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6話 お友達、できない

「よし、寮生の鍵は行き渡ったな。なら今日は解散! 迎えが来る連中はあんまり門の前で馬車待たせるなよ!」


Bクラス内での自己紹介が終わり寮生への鍵の配布が終わると、今日の学院は解散となった。入学式から退学の話まで踏まえると緊張の連続だったように思えるが、最後の自己紹介が功を奏したのか、生徒達は近くの者同士集まって談笑している。


例え周りが成績を争うライバルだったとしても、ずっと肩肘を張っていては集中力が途切れ、良い結果は生まれなくなってしまう。Bクラスの中でくらいなら、ある程度和気藹々とするのは問題ないだろう。


それより問題なのは、何の変哲も無い自己紹介をしたレインに誰も声をかけてこないことである。


『セカンドスクエアの火力が乏しいので、護衛というよりは学者方面を目指せたらと思います』


何度自身の自己紹介を振り返っても、特段おかしい点は見受けられない。他の生徒達と比べて淡泊だったのは認識しているが、そんな理由で声をかけてこないことはないだろう。だとするなら声に抑揚がなかった点だろうか、暗い印象を持たれ声をかけづらくなったのかもしれない。


他に理由を上げるとするなら、グレイ・ミラエルによってAクラスに上がる可能性としてレインが指されてしまったことも考えられる。グレイの横柄な態度にクラスメートの大半が怒りを感じてしまっている現在、グレイと繋がりがありそうなレインを意識的に避けている可能性はある。


現に、同じく指を差されたアリシエールは、誰とも話さず小さくなって読書をしている始末。彼女も自分と同じ被害に遭っているのではと思い立つ一瞬、レインは彼女の自己紹介を思い出していた。


『や、やりたいことは、特になくて、その・・・・・・すみません!』


少しずつだが、この件にグレイは関係ないような気がしてきたレイン。他人の自己紹介に難癖を付けられるような人間ではないが、あれだとクラスメートが敬遠してしまうのも無理はない。周りなど興味がないように読書なんてしていたら尚更だ。


そうなると最初の疑問へ戻ってきてしまう。どうして自分に声をかける人はいないのか。自分は何かミスをしていたのか。


否、否である。レインは分かっていた。自分が誰にも声をかけられない理由を。ただただ現実逃避をしていただけで、原因など始めから分かりきっている。


「なあレイン! 俺は何を間違っていたんだ!? ただ普通に、純粋に、素直に、青春を求めただけなのに! いったいどうして!?」


泣きながら自分の席で叫び散らすザストを見て、レインは一緒に泣きたくなっていた。自分の席から分かりやすく距離を取られている現状を見て、さらに気落ちしてしまう。


言い訳ではなく、友人を積極的に作るつもりではなかったレインだが、こうも顕著に距離を置かれては今後の学院生活に影響しそうで不安が残る。なんとか軌道修正を図りたいが、まずは目の前の友人を落ち着かせなくてはいけない。


「あの、カスティール君」


「分かったのか!? 俺の何がいけなかったのか!?」


縋り付くように顔を接近させるザストだが、レインからすればザストが孤立してしまった理由など考えるまでもなかった。


『やりたいこと・・・・・・青春、かな。人と人を繋ぐ青い春、素敵ですよね』


格好良くポーズを決めていたザストだが、クラスメートは開いた口が塞がらない状態だった。リエリィーが口元を抑えて身を震わせていたところを見る限り、笑うところだったのかもしれない。教室を沈黙で包んだザストは、その後すぐに自己紹介を打ち切り、今に至るのである。


「自己紹介なんて第一印象に過ぎないんだし切り替えよう。ちょっと、いやかなり意味分からなかったけど、というかポーズもなんで付けたか分からなかったけど」


「レイン君! そういうところだよ! 君の良くないところは容赦なく人のダメージを膨らませるところ!」


「大丈夫、カスティール君以外にはそこまで言えないよ」


「俺にもそこまで言わないでくれます!?」


ザストは気力を使い果たしたのか、レインの机の上に頭を乗せ、項垂れ始める。もっと落ち着きがあれば人当たりの良いザストなら問題なくクラスメートと仲良くなれるとレインは思うが、今は聞く耳を持たなさそうなので後で言うことにした。


「しかしなあ」


小さく呟きながら、レインはゆっくり教室を見やる。


打算的な事を言いたくないが、カスティール家やストフォード家のような名を馳せている家の人間と関係を築くのは貴族として重要なことだとレインは思っている。自身の家に何かあった時、自分を守る後ろ盾が大きい方が良いからである。


