、もう慣れっこだし。これが原因で大変だったこともあったけどそれだって乗り越えた。男らしさなんて僕から感じないかもしれないけど、普通に対応してほしい。何なら今から上着を脱いで――」
「いや、大丈夫だ。申し訳ない、そういうつもりではなかったんだが」
制服に手をかけたテータを見て、レインはすぐさまテータに頭を下げた。その容姿で苦労してきたことなど考えれば分かるだろうに、分かりやすく疑ってテータに指摘されるなんて軽率も甚だしい。これから信頼関係を結ばなければならない相手、ここでしこりを残すのだけはレインとしても避けたいところである。
「だから気にしてないって。これから死ぬまで何度思われるか分からないことをいちいち気にしちゃいられないしさ」
「強いなノスロイド君は」
「慣れちゃえばなんとかなるって。まあどうしても謝罪の誠意を示したいって言うなら」
そう言いながらテータが指を差したのは、二段ベッドの上方だった。
「ベッドの上を譲ってくれたらなかったことにするよ、どうかな?」
満面の笑みを浮かべるテータを見て、レインは一瞬で毒気が抜かれた気分になった。
「はは、了解した。それで手を打ってくれ」
幼い子どものようなやり取りに、レインも少しずつ馬鹿らしくなってきた。雰囲気が暗くならないようテータがそう仕向けたのなら、リーダーとして集団をまとめる資格は充分にあるだろう。彼ならば、Aクラスに負けないようにBクラスを引っ張っていけるのかもしれない。
――しかしながら、レインはテータを男子であると認めたわけではない。
この学院の面接を受けた時、レインには一つ、学院側に希望を出し特例という形で認められている案件がある。仮にテータが男子として学院での生活をしたいと学院側に希望を出し、それが認められたとするなら、中身が女子である可能性はある。
すぐさまテータの衣服をはぎ取れば確認することはできるが、はっきり言ってそこまで興味のある内容でもないというのがレインの本音である。テータが男子であろうと女子であろうとレインの学院生活に大きく影響を及ぼすことはない。それならば、放っておいて問題はない。
「ノスロイド君、クローゼットはどっち使う?」
「先にレイン君が決めていいよ、ベッドはもらっちゃったし」
だからこそレインは、この問題は意識の底に沈め、忘れてしまうことにする。
問題が発生しうるのは今後、学院の授業が始まる明日以降なのだから。