39話 先制攻撃
一度目のプレストラップの配置を提出してから、レインたちはBクラスの控え室で待機をしていた。
「なあレイン、本当に大丈夫かよ? 何かの間違いで通ってしまう可能性だって」
「心配しなくてもあり得ないよ、向こうだって本気で勝ちたがってるんだから。それに通ったところで大事な2ヶ所は抑えてある、やることは変わらないさ」
妙にそわそわして落ち着かないザストを宥めながら、レインはローリエが『再提出』を言い渡しに来るのを待っていた。
レインは、最初に提出したプレストラップの配置のうち、4ヶ所をバニスが通りやすい壁面で指定している。
ソアラも使用したであろう戦法だが、確実に再考を命じられる配置を提出することで、Aクラスに深読みをさせる作戦である。
特に今回の相手はレインを無駄に警戒する人間が多いため、やって困るということはない。壁限定にはなるが、Aクラスのプレストラップの位置を把握できることを考えれば充分得になることであろう。
「しかし相手が全員女の子とはね、正直まったく想定していなかったよ」
話の内容に困ったのか、ザストは雑談でもするかのように話を切り替える。
「別におかしくはないだろう、コアルディさんのチームだって皆女子だったぞ?」
「いや、俺がそれ知ったの今日だし」
「俺もそうだぞ」
「「…………」」
「しょ、しょうがないですよ! コアルディさんも人に話すようなタイプじゃないですし!」
あまりの交友関係の狭さに打ちひしがれそうになった二人だが、必死にフォローに入るアリシエールのおかげでなんとか堪えることができた。戦闘訓練前に思わぬダメージを負うところであった。
「まあやりにくさもあるけどポジティブに考えるべきだよな、身体能力的には負けないわけだし」
「そうですよね! 私も運動は得意ではないですが、同性相手なら――――」
「二人とも、その認識は改めた方が良い」
場を盛り上げようとした二人の言葉を容赦なく遮断するレイン。
「さっきの戦いでも見ただろうけど、ちょっとの距離ならあっさりグラドで詰めることができる。彼女たちが使えば身体能力の差なんて関係ない。それに――――」
レインは一度深呼吸を挟むと、二人を見据えてはっきり言った。
「ドルファリエさんに関して言えば、俺やザストより身体能力は高いはずだ」
―*―
その後控え室を出たのは15分後、案の定再提出を命じられたザストチームは、3回目にてようやくプレストラップの位置が被らずに済んだようだ。
プレストラップの配置が終わり、両チームともフィールドへと足を踏み入れる。
入り口から中に入ると、フィールドにそびえ立つ柱の高さに少なからず圧倒された。普通に視線を真っ直ぐ向けていれば、柱の最高部が見えない程度には高くなっている。
そしてプレストラップ。大きな柱を三等分するかのように均等に配置されている。使用前と使用後で見た目が変わらないため、相手がどのプレストラップを使ったかは明確に覚える必要がある。
グレイのグラドも完璧に処理されており準備は万端、後は両チームが初期位置を決めれば戦闘訓練は開始される。
「では、私はこちらで」
「うん、くれぐれも慎重にね?」
目を細めて微笑むと、アリシエールは『4』と『7』の交差する辺りで待機する。このタイミングで笑顔が出る辺り、思った以上に図太い性格なのかもしれない。
「やべえ、今更緊張してきたぁ!」
逆に『8』の柱沿いにレインと一緒に待機しているザストは、大袈裟なジェスチャーをしながら声を上げる。
「よくよく考えたら俺、鍛錬以外で人にバニスを当てようとしたり当てられそうになったりするの初めてなんだよな。鍛錬とは感覚が違うわけだし、今回は3人も気絶者が出てる。緊張するなって言う方が無理あるよな」
ボソボソと独り言のように呟くザストを見て、レインはことの重大さを理解する。このテンションのまま戦闘訓練が始まれば、作戦に支障をきたしかねない。
「誰だって実践経験なんてないさ、度合いは違えど皆緊張はするものだよ」
「なら俺の緊張度合いは最大級だろうな。はあ、気絶する程のバニスって何だよ、絶対痛いじゃねえか」
「まあ慣れればなんとかなるだろ、気絶なんか」
特に意識なく放たれたレインの言葉に、ザストは大きく目をパチクリさせた。
一瞬時が止まったかと思うと、
「あはははは!!」
――――フィールド全体に響くような大声でザストは笑った。
「気絶に慣れるってどういうことだよ、すげえ面白い奴じゃねえか」
「おいザスト、ボリューム落とせ。場所がバレるだろ」
「いいだろ別に、初期位置は元々ここなんだから」
そう言いながら、1戦目のギルティアのように柱から通りに移動するザスト。その表情からは既に、怯えや緊張は消えていた。
「言っとくけど俺は、気絶なんかに慣れる予定はねえぞ」
楽しそうに親指を立てるザストを見て、大きく溜息をつくレイン。ザストの隣に歩み寄って、堂々と『2、5、8』の通りに2人で佇む。
『2チームとも、初期位置に問題がなければ全員手を挙げろ。問題なければ、3カウント後戦闘訓練を開始する』
お馴染みのローリエのアナウンスが為されるが、当然レインとザストは動かない。ここまで堂々としているのに視線を感じない点を考慮すると、イリーナたちは『6』付近に待機しているのであろう。
ならば好都合である。
「レイン、準備はできてるんだろうな?」
「もちろん、とっくに手を挙げてるし」
「さすが強心臓、いろいろ難しいこと任せたぜ」
「それはこっちのセリフだけどな」
『それでは開始の合図を始める』
ザストが手を挙げたことで、ローリエの声が再度響き渡る。
これより先、一切の油断も許されない。
それを許す相手ではないことを、3人は十分に理解している。
『3、2、1』
下りていく数字を耳に入れながら、全身がゆっくりと冷えていくのを感じるレイン。
その眼から容赦という言葉が消え去ったことに、隣のザストでさえ気付くことはなかった。
そして――――
『0!!』
負けられない戦いが、今始まった。
―*―
スタートのアナウンスと同時に、『6』の柱に隠れていたイリーナチーム3人が姿を現した。『4、5、6』の直線上にレインたちがいないことを理解し、にじり寄るように『5』の中央部へと進む。
バラバラに動いて一対一で戦うと提案したイリーナを、ウルとミレットで反対した。Bクラス相手といえど、今回の相手だけはそれはマズイと警鐘を鳴らしていたからだ。
あくまで慎重に、どんな攻撃がきても対応できるように3人で行動する。イリーナは納得いっていなかったが、それがAクラスの方針だった。
――――その瞬間だった。
敵意を持った風が、『8』の方向から角度を変えてイリーナたちのいる『6』の方向へ向かってきた。
イリーナは冷静に分析した上で、この風――ウィグに当たるべきだと判断した。
戦闘訓練開始直後の出来事、最速の基本五称であるサンガでもない限り、壁面のプレストラップから放ってもこのタイミングでは決して間に合わない。
つまりこれは直接攻撃によるウィグ、当たれば相手から15ポイントも奪うことができる。
その上、放った理由がイリーナの想像通りなら、守りに入るのは危険が伴う。この程度のウィグならダメージもほとんど負わないからと衝突を覚悟していたイリーナだったが――――
――――それと同時に、左右のクラスメートが急ぎセカンドスクエアを展開した。
イリーナとは真逆の発想、これに当たれば30ポイントを失う。その危険性を真っ先に考慮して、ウルとミレットはそれぞれバニスを放った。
ウルから放たれたウィグ、ミレットから放たれたオルテ。過剰防衛とも言える2種のバニスによって迫り来るウィグを呆気なく吹き飛ばした2人。
そしてその事実を確認するように『5』の中央部まで駆け出し『8』の方向を見ると、案の定右手側手前のプレストラップが淡く輝き、光を失っていった。
「どうだレイン?」
「防がれたかな、あのウィグとオルテを見る限りは」
「マジか、お前の技術で騙せたかと思ったんだけどな」
そしてそこには、Bクラスのリーダーであるザスト・カスティールとAクラスから90ポイントをもぎ取ろうとしたレイン・クレストの姿があった。
ウルは、にやけてしまいそうになる口元を引き締め、再度レインたちへと視線を合わせる。
ミレットは、隠そうともせず楽しげに笑みを浮かべていた。
――――やっぱりこの人が――――
二人同時に過ぎった思考を一旦奥底に沈め、飄々と佇むレインたちと向き合うウルとミレット。
対戦訓練はまだ、始まったばかりである。