53話 目標の真偽
ジワード・エルフィンは不思議に思っていた。
レイン・クレストと模擬戦で戦って以降、この男がウルやミレットが慕うあの男であると確信してからずっと気になっていた。
どうしてこの男は、アークストレア学院に通っているのか。
まともな人生を送っていないのは分かる。
そもそもあの男は今も寝たきりの状態であるはずだし、今目の前にいる男は当時のレオル・ロードファリアより弱いウィグしか放つことができない。
彼とあの男が同一人物だとして、どうしてそこへ至ったかはまるで想像が付かない。
だからこそジワードは不思議でならなかった。
それだけめまぐるしい生活を送っている可能性があるこの男が、今更になって学院に通い始めた理由を。
ウルやミレットのためではなく、自分自身のためにジワードはレインへ質問した。
「なんでそんなことを聞くんだ?」
ある種想定していた返答だった。
こちらの意図が何なのかを探りつつ、自分の回答を整理できる質問返し。
「お前は七貴隊への入隊を希望していないはずだ。なら、この学院に入学する理由はないだろ。学者になるのに学院の卒業認定はいらねえんだから」
だが、想定していたからこそジワードも即座に返答する。
今ジワードが述べた通り、レインが目指している学者は、アークストレア学院の卒業認定を必要としていない。
それならばアークストレア学院に入学する意味はない、レイン・クレストが嘘をついていない限り。
「入学する理由ならある。アークストレア学院にはここでしか読めない書物が大量に保管されている。在学中にいくらでも知識を貯め込むことができる。卒業できなくとも、入学することに意味があるんだ」
これまた予想通りの返答。
ボロを出さない徹底ぶりに賞賛したくなるが、ジワードがレインの核心に迫りたいわけではない。
レイン・クレストである彼が、今何を考えているか知りたいのである。学院に入った理由だって、それの一貫に過ぎない。
「確かに、お前よく読書してるもんな。学者になって研究したいことでもあるのか?」
「そこまで煮詰めてはいないな」
「嘘つけよ、さすがにどういう分野で考えたいとかあるだろ? 読書だって多少は好きな分野に偏ってるんじゃねえのか?」
「そういえばレインさん、歴史が好きなんですよね?」
水面下でジワードの思惑が動いているとは知らず、アリシエールが何気なく会話に参戦する。
純粋にレインについて気になっただけなのだろうが、ジワードからすれば素晴らしいアシストだった。
「いいじゃねえか歴史、分かってないことが多々あるからな。それを解明していくってのはロマンがある話だ」
「別に解明できればいいってわけじゃない。歴史を紐解いて、整理して、今に還元できなきゃ意味がない」
「還元?」
聞き慣れなかった言葉を繰り返すと、レインは真面目な表情で、確かに言った。
「――――世界の平和にだよ」
話を進めていたジワードも、なんとなく会話に耳を傾けていたウルやミレットも呆気に取られる。
唐突なスケールの拡大に言葉が出ず、レインの続きを待つしか他なかった。
「歴史に残る出来事には、大なり小なりほとんど争いが絡んでいる。争わないと、人は成長できないと言わんばかりに。だから俺は、争わずとも人が成長できるのだと歴史の観点から考察していきたいと思ってる。もちろん歴史だけの知識じゃ足りないから他のジャンルも吸収していく。そうして世界の平和に繋がっていけば俺はそれが1番だと思う」
少しずつ会話でレインを追い詰めていこうと考えていたジワードだったが、次第に自分が追い込まれていくように感じていた。
彼が誰であるか関係なく、それが本当であるか関係なく、学者としてやりたい研究の話を聞いてただならない焦りを感じたのが原因だろう。
同世代の人間がここまで考えていて、自分は漠然と七貴隊に入り上を目指していくことしか考えていない。こんなことで、自分は誰もが憧れる立派な人間へとなれるのだろうか。
「話が長くなったな、さすがに帰った方がいい。俺たちも行こう、ずっとここにいたら話しちゃうし」
「そうですね。皆さん今日はありがとうございました、明日からもよろしくお願いします!」
「あっ、うん! よろしくね!」
話を切り上げ去って行くレインとアリシエールに、なんとか返答をするミレット。
何かを掴めれば良いと思っての会話だったが、余計に混乱させられたような気分になった。
特にウルとジワードは、挨拶を忘れてしまうほどである。
「ウルちゃん、ジワード君。今日は帰ろ、また今度考えようよ」
「世界の平和に還元……どっちも言いそう……」
「…………」
自分の声に反応しない2人を見て、ミレットは大きく溜め息をつく。
ジワードは一時期吹っ切れていたはずなのに、別の悩みができたように黙り込んでいる。
相も変わらず自分たち3人の悩みの種であるレイン・クレストに振り回されながらも、それがどこか嬉しく思ってしまうミレットなのであった。