36話 コンビネーション
ジワードは炎の壁を出した後、そこから少しだけ距離を取って右側――――『5』の方向へ目を向けた。
現状グレイがどこにