40話 技術と身体
「チッ」
「相変わらず魅せてくれるねレインは」
戦闘訓練3戦目を2階から見ていたグレイは、分かりやすく感嘆の声を漏らした。
「確かに。今回の戦闘訓練、いかにプレストラップのバニスにサードスクエアを付加させるかがポイントになっていたはずだ」
「プレストラップを使ってねえチームが高説垂れてんじゃねえよ」
素知らぬ顔で解説を始めるギルティアに思わず愚痴を飛ばしてしまうジワードだったが、本人は気にする様子もなく続けていく。
「だが今回、柱の間隔が狭すぎるせいで、柱のプレストラップをサードスクエアで曲げるというのは極めて困難というのが共通認識であったはず。動いているバニスにサードスクエアを付加させるだけでも難しいのに、時間もないとなれば成功率は格段に低くなってしまう」
「でも――――レインはあっさり成功させた」
レインに注目をしていたグレイは、セカンドスクエアから流れるようにサードスクエアを扱う姿を自分の目でしっかり捉えていた。
迷いのない早すぎる動きと2段階曲げて目的地へ飛ばす柔軟なイメージ。これを驚異を呼ばずして何を驚異と呼べばいいのか。
「火力以外の全てをやってきたんだな、彼は」
「火力がなかったからこそ、あの技術が芽生えたとも取れるけどね」
「グダグダくっちゃべってる場合じゃねえぞ」
フィールドから目を逸らさずに、再度グレイとギルティアの間に割って入るジワード。
その額からは、一筋の汗が垂れていた。
「早速あの野郎が仕掛けてやがる、看破できないんじゃあいつら負けちまうぞ」
―*―
レインの先制攻撃を紙一重で回避したウルとミレットは、いつでも迎撃できるよう少し身を屈めてレインとザストと睨み合う。
アリシエールがいないことが少々気がかりではあるが、彼女に気を取られて隙を突かれるような真似だけは避けなければならない。
自分たちにバニスを当てるにはその姿を現す必要がある。レインのような離れ業があり得ない以上、警戒するのはそれからで問題ない。
今は目の前の相手が第一優先である。
本来身体能力的に有利なレインたちがウルたちに接近しそうなものだが、レインもジワードも距離を取るように後ろに数歩下がっただけで、何かをする仕草は見られない。
とはいえウルたちからも迂闊に近付けないため、両サイドからのアリシエールの攻撃を警戒しつつ、均衡状態を保つしかないように思われた。
――――それをあっさり崩したのは、イリーナ・ドルファリエだった。
狡猾にも、レインたちがウルたちに気を取られているうちに、『8』の壁面のプレストラップを発動した。
「ザスト!」
「うおっ、いきなりか!」
それをいち早く察知したレインがザストに声を掛け、左右に柱に張り付くように回避する。
「ってイリーナ、これあたしたちにも当たるじゃない!」
「距離あるから大丈夫だよ、ぐちぐち言わない」
そしてイリーナは、セカンドスクエアの操作を終えると同時に柱沿いからレインたちへ接近していく。
回避優先で柱に張り付いていた2人は、イリーナの接近に虚を突かれてしまう。まさか自分の発動したバニスに向かって駆けてくるとは想像の範囲外だ。
数秒後に後方のプレストラップからバニスが発動、ギルティアやジワードにも劣らない炎の陣フィアが、『2、5、8』の通りを突き抜けていく。
いくら強力なフィアとはいえ、レインやザストのいる範囲には届かなかったが、そのせいでイリーナの接近を許してしまう。
「まったく、キミのせいでリナは恥を搔くところだったよ」
そう言いながらイリーナが向かう先にはレインがいた。
先ほどの攻撃で自分の裏をかかれたのが悔しかったようだ。
しかしながらイリーナは、当たり前のように防御したウルやミレットに感謝しているわけではない。
あれがレインの技術の集大成であったからよかったものの、もしただの直接攻撃で、防御のタイミングを見計らってその直線上にレインたちが現れたらどうするつもりだったのか。
それが向こうの作戦であったら、相手に直接攻撃をしたとしてポイントを削られていた可能性もあったのである。
だからこそイリーナは、結果論だけで自分が浅はかと認定されるのが我慢できなかった。
「ザスト!」
「分かってるって!」
柱にくっつきながらも右手でセカンドスクエアを操作するザスト。
それが終わった瞬間、レインとレインに迫るイリーナの間のプレストラップが輝き始める。
ゼロ距離バニス、ほぼ柱沿いにいるイリーナでは躱すことはできないとレインもザストも高を括る。
「ケーキのように甘い2人だね!」
しかしながら、イリーナは今にもバニスを放たんとする壁面に向けて跳躍すると、壁を強く蹴り上げ高く飛翔した。
「はっ!?」
直後放たれたザストのバニス――サンガは、相手に衝突することなく逆面の壁に激突する。
彼女の運動神経が優れているであろうことは剣術を習っている背景もあって想定していたが、この変則的な動きと跳躍力は頭に入っていない。
こんな原始的な回避方法があってたまるかと叫びたくなるほどに、イリーナは宙を舞っていた。
それを見たレインは、イリーナから距離を取るべく『9』の方向へと走り出す。
男の悲しい性により上方に視線を奪われていたザストだったが、動き出すレインを見て慌ててその後を追った。
「逃がさないってば2人とも」
軽やかに着地を果たすと、イリーナはそのままレインたちの後を追った。
「イリーナ待ちなさい! 誘い込まれてるかも!」
「聞いちゃいないね、私たちも追いかけよう!」
固まって行動すると決めていたはずなのに、独断専行をするイリーナに憤りを感じるウル。しかしイリーナの性格を考えるなら声をかけるだけ無駄なのだろう、ミレットはすぐさまイリーナの後を追いかける。
相手とプレストラップが同時に見えてなければ先に動くイリーナの援護をすることもできない、彼女を追いかけるのは必至だった。
「どうしたのウルちゃん!? 早く行かなきゃ!」
「そ、そうね!」
少し考え事を巡らせていたウルだったが、ミレットの声掛けでイリーナの後を追いかけることにした。
一瞬、レインたちが『9』の方へ移動するなら、直接イリーナを追いかけるのではなく『6』に移動して挟み撃ちを仕掛けた方がいいとウルは考えたが、それを読まれて『8』の方へ切り替えされることを考えると、踏み切ることができなかった。
何より長時間イリーナを1人にしておく方がまずいとウルもミレットも判断している。個人戦ならともかく3人相手がいる戦闘訓練においては、運動神経に秀でるイリーナであっても対応出来ない可能性は充分にある。
特に今回の相手に関して言えば、逃げの行動さえも作戦のように見えて恐ろしい。
だからこそウルとミレットは、急いでレインたちの後を追いかけるのであった。
―*―
『7』の柱沿いに身を潜めていた彼女は、同フロア待機の減点を取られないよう、『4』の方へと歩みを進めていた。
プレストラップの発動音が耳に入るが、気にしない。自分の役割はそんなことではない。
慌てることなく状況を見定めること約1分、ようやくその時が訪れた。
「……行きます!」
わずかな緊張を胸に抱えながらも、ようやくの出番に彼女は急いで動き出すのであった。