37話 アドリブ
「最後、やられたね」
「ああ」
グラドと柱に挟まれたソアラを救出してからシャルアに引き渡した後、ジワードとグレイは最後に放たれたプレストラップを見ていた。
「しかしよく避けられたね、君は背を向けていたはずだけど」
「皮肉かよ、避けられてないから30ポイント取られたんだろうが」
ジワードはソアラにグラドが当たったのを確認した後、それを伝えるために『5』の方にいるグレイに身体を向けていた。
その後ジワードの真後ろでプレストラップが発動し、グレイはすぐさま後方を指差したが、それとほぼ同時にジワードは右方向に移動していた。
残念ながら左手がソアラのウィグに接しておりポイントは取られてしまったが、直撃して気絶していた可能性を考えれば、グレイもジワードの動きを賞賛せざるを得なかった。
「随分卑屈なことを言うね、僕が褒めてるっていうのに」
「ホントお前はいつも上からだな」
そう言うと、ジワードはウィグを当てられた左手に視線を下ろした。
「……大したことじゃねえ。死にかけてる人間が一番危険だってのは身を以て体験した。それだけだ」
「……成る程ね、納得がいったよ」
ジワードの言ったことを理解し、穏やかに微笑みを浮かべるグレイ。
最後の最後まで気を抜かず対応したという意味では、ジワードにトラウマを植え付けた悪しき模擬戦を払拭できたのではないかとグレイは思った。
自分の不甲斐なさに苦しみがむしゃらに鍛錬を続けていたジワードだったが、ようやく前を向いて進むことができるのだろう。
「まあこの件はさして問題ではない。それより僕が驚かされたのはその前だ」
そう言うと、普段楽しげな笑みを浮かべるグレイの顔が厳しくなる。
「どうして君はオルテを使用した?」
グレイは、事前に重ねた鍛錬とは別のバニスを使用したジワードに、強く憤りを示した。
ジワードは、得意のフィア以外に使用できる基本五称が2つある。
1つは水の陣オルテ、フィアより火力は一段落ちるものの、並の貴族相手なら十分に通用する代物である。
もう1つは雷の陣、サンガ。オルテよりさらに火力が落ちるが、スピードがあるため臨機応変に使えば活躍できるバニスだ。
2つの基本五称を同等に使用できるだけでも立派な才能だが、3つの基本五称を操るとなれば才能だけでは到底到達できない。
これだけでジワード・エルフィンがいかに才能に恵まれ、血を滲むような努力をしているかが分かる。
彼の使用できる基本五称を聞いた時、グレイは1つ相手の意表がつけるチームプレイを思い付いていた。
自分が放ったグラドに他のバニスをぶつけ、それを相手に接触させるというもの。
グレイが提案したのは、グラドの側面にサンガをぶつけることで、固形のグラドを粉末のようにバラバラにし、避けられない攻撃をすることだった。
相手にほぼダメージはないものの、宙に舞う土に触れるだけで失点してしまうという気付かなければ絶対に回避不能な作戦。
『プレストラップから発動したバニス』を確実に当てるためにグレイが考えた、精神的に堪える攻撃である。
その意外性にジワードも了承し、本番で失敗しないよう二人で鍛錬を重ねていた。
タイミングや角度を合わせるのが難しく、何度も反復して完成させた技術。
だが、ジワードはサンガではなくオルテを使用した。
オルテをグラドの側頭部に当てることで無理やり軌道を変え、グラドを鞭のようにしならせたのであった。
「遠くからだったからちゃんと確認できたわけではないが、オルテでの補助だと壁際に相手が待機していた場合、グラドが届かなかったはずだ。柱側にソアラがいたから良かったものの、君の勝手な判断で4ヶ所しかないプレストラップを1つを無駄撃ちするところだったんだぞ?」
結果的にはソアラを気絶させ勝利をもぎ取ることができた2人だったが、グラドを回避されプレストラップを1ヶ所失うリスクを考えると、グレイはとてもジワードの行動を許せそうになかった。
ジワードは厳しく向けられるグレイの視線から顔を背けると、グレイのグラドによって荒れに荒れたフィールドを見回した。
「あいつら、本気で勝つつもりだった」
「何?」
唐突放たれたジワードの言葉を理解できず、思わず聞き返すグレイ。
「所々隙は見られたけど、Bクラスの奴らはずっと勝とうとしてきた。お前と対峙してた奴だってそうだろう?」
「……そんなのは当然のことだ。どこに負けるつもりで戦う相手がいる?」
「なら俺たちAクラスは、どうして勝って当たり前なんだ?」
その問いに、グレイは返答することができなかった。
それは答えられなったからではなく、自分の答えがジワードの望んでいる返答ではないと察したからであった。
「死にものぐるいで向かってくるあいつらを見て、絶対に勝てるなんて言えるわけがねえ。お前の作戦通り確実にポイントを奪ったとしても、その後にやり返されない保証なんてない。だから俺は、リスクがあったとしてもあそこで気絶させるよう動いた方がいいと思った」
「長期戦になったら負ける可能性があったって?」
「99パーセントあり得ねえけどな」
グレイは、ジワードの独断行動の理由を理解した。
戦っていく中で相手の脅威性を肌で感じ、少しでも早く仕留めようと考えるのは決しておかしいことではない。
「理由は分かったけど、君らしくはないね」
その一点だけ、普段のジワードを知っているグレイには不可解であった。
Bクラスの人間をどこまでも過小評価し、蔑んできた男が、負ける可能性を考慮して作戦を変えるなど今まででは考えられない変化だ。
「無様な負けを晒すよりよっぽどマシだ。向き合って争う以上、何が起こるか分からねえんだからよ」
口調こそ変わらないものの、ジワードはBクラスというだけで見下すような真似はやめたようだった。
グレイは目を閉じ口角を上げる。意味のないプライドが邪魔して視野を狭くしていたクラスメイトが、こうも分かりやすく成長したことに喜びを覚えた。
自分をどこまでも成長させるのは、肩を並べて競い合うことができるライバルなのだから。
「兎にも角にも、チーム戦はこれで終いだ。お前が俺より成績が高い以上、一切容赦しねえからな」
「望むところさ、僕が負けるなんてあり得ないけどね」
「その自信ごとぶっ潰してやるよ」
「楽しみにしてるよ、いつでも掛かってくるといいさ」
一貫して態度を崩さないグレイに、ジワードも呆れを通り越して笑みを零してしまう。
「ホント、どこまでもムカつく野郎だよテメエは」
そう言いながらも、どこか心地よい感覚に満たされていくジワードなのであった。