38話 エール
戦闘訓練二戦目が終わり、レインはぼんやりとフィールドを見つめていた。
グレイのグラドによって場が荒らされており、整備に少し時間がかかるようだ。
撤去されていくグラドを見ながら、グレイ・ミラエルという人間がいかに恐ろしいかを改めて理解する。
グラドは他の基本五称と違い固形として存在するため、グレイが示したように自身の移動に使用できるなど、汎用性は基本五称の中でも随一である。
しかしその欠点は、円陣が出現してからの発動が遅いこと。相手の不意を突けるならば問題はないが、正面から撃ち合えば確実に後手となるのがグラドの悪い点である。
だが、グレイが使用するグラドは他者の基本五称と遜色のない速度で発動していた。でなければ、ほぼ後出しで放ったグラドでウィグを躱すなど到底無理である。
グラドの唯一の弱点が当てはまらないグレイが、自分の強さを誇示するのは当然とも言えるだろう。この驚異的とも言える発動速度が他の基本五称でも適応されることを考えると、とてもじゃないがまっとうな戦いなどできやしないだろう。
負けるつもりはないレインも、はっきり戦いたくない相手だと認識するのであった。
「レイン、この後どうする? フィールド整備に時間かかるからしばらく時間があるっぽいけど」
グレイについて一整理終えたタイミングでザストに声を掛けられる。
Aクラスのメンバーはどうやら先に1階へ下りたようだ。
「作戦も決まっていますし実験も成功しました。焦って何かをする必要はないと思いますが」
「だね、ミレットさんたち先に下りたんだし、俺たちは上で待機してるか?」
対戦訓練前だというのに落ち着いている二人を見て、一先ず安堵するレイン。グレイたちの対戦を引きずっているのはどうやら自分だけのようだ。
「二人がいいなら一階に下りよう。コアルディさんたちの容態も気になるし」
「そうだ! 三人とも大丈夫なのか確認しなくちゃ!」
レインたちはまず、気絶してしまった三人のクラスメートの様子を伺うことにした。
―*―
1階に下りると、フィールドへの入り口とは逆側に、生徒の控え室として使われているであろう扉が二つと、医務室と書かれた扉を見つけた。
すぐさま医務室へと向かうと、そこにはBクラスの生徒が集結していた。
「レイン君たちか」
真っ先に声をかけてきたテータだが、表情にはまるで元気がない。ギルティアの大胆なやり方の被害に遭ったと考えれば、当然なのかも知れない。
「皆の容態は?」
「シャルア先生がすぐに対応してくれたこともあって、問題はまったくないそうだ。頭を打ち付けたから目が覚めるには少し時間がかかるかもしれないけど」
「そうか」
テータの言葉を聞いて、分かりやすく頷くザスト。ベッドで寝かせられている光景だけを見て不安を募らせていたが、杞憂のようだ。
「心配しすぎよ貴方たち、友達の心配なんてしてないで早く戻りなさい。他の対戦訓練を見るのも立派な授業なんだからね」
医務室に人が集まりすぎたせいか、シャルアがシッシと手を払う仕草を見せる。
「でも、せめて目を覚ますまでは」
「それが心配しすぎだって言うの。確かに気絶はやり過ぎだけど、後遺症が残らないようにするために私がいる。それにこういう授業は今後だってあるのに、いちいち気にしてたら学院になんていられないわよ?」
尤もなことだとレインは思った。セカンドスクエアを学ぶ学院にきている以上、対戦形式の訓練を行えば無傷で終わる保証などどこにもない。誰かが怪我を負う度に心を痛めていたら、七貴隊に進めたとしても戦力として数えられることはないだろう。
人を思いやることは大切だが、今はその時ではないのである。
「分かったならさっさと医務室から出る。次は負けないように、Aクラスから盗めるものは全て盗んでやりなさい」
言い方こそ厳しかったが、シャルアなりのエールだとレインは思う。
これから3年間、Aクラスの人間と争う機会なんていくらでもある。
負ける度に俯いて立ち止まっているようでは、Aクラスとの差が詰まるはずもない。
どれだけ辛く打ちのめされていようとも、勝つためには前を向くしかないのだから。
―*―
「ザスト君」
医務室から出ると、小さな声でテータがザストを呼んだ。
俯きながら身を震わせるテータを見て、首だけでなく身体をテータへ向けたザスト。
言われることは、なんとなく察することはできていた。
「僕たちは負けた。各上相手であることは分かっていたけど、実際戦えばなんとかなるんじゃないかって思ってた。でも――――全然ダメだった」
泣きそうな声で放たれるテータの思い。どれだけ戦闘訓練に賭けてきたのかが分かる、悲痛の叫びだった。
「こんなことを言えば重荷になるのは分かってるけど、言わせて欲しい。僕らの無念を晴らしてくれ、戦闘訓練なんて意味がなかったって思われないように。Bクラスだって負けてないって、Aクラスに思わせるために。そのために僕は、精一杯応援するよ」
ザストたちを励ますように、最後には繕った笑みを見せるテータ。見ていて辛いものがあったが、テータの気持ちは3人ともしっかり受け取った。
「――――あんたね、そんな悲観的だと楽しめないでしょ」
――テータを叱るようにそう言ったのは、先ほどまで医務室のベッドで寝ていたはずのソアラだった。
腹部を押えながら医務室の扉からゆっくり出てくるところを見る限り、本調子ではないのだろう。急いで同じチームの女性陣がソアラに駆け寄っていく。
「ソアラさん、体調は――」
「いいわけないけど、あたしもクレストたちに言ってやりたいことがあったからね」
そう言って、ソアラはレインたちの方を見てニヤリと笑った。
「――――あたしは30ポイント奪ってやったぞ?」
いたずらをする子どものような無邪気さを内包する笑顔に、レインたちの周りの空気が穏やかになる。
起きて早々、シャルアにその事実を確認したのだろう。
彼女が言いたいことはたった一つ。
「まずはあたしたちに勝ってもらわないとね、Aクラスに勝つって言うなら。Aクラスに勝とうが10ポイントしか取れないんじゃあたしたちの勝ちだから」
それで満足したのか、ソアラは他のチームメンバーと一緒に医務室へと戻っていった。
静まりかえった廊下で、最初に笑い出したのはザスト。
「いやあ、ソアラさんってあんな感じだったのか。普段冷めてる印象だったけど負けず嫌いなんだな」
そう言いながら、ザストは楽しげにレインの肩を叩く。
「大丈夫かレイン、俺たちソアラさんたちに勝つための作戦なんて立ててないぞ?」
両手で困ったようなジェスチャーをすると、アリシエールが控えめに笑みを浮かべた。テータもどこか楽しげな表情を浮かべる。
テータとはまったく異なる応援だったが、ソアラの挑発はチームのモチベーションを上げるには充分だった。
「まあ、負けなければいいんじゃないか?」
「だな、Bクラス相手なら同率1位でもいいし」
周りから受け取るものは受け取った。後は戦闘訓練で発揮するだけ。
「ありがとうノスロイド君、俺たちに頑張るからちゃんと見ていてほしい」
「うん。3人ならきっと大丈夫だよ!」
最後にテータにお礼を述べてから、レインたちはBクラスの控え室に足を運ぶのであった。