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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
2章 七貴舞踊会のフィナーレ
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43話 広がる世界

「ふう」


ローリエのアナウンスを聞いたレインは、緊張していた身体を緩め、大きく天に向けて息を吐いた。


今頃になってザストから食らったウィグの痛みが走り出すが、戦闘訓練が終わった以上問題はない。今は少し、この心地よい余韻に浸っていたい。


ジワードの模擬戦よろしく綱渡りの勝利である。少しでもこちらの思惑から逸れていたら、負けていてもおかしくはなかった。なんとか上手くやり遂げたのも、本番に強いチームメンバー2人のおかげであろう。


「おっレイン、ここにいたか!」


しばらくその場で佇んでいると、声も表情も明るさに満ちたザストが姿を現した。


「アリシエールさん、上手くやったんだな」


「うん。そういうザストは10ポイント取られたな?」


「そりゃあの場で2人相手に粘れって言われてもキツいからね、ミレットさんにはポイント上げてウルさんから阻止することにしたんだよ」


「それ、俺とアリシエールが両方ドルファリエさんにポイント取られてたら勝てなかったぞ?」


()()()()()()()って言ってたからな、誰かさんが」


誰よりも勝ちたいと願っていたはずのザストから笑顔でそんな言葉が飛び出し、レインは目を丸くする。


そして、釣られるようにそっと微笑んだ。


「……成る程、それでリラックスできたなら誰かさんのおかげだな」


「あはは、その通りだ」


そう言って、強くハイタッチを交わすレインとザスト。改めて、自分たちが勝利したのだと感じる瞬間だった。


「あっ、いた!」


ザストを追いかけてきたのか、次はウルとミレットがレインたちの元へ足を運ぶ。


ミレットはともかく、ウルは見るからに不機嫌な様子。彼女たちからすればいつのまにかポイントを奪われたようなものだ、気持ちは分からなくもない。


「なんで、なんであたしたちが負けてるの!? あんたたちの作戦は読み切ったのよ、それなのになんでっ!」


「正直あれを防がれた時は感服したよ、まさか読まれるとは思わなかったからね」


「べ、別に、たまたまの偶然だから、読み切ったっていうのは言い過ぎだけど」


素直に賞賛したつもりだったが、髪を弄りながら否定的な言葉を並べるウル。


視線は合わせないし顔も怒鳴っていた時よりも赤い。負けた相手に褒められるというのは気分が良くないのかもしれない。


「何この可愛い生き物……」


ザストが小声で何か言ったような気がしたが、聞こえなかったので無視することにした。


「感服したってことは予想外だったってことだよね? それなら私たちはレイン君たちの切り札を奪えたって認識なんだけど」


話が進まないと思ったのか、ウルの代わりにミレットが補足する。


切り札を奪われた、その言い方は半分正解で半分不正解だった。


「確かに俺たちの切り札ではあったけど、それだけが切り札だと思うのは早計だよ」


「えっ……」


「よかった、みんな集まってたんだねぇ」


レインとミレットの会話を遮るように、イリーナとアリシエールが合流した。戦闘訓練3戦目の参加者が全員集合する。


「ゴメンね2人とも。リナ、アリシエールの攻撃当たっちゃった」


「当たっちゃったって、2回目があったってこと? でもあんたが躱せないなんてことが」


「残念だけど、こうされたらリナにも厳しいかな」


そう言うと、イリーナはアリシエールが使用したプレストラップの位置に移動する。


そして、そのプレストラップをゆっくり剥がした。


「なっ!?」


ウルやミレットが驚くのも無理はない。


プレストラップの裏に、もう1枚プレストラップがあったのだから。


「反則……だよねこれ?」


ミレットがレインの様子を窺いながらそう告げる。


戦闘訓練前、レイン自身が確認したことである。プレストラップの初期位置を重ねることは禁止であると。


だが、ザストチームの誰1人として悪びれる様子はない。


それは言うまでもなく、悪びれる理由がないからである。


「ミレット、こっちに来てみ?」


イリーナは楽しげに手招きすると、『5』の中心部から『4』の方へと向かう。


首を傾げながらイリーナへ着いていくと、そこは『4、7』を結ぶ通路。戦闘訓練中はアリシエールだけが行き来していた場所。


そこに来て、ミレットの疑問は完全に解消された。


「プレストラップが、ない?」


柱の1面に2ヶ所設置されているはずのプレストラップが、1つなくなっていたのである。


そこから考えられる結論はただ1つ。


「初期位置を重ねることは禁止されていたけど、戦闘訓練開始後に重ねるのは禁止されてないからね」


ミレットはようやく、アリシエールがずっと姿を現さなかった理由を理解する。


誰にもバレないようにプレストラップを移動するためにずっと1人で潜んでいたのである。


それも重ねた場所が皆の頭にこびりついているレインが開始早々プレストラップを放った位置である。この場所からもう一度プレストラップが発動するとは誰も思わないだろう。


「どんだけリスキーなことしてるの、それも誰かがいそうな中心部でプレストラップの上貼りをするなんて。誰かに見つかってたらどうするつもりだったわけ?」


「どうするつもりって、俺たちの攻撃を読んだってことはアニマにも気付いてたんじゃないのか?」


「……まさか、あの場にいないのをアニマで確認してから移動してたの?」


「むしろそれが本筋だよ、アニマからの遠距離攻撃はできない可能性もあったからね」


レインたちがローリエに頼み込んで行った実験は、アニマからプレストラップを見ても発動できるかどうかというものだった。成功したので切り札として使用したまでである。


「というかそれ! あんたがアニマを使って、あなたが視界を得ていたのよね?」


ウルから強い視線が飛んで来て、レインとアリシエールは順番に頷いた。


アリシエールは左目だけアニマと視界を共有し、状況を確認しながら右目で移動していた。


鍛錬中はその状況に酔うこともしばしばあったが、戦闘訓練までになんとか慣れることができた。


「そんなこと今まで聞いたことない、他人のバニスにサードスクエアで干渉するなんて」


「それはそうだろ。俺たちだってやってみたらできたってだけで知ってたわけじゃない」


レインの言葉にイリーナ含めたAクラス陣が呆気に取られてしまう。


やってみたらできたとは、無から発見したということに他ならない。それを平然と言ってのけたレインに、ウルは少しばかり恐怖を覚えた。


「プレストラップが実戦で活用されれば誰かが発見したことだ、実験で使用した俺たちが先に気付いたって別におかしくないよ」


「いや、チームの俺が言うのもアレだけど、レインは気付きすぎだわな。一緒にいすぎて感覚がおかしくなってたけど」


「そうか? こんな風にやれたらって思うことを疑問のままにできない性分なだけだよ」


レインたちの会話を聞きながら、ウルはゆっくりと自分たちが敗北したことを受け入れ始める。


視界の共有やアニマからの遠距離攻撃。既存の知識だけでは決して思い付かない戦術。


セカンドスクエアの火力が優れていても、決して勝てない領域が存在するのだと。それをこの戦闘訓練で教えられた。


「レイン・クレスト」


「ん?」


「あたしもアニマの視界を共有してみたいんだけど、いい?」


何か覚悟を決めたようなウルの表情を見て、レインは断る気にならなかった。「いいよ」と応え、セカンドスクエアを展開、アニマを選択した。


円陣からプリーバードが出現すると、その可愛らしい見た目にウルは見とれてしまう。


レインはプリーバードを一度自分の右腕に乗せると、その腕をウルの方へ近づけた。


「まず適当にセカンドスクエアを使ってくれ。サードスクエアを使う準備が整ったら、プリーバードの喉あたりを触れてほしい。どこでもいいんだけど、喉の方が成功率が高い気がするから」


「分かった」


ウルは後方に向けてウィグを放ってから、プリーバードの喉元に右手で触れる。そして自分の視界がこの鳥の目から開けるようにイメージし、サードスクエアを展開した。


「……嘘」


思わず驚嘆の声を漏らすウル。プリーバードを見ていたはずの自分の目から、自分自身が映っている。


そして急に高度が上がり、戦闘訓練のフィールド全体が視界に飛び込んでくる。レインがプリーバードを飛翔させたのであろう。


「俺たちは今、当たり前のものだけを使って生活している。セカンドスクエアにしたってそうだ。それだけが自分たちの選択肢だって思い込んでいる。でも、それだと世界は停滞したままで何も変わらない。だから学者たちは何事にも疑問をもってかかり、その答えを求めようとする。学者は護衛に比べれば前に立たない者として軽視されがちだが、俺はそうは思わない。こういった発見を続け世を発展させていく人たちが、不要なわけがないからな」


飛びゆくプリーバードの視界を堪能し続けると、1分が経過しプリーバードが消失、ウルの視界は元に戻った。


レインたちと話す前に抱いていた怒りや不満は抜け落ち、晴れ晴れとした気持ちになっているウル。この見事な発見と実際の経験を知り、認めないわけにはいかない。


「そうね、あたしたちの負けよ」


納得した表情でウルはレインたちにそう告げるのであった。


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