51話 新たな技術
「思い浮かばない!」
ギルティアが退出し、ジワードが仲間に加わったその後。
レインとジワードが教壇の前に立ち、アリシエール、ウル、ミレットが前方の椅子に座る形で進めていた。
レインが教える前に各々に七貴舞踊会の構成を考えさせていたのだが、10分経たずしてウルが音を上げてしまう。分かりやすく頭を抱えていたかと思うと、机に突っ伏すように白旗宣言をした。
「お前なぁ、そう言やレイン・クレストが教えてくれると思ってんじゃねえだろな?」
「あんたあたしを何だと思ってるの!? そんなに言うならジワードこそ考えた構成発表しなさいよ!」
「おいミレット、お前はちゃんと考えたのか?」
「あっ、ジワード話題逸らした! あたしに文句言える資格ないじゃない!」
「ジワード君、ウルちゃんの肩を持つわけじゃないけど、今のはちょっとないかなぁ」
「ぐっ……!」
そして少し目を離したら始まる幼馴染同士の言い合い。自分は別に構わないと思うレインだが、この状況が続くとアリシエールが可哀想である。
……当の本人は少し楽しそうにその光景を見つめているので何とも言えないが。
「ゴメンねレイン君、もう少しアドバイスもらえないかな? 考えようにも全然まとまらなくて」
「私もお願いします。レインさんから一言いただければすごく心強いです」
最終的に幼馴染同士の会話はまとまらず、ミレットとアリシエールから助けを求められたレイン。
そう期待されても気のいい言葉をかけられる自信はないが、指導役という立ち位置である以上、自分の考えはぶつけるべきだろう。
「最初に話してたと思うけど、1番大切なのは自分が誰に向けてバニスを披露するか。それが決まったのなら、自己紹介をするつもりで構成するのがいい」
「自己紹介?」
「そう。自分はどんなバニスが使えて、このバニスが得意だからこんなことができて、苦手なバニスでもこんな風に扱える。そういう風に順序立てていけば、自ずと構成は決まっていくと思うよ」
「成る程、すごく分かりやすい!」
「ジワードもこんな風に言ってくれればよかったんだけど?」
「俺が何言っても聞く耳持たないくせに……!」
かなり漠然としたことを言ったつもりだったが、どうやらピンときた人は多いようだ。レインも、最初の助言が少なかったことを反省する。人によって、何が発想のきっかけになるか分からないのだから。
「そうなると、最初のバニスの扱いが難しいですね」
そう言ったのは、手を口元に当て考える仕草をするアリシエールだった。
「ん、どういう意味?」
「私の場合はフィアなんですが、真っ直ぐ放つしかないのかなと思いまして。後からサードスクエアを付与するのはちょっと難しいですし」
「そればっかりは練習するしかないんじゃないかな? 私も得意じゃないけど、最初のバニスが不恰好になるなら工夫した方がいいと思うし」
アリシエールとミレットが話していたのは、1番最初に放たなければいけないバニスについて。
事前にサードスクエアを付与できない1番目については、後からサードスクエアを付与する以外に工夫する術がない。それが容易ではないためアリシエールは悩んでいたのだが、ミレットからは鍛錬するしかないと言われてしまったようだ。
確かに、一般的に考えればその方法しか存在しない。初手に工夫を加えるなら、本番まで努力するしかないだろう。
しかしながら、努力の方向性を変えることはできる。
「そういうことなら、初手のバニスにサードスクエアを付与する方法を教えようか?」
そう言い放ったレイン以外の人間が、分かりやすく目を見開いた。無理もない、彼が何気なく言った内容はアリシエールたちの常識をひっくり返すものなのだから。
「そ、そんなことできるの?」
ウルはどこか遠慮がちにレインへ質問する。戦闘訓練でのアニマの視界の時といい、何もかも知っているレインがウルには時々恐ろしく思えた。