にも関わらず、ザストやアリシエールに近付く生徒が誰もいないのは意外というより異常だった。学生の内から名前を欲しないのか、それとも既に強力な後ろ盾がいるのか。


――――そもそも、家名の良し悪しを知る程の知識がないのか。


なんて事を考えながら、レインはすぐに無粋であることを認識する。


ザストやアリシエールに声をかける生徒がいないのは、逆に言えば打算的に動いている人間はいないということである。好意を持った者同士で仲を深めていく。そんな当たり前の光景を目にして、レイン自身ザストと仲良くしているのはただの偶然に過ぎない事を思い出す。打算など、自分を含めて考える者はいない。綺麗事だが、今はそれで構わないだろう。


「レイン、腹減った」


負の自己紹介を払拭したいのか、ただお腹が空いただけなのか、ザストが顔だけこちらに向けて主張してくる。確かに昼からはそれなりに時間が経っており、レインも空腹を覚え始めている。


声をかけられない以上ここに残っていても意味はない。今日のところは戦略的撤退である。


一足先に教室を出ることにしたレインは、ザストが帰り支度を済ませてる間、未だ誰とも話さずに読書を続けるアリシエールに目を向ける。


勝手な解釈だが、彼女は誰かに話しかけられるのを待っているんじゃないだろうか。でなければ、わざわざ教室で読書をする必要はないし、レインなら早々に教室を出ることだろう。他力本願過ぎるが、人見知りな彼女からすれば最大限の姿勢なのかもしれない。


少し気乗りしなかったが、食堂へ向かう前にレインはアリシエールに声をかけることにした。


「ストフォードさん」


「っ!?」


驚かさないように優しく、さらに正面から声をかけたレインだが、願い叶わず大きく目を丸くするアリシエール。声をかけられるなんて想定外だと言わんばかりの表情で、あからさまに警戒されている。


レインはアリシエールに声をかけたことを後悔し始めていたが、このまま何も言わずに去ることもできないため、当初の予定通りに続けることにした。


「えっと、これからカスティール君と食堂へ行こうと思うんだけど、一緒に行き――たくはない、よな」


だが、目線が左右に揺れ、身体まで震わせながら混乱しているアリシエールを見て、レインは途中で心が折れてしまっていた。ここまでの拒絶反応を示されて、どうして昼食を誘えようか。


「ストフォードさんはまだ教室にいる?」


「は、はい。切りのいいところまでは」


「そっか。じゃあまた明日教室で!」


「は、はい!」


レインはアリシエールとの会話を打ち切ると、既に準備を終えたらしいザストの元へと向かった。一瞬躊躇ったのは、ザストが堪らなく憎たらしい笑みを浮かべていたからである。


「ほうほう、レイン君はアリシエールさんに興味があるのかね、ほうほう」


二人で教室を出てすぐ、ザストはレインに向けて一発を放つ。ニヤニヤ笑うザストに対して、レインも一発放ちたくなってきた。拳を。


「彼女孤立してたし、声をかけた方がいいのかと思ったんだが」


「そういう建前はいいんだレイン君。素直になろうよ、それが青春の第一歩なんだ」


目を閉じ何かを念じるザストを見て、自分の話を聞く気はないのだと観念するレイン。いつも通りである。


「彼女は可愛いし気持ちもよく分かる。それに彼女、こう、何というか、すごかったし」


「ん? 何が?」


「皆まで言わすなよ、これだよこれ」


そう言ってザストは、自分の胸元で両手をリズミカルに動かし始めた。上から下へ弧を描く動きを見て、レインもパッと閃いた。


「確かに、自己紹介の時のお辞儀は綺麗だったな」


「どうしてそんな結論に行き着いたの!? 違うよ胸、胸のサイズ!」


「胸?」


レインが首を傾げると、ザストは口元を緩めて説明をする。


「制服だとあまり目立たないけど、多分彼女は着やせするタイプだ。そしてそれを気にしている。いいねいいよ、とても高評価! やっぱり大きいのこそ正義だ。レインだってそう思うだろ?」


「どうかな、大きいとそれだけ重いし、肩も凝るし」


「どうして女性側の視点に立ってるんだよ・・・・・・」


思ったような返事が来ず、頭を垂れるザスト。この話題を引っ張りたかったようだが、あまりに無頓着なレインのせいで失敗に終わってしまう。


「まあいい、この話はまた次回だ。とりあえずお昼、食堂初りよ――」


「――おっ、ちょうどよかった。教室に戻る手間が省けた」


気持ちを切り替えたザストの言葉を遮ったのは、後ろからの聞き慣れた声。先ほどまで教室にいなかったクラスメートの声。


「食堂に行くのかい? 僕も一緒していいだろうか?」


振り返った先に居たのは、先ほどBクラスに混乱を招いた自信家、グレイ・ミラエルだった。

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