52話 その理由
「レイン君、今日はありがとう。しばらくはよろしくね」
レインたちは帰り支度を済ませ、普段利用しない生徒玄関で別れの挨拶を交わす。
レインとアリシエールとは違い、ウル、ミレット、ジワードは通学生。校門前に止まっている馬車に乗りこれから帰宅しなければならない。
「こちらこそ。どれだけ力になれるか分からないけど」
ミレットの挨拶に当たり障りのない返答するレイン。通学生の見送りをするのは初めてなので少々変な気分だった。
「……」
「コトロスさん?」
馬車を待たせているにも関わらず、隣に並ぶレインとアリシエールを見て難しい顔を浮かべるウル。挨拶をするのかと思いきや何も言わないため、レインもアリシエールも困っていた。
「……ミレット、あたしたちも寮生活できないのかしら?」
ようやく口を噤んだかと思いきや、ウルの言葉に一同目を丸くしてしまう。
その数秒後に、言った本人が一番驚いていたのだからますます周りが困惑した。
「ウルちゃん、どうしてそういう結論に至ったのかな?」
「な、なんとなくよ! 七貴舞踊会も近いんだし、登下校してる時間が無駄じゃない!」
「片道30分でそんなロスはないと思うけど」
「そ、そんなことない! 移動の疲れも溜まるし、寮生活より効率が落ちるのは間違いないでしょ!?」
子供じみた反論が続き、ミレットは大きく溜め息をつく。気持ちは分からなくもないが、それをこの場で言っても仕方ないことだと分かっているだろうに。
ミレットはレインに聞かれないよう、ウルの耳元で優しく囁く。
「レイン君からいろいろ教わりたいのは分かるけど、困らせちゃダメでしょ?」
「なっ!?」
反射的にミレットから距離を取るウル。すぐさま反論をぶつけたいところだったが、顔が熱くなりそれどころではなかった。
相変わらず可愛い反応をするウルをからかいたくなるミレットだったが、放置されているレインとアリシエールに申し訳ないので一旦我慢する。
「ゴメンね、ウルちゃんが変なこと言って」
「そんなことないですよ、寮生活は寮生活で便利なところが多いですからね」
「あっ、うん、そうだね……」
笑顔でアリシエールがフォローを入れてくれたが、どこか見当違いで再度申し訳なく思うミレット。何度も気を遣わせないように早く帰宅した方が良いと判断する。
「とりあえず今日学んだ部分で構成は考えてみるね。自分で一度考えたら七貴舞踊会の資料を見てみたいんだけど、参考にした方が良い人がいれば――――」
「それならロードファリア姉妹を見た方が良い」
ミレット何気なく聞いた質問に、レインは全てを聞き終える前に食い気味に返答した。
「……いや、今のはなしだ。誰かに絞るよりできるだけ多くの人を見た方が良い」
だが、呆けていたミレットを見て、我に返ったように訂正するレイン。
しかしながら、ウルもミレットもこの機を逃すほどお人好しではない。
「待って、どうしてロードファリア姉妹なの? 最初に言ったからには理由はあるでしょ?」
「どうせならそれをなしと言った理由も教えてほしいんだけどな」
ウルやミレットからすれば、レインからロードファリアの名が出るほどの衝撃はない。
この件に関しては長期戦を覚悟していたが、何か進展があるのならばそれはすぐにでも掴みたいのである。
――――――だが、レインの表情にはすでに動揺の色はない。
「ロードファリア姉妹を出したのは代表者である妹と補助役である姉の掛け合いが絶妙だからだ。玄人が見ても平民が見ても楽しめるという点も踏まえれば、3年代表を凌ぐレベルだと思う。だが、あそこまで高水準なのは2人が双子だからだ。呼吸は勿論、得意なバニスも苦手なバニスも一緒、努力してたどり着ける場所ではない。だからそういう意味では参考にならない、他の人の演舞を見た方がいい」
「……そっか、うん。そうだよね」
レインの説明は、第三者の意見として尤もであり、個人的な解釈は一切見られなかった。
こう説明されてしまってはウルもミレットもこれ以上追及はできない。やはり簡単には牙城を崩すことはできなかった。
「ロードファリア姉妹って2年の先輩ですよね、在校生代表のスピーチもなさっていた。レインさんは先輩たちの七貴舞踊会の演舞を見られていたんですか?」
「うん、去年は会場にいたからね。感想だからあくまで俺の主観だけど」
アリシエールとの会話にもおかしいところはない。
先程ロードファリアの名前を出したのはレインのミスだと思ったが、本当にただの感想だったのかもしれない。
「なあ、レイン・クレスト」
少しだけ意気消沈気味のウルとミレットの次は、ジワードがレインへ声をかけてきた。
「どうした?」
「いや、なんというか、前からずっと聞いてみたいと思ってたことなんだけどよ」
そう前置きをしてから、ジワードはレインの目を見据えた。
「お前、どうしてアークストレア学院に入学したんだ?」