44.5話 教師として
「おーす、楽しくやってるかい?」
仏頂面で生徒の様子を窺っているローリエに、不快な声が届いてきた。
「……用もないのに話しかけるな」
「いやいや、あんな堂々と心にもないこと言うものだから今どんな気持ちかと思ったわけだよ」
ローリエに睨まれようがまったく気にすることなく、リエリィーは楽しげに話を進める。
「AクラスとBクラスとの交流って、そんなのどうでもいいくせに」
「私の意見は関係ない、そういう名目だからこそ語っただけだ。それに、今日の戦闘訓練もまったく意味がなかったわけではない」
「へえ、ウチに負けたってのにそこまでダメージを負ってるようには見えなかったけど、意外と機嫌がいいんだな」
多少からかい気味に尋ねるリエリィーの言葉を、ローリエは否定しなかった。
「イリーナ・ドルファリエのチームは決して弱くはない。リーダーのあいつが本来の戦い方で挑めなかったことを差し引いても、その他2チームに引けを取っているとは思えない。そんなあいつらに勝利を収めたチームがBクラスにいるというのは思わぬ収穫だ。喜ぶことはあっても怒ることはない」
「そうかそうか、それが本音なら確かに喜ばしいことだ」
「だがリエリィー、お前には聞いておかねばいかないことがある」
どこか弾むように語っていたローリエの声が、ワントーン低くなった。リエリィーを強く睨み付けている。
「アリシエール・ストフォードのバニスの火力、知っていてわざと伏せていたな?」
「言いがかりじゃないか? 管理しているのはゴルタ先生だぞ?」
「他クラスの情報はそのクラスの担任以外からは開示してはいけない規則だ。あの人がお前に嘘の情報を伝えるはずがない。そうなれば隠蔽していたのはお前ということになる」
「ゴルタ先生を信頼して俺は信頼しないってひどい話だな」
「日頃の行いを省みれば必然だと思うが?」
そりゃそうだと軽く笑うと、リエリィーは改めて真っ直ぐローリエを見やった。
「伏せたのはただ単に面白いと思ったからだ。こういう機会があったとき、必ず驚かせられるからな」
「お前の行動理念はいついかなる時も変わらないんだな」
「当然。そういう意味では荒削りのBクラスを見てる方がずっと楽しいね」
リエリィーの話を聞きながら、ローリエは今日の戦闘訓練を思い返す。
最初に攻撃を放ったテータや最後の最後に不意をついたソアラは、Bクラスの成績上位ということもあり、それなりの火力を秘めていた。もう一つ抜ける要素があれば、Aクラスへ行くことは不可能ではないだろう。
ザストに関してはAクラスにいてもおかしくない火力のバニスを放っていた。彼の事情がなければ、本来Bクラスにいる器ではない。
そしてアリシエール。どうしてBクラスの最下位にいたのか分からないほどの逸材。リエリィーの狙い通りで癪ではあるが、Aクラスでもトップクラスの火力にただただ驚かされた。彼女に関しては、自分が特別何かをしなくともAクラスへ上がってくることだろう。
リエリィーの思いつきから始まった戦闘訓練だったが決して無駄ではなかった。彼らがAクラスへ上がってきたとき、管理するのは自分なのだから。
「まっ、アリシエールの件を知ってた俺からすれば面白かったのはレインだけだけどな。グレイとジワードのコンビプレイもちょっとよかったけどさ」
だがリエリィーは、火力の観点などまるで頭から抜けたようにレイン・クレストを評価した。
「アニマの使い方なんてちょっとした発明だしな、その視界から攻撃するって発想もなかなか。そういやよくプレストラップの移動を許したな?」
「初期位置で釘を刺したのは私だからな。相手のプレストラップの位置を動かしたのならともかく、自分のチームのものであれば許容範囲だ」
「普通思い付かねえよなそんなこと。やっぱりあいつは表舞台に立つべきなんだよな」
「何故全てレイン・クレストの功績のように語る? 他のメンバーの意見かも知れないだろう」
「ザストが言ってたからな、戦闘訓練の作戦から細かい対応に関してほぼ全てレインが指示してたって」
「……だとしても所詮一発屋だ。意表を突けるのは最初の一発だけ、とてもこの学院で生き残れるとは思わないが」
「はあ、これだから実戦経験のない馬鹿は困る」
子どものような駄々を述べるローリエにどこか失望したように溜め息を漏らすリエリィー。
馬鹿と呼ばれたことに反論しようとしたローリエだったが、リエリィーに強く睨まれ言葉を失う。
「実践で負けた奴に、やり返す機会があると思ってんのかお前は?」
「っ!」
「どんな手を使おうが勝った奴が偉い。負けて死んだ奴にやり返す機会なんてねえんだよ」
そこまで言うと、リエリィーは振り返って後頭部で腕を組む。
「まっ、ここは学院だからお前の言うことが正しいんだけどな。レインの技術や考えは警戒され通用しなくなる。――――だから俺は楽しいのさ、あいつを戦わせたら次は何をやってくれるんだろうなって」
ローリエは何も答えなかった。どこまでも自分のことしか考えないこの男がやはり嫌いであると実感した。
「七貴舞踊会の件、よろしく頼むぜ。一応3人は参加資格があるんだから」
「……そこを目標にしてそうな奴はいなかったように思うが」
「いるよ、必ず立候補する。だから他に適任がいないならしっかりフォローしてくれよな」
全てが分かったような物言いで、リエリィーはその場を後にする。
そんなことリエリィーから言われなくとも七貴舞踊会を粗末に扱うつもりはない。彼の言葉がどうあれ、最善を尽くすのは当たり前のことなのだから。
「本番はここからだ」
戦闘訓練など前座。時間を食ったが、これからは七貴舞踊会に全てを注ぐ。
そう覚悟を決めながら、今は生徒たちの様子をしっかり見守るローリエなのであった。
週1の更新になります。土日どちらかの午前中に更新予定です。