47話 代表者
「ダメだ」
一刀両断。レインの代役への立候補はローリエによってばっさり切り捨てられてしまった。
「そうですか。なら仕方ありません」
そしてレインも、立候補は何だったのかと周りを唖然とさせるほどあっさり引いてしまう。
「……ダメだと言われた理由は聞かないのか?」
さすがに後味が悪いと感じたのか、ローリエがフォローに入る。ローリエ自身、こうもあっさり引き下がるとは思わなかったので仕方が無い。
「大丈夫です、理由は分かっていますので」
「分かっているなら改善を前提にもう一度立候補するべきではないのか?」
「意地の悪いことを言いますね、改善できないから大人しく引き下がったのに」
「少なくとも片方は改善できるはずなんだがな」
「できません。申し訳ないです」
周りの生徒たちが置いてきぼりを食らうような会話を続けるレインとローリエ。
レインがダメだと言われた理由は2つ。
1つは技術面、レインの火力で七貴舞踊会の場を盛り上げるのはかなり難しく、代役とはいえ選出するのは不安があるということ。
もう1つは精神面、最初から七貴舞踊会に参加するつもりのないレインを選出するのは他の生徒たちに悪いと感じたからである。
確かに実績として代役が実際に活躍したことはないが、万が一ということも充分あり得る。その時にレインにやる気がないようでは困るし、ローリエもその枠をレインに安心して預けることができないのだ。
「出る気がないのならどうして立候補した? 他に立候補がいないから枠を埋めたなんて殊勝な考えはないだろう?」
「酷い言われようですけど、確かにそれはないですね」
レインが立候補したのは、あくまでアリシエールの補助に入るためだけである。参加者以外が立入禁止になるように鍛錬をされてしまっては補助ができないため、参加者として名乗りを上げた。
はっきり言えば深読みというやつであり、自由にアリシエールのフォローができるのであれば、代役へ立候補する理由は1つもないのである。
だがそれを堂々と言うわけにもいかない。そんなことを言えばAクラスの生徒の怒りに触れてしまうのは目に見えている。だからレインは、特に抵抗することなく立候補を取り下げたわけなのだが……
「はいはーい、私にいい考えがあるんだけど」
ミレットがどこか気の抜けた声を発しながら再度手を挙げていた。
「もし立候補者3人のうち誰か参加できなくなったとしたら、私が選手の代わりになってレイン君が補助役になるってのはどうかな? 補助役なら火力がなくてもできるし名案じゃない?」
ニコニコと提案するミレットを見て、ローリエは大きく溜め息をついてから彼女を見つめた。
「ミレット・メドラエル、その提案はお前の首を絞めかねないというのは理解してるんだろうな?」
「分かってますよ、選手としても補助役としても立ち回らなきゃいけないってことですよね?」
「それがどれだけ大変か分かっているのか? 両方に注力できずに補助役さえ中途半端になればお前が七貴舞踊会を壊滅させるんだぞ?」
「そんなことにはなりません。そうならない自信があるから提案したんですよ?」
心配をするローリエに対して一切退くことなく返答し続けるミレット。まったく苦を感じさせないその笑顔は、確かに無理を言っているようには思えなかった。
そう言われてしまってはローリエも強く反論することはできない。再び視線がレインの方へと移った。
「ミレット・メドラエルはこう言っているが、お前は納得した上で代役になるってことでいいんだな?」
その言葉とともに、いくつもの視線がレインへと突き刺さる。笑みを浮かべていたのはギルティア、グレイ、そしてミレット。
対照的に不安げな表情を浮かべていたのは、言わずもがなアリシエールと、いつもは不機嫌な表情が目立つウルだった。
いくつか質問したいことがあったが、その場の空気がイエスかノーしか求めていないような気がした。Bクラスの自分が出しゃばっているにも関わらず他の候補者が出ない以上、選択肢など存在しないのだろう。
「……はい、それで大丈夫です」
「決まりだ。レイン・クレスト、お前が代役だ」
その決定で、特に場が盛り上がることはなかった。強いて言えば表情を変える者はいたものの、それだけである。
その場の流れ上了承するしかないレインだったが、代役であれば問題ない。先ほどもローリエに確認したが、代役が本番で関わったことは今まで一度もないのだから。自分はアリシエールのアシストに注力すればいい。
「七貴舞踊会のメンバーが決まったため、終礼はこれで終わる。代表者でない者も、本番までは選手たちに協力するよう対応して欲しい。以上だ、代表者以外は解散」
その声掛けと同時に多くの生徒が立ち上がる。Aクラスのメンバーは終礼後、すぐ教室を去る者が多いようだ。
彼らが教室から出る際何度か睨まれたような気がしたが、立候補もしていない人間に難癖付けられる理由もないので気にしないことにした。
「じゃあレイン、後で食堂でな。アリシエールさんは任せたぞ」
「分かってる。ザストこそあんまり気落ちするなよ?」
一瞬言葉を失うザストだったが、すぐにニッコリと表情を改めた。
「あたぼうよ、俺は一生徒でしかないからな、気にしてられねえよ。お前の方がおかしいんだって理解しろよ?」
「はいはい」
ザストとの会話を打ち切り、皆が集まる教卓の方へ向かうレイン。とりあえず、ザストが平常運転で安心した。
ローリエのいる教卓まで行くと、代表者4名と何故かイリーナとグレイが何食わぬ顔で佇んでいた。少し離れた席では、ジワードが頬杖をつきながらこちらを窺っている。
「なんだお前たちは?」
「「見学者だ(よ)」」
「そんなものは認めていない。さっさと散れ」
「えー、先生硬すぎない?」
「だね、生徒が自主的に輪に加わろうとしているんだ。もっと許容してくれてもいいだろうに」
ならその積極性を七貴舞踊会に向けろと思わず言いそうになったが、ローリエはその怒りの解放をなんとか堪えた。
代表者が決まった後でのその発言は、代表者のモチベーション低下の原因になる可能性がある。迂闊なことは言えない。
「貪欲さは認めるが許容はできないな。これ以降は代表者の特権だ、そんなに知りたいなら後で教えてもらえ」
「ちぇっ、横から茶々入れるの楽しそうだったのに」
「自主性の排除とは、教師とはどこへ向かうのが正解なのやら」
不満を垂れ流しながらも、イリーナとグレイは諦めて教室の外へ出て行った。
その光景を見てレインは少しホッとする。どうやら代役に立候補した意味はあったようだ。
「せ、先生? 落ち着いてくださいね?」
好き勝手言う生徒たちに怒りで身体がプルプル震えるローリエだが、ミレットが察してすぐさま声をかける。
あの2人相手にいちいち怒っていても仕方ないのは理解しているはずだが、なかなか気持ちの方がついてこないのが現実である。
「……ふう、それでは始めるか」
心を落ち着かせたローリエが仕切り直す。ジワードが近くに座っているが、それは気にしないようだ。
「改めてになるが、お前たちが七貴舞踊会の代表者だ。そしてアークストレア学院の代表者でもある。その自覚を持って動いてもらうから覚悟しておけ」
「もちろんです」
気を引き締めるように伝えた言葉に対して、迷いなく返答したのはギルティアだけだった。
ローリエの七貴舞踊会への強い思いが伝わったからこそ安易に返答はできないと考えていたウルたちだが、ギルティアは全く気にする様子もなく、余裕の笑みを見せている。
レインからすれば、こちらの応対の方がよっぽど心強く思えた。
「舞踊会についての細かい指導は場所を変えて行おうと思うが、その前にレイン・クレスト」
ローリエから名前を呼ばれ、彼女と目を合わすレイン。この上なく嫌な予感がしたが、気のせいだと思いたかった。
「お前には私と一緒に指導側に回ってもらう。キリキリ働いてもらうからそのつもりでいろ」
そして残念ながら、自分が覚えた嫌な予感が気のせいでないことを知り、レインは大きく息を漏らすしかないのであった。