「可能だよ。簡単じゃないけど、サードスクエアを後で付与するよりは楽だね」
「お前、さらっと言ってるけど結構革新的なこと言ってる自覚あるか?」
「まさか、君たちの親なら当然知ってるさ。七貴隊の入隊が決まればその時に教わってるだろうね」
「その言い方だと、実践向けな方法みたいだな」
「というより、別に覚える必要がないだけなんだがな」
そう言いながら、レインは初手のバニスにサードスクエアを付与する方法の説明を始める。
「まずは雑談だけど、運動前の準備体操で間違ってセカンドスクエアを展開した経験ってないか?」
アリシエールとウルはピンときていなかったが、ジワードとミレットは弾むように反応した。
「あるよある! 身体を捻る体操の時に勝手に展開したんだよね!」
「右方向に右手を払うと割と出やすいから、正直困るっちゃ困るんだよな」
「……で、それがどうだって言うのよ?」
話に加われない悔しさからか、少し拗ねたようにレインへ問いかけるウル。「そんなことがあるんですねー」と新鮮な驚きを見せるアリシエールとは大違いである。
「そうなったらエルフィン君はどうする?」
「そりゃもう一回セカンドスクエアをタップして表示を消すだろ。1分はその位置から消えないし、展開したままだと俺の使えるバニスがバレちまうからな」
ジワードの満点回答に、レインは少しだけ嬉しくなった。
「だね、間違えて展開したならもう一度タップして消すのが常識、理由はエルフィン君が言ってくれた通りだ。ここで1つ豆知識なんだけど、セカンドスクエアって左手でタップしても表示が消えるって知ってた?」
「知らなかったけど、それがどうしたって感じかな?」
「へー、そうなんだって感じね」
説明と同時にちょっとした発見を伝えたレインだったが、ミレットもウルも反応は微妙だった。知っていようが知らなかろうが変わらないと思っているのだろう。
だからこそ、レインも説明のしがいがあるというものである。
「――――ここからが本題だ」
レインは皆から少し距離を取り、教室の後方に向けてセカンドスクエアを展開した。
「ここで俺がウィグを選択すると、セカンドスクエアは消え円陣が出現、同時にウィグが放たれることになる。しかし、ウィグを選択してセカンドスクエアが消える前に左手で画面をタップすると、」
そう言いながら素早い動きで実行に移すレイン。
本来なら発動しているはずのウィグは、左手のタップを挟むことで放たれなくなった。
「このように、発動するはずのウィグが発動しなくなる。そして、」
今度は左手を左にスライドさせると、こちらも本来展開されるはずのないサードスクエアが展開された。
「初手を放っていないにも関わらず、サードスクエアを展開できる」
レインは予めイメージした内容を選択しサードスクエアを消すと、再度右手を右方向にスライドする。
それと同時にセカンドスクエアではなく円陣が出現、ウィグが発動すると教室の壁面を沿うように走っていった。
「まあこんな感じ、初手のバニスを強引にキャンセルさせることでセカンドスクエアを付与させる技術だ。バニス選択後、表示が消える前にタップさえすればできるからそんなには難しくはないと思うよ」
レインの一連の動作を息を呑むように見つめていたアリシエールたち。
知識として知っていることもそうだが、滑らかに行える技術も素直にすごいと思えた。七貴隊に入ることになれば教えられるとレインは言っていたが、では何故彼が現段階で知っているのかという疑問も沸いてきてはいる。
だが、それを今ここで追及しても意味はない。少なくともウルやミレットは、レインが自分たちにいろんな考え方や技術を教えてくれる状況に喜びを感じている。聞きたいことは山ほどあるが、余計な口を挟んで彼を怒らせるようなことがあっては元も子もない。
「じゃあこれで一旦構成を考えてみよう。短くてもいいから自分を紹介できるように」
そうして、七貴舞踊会に向けての第1回勉強会は終わりを告げたのである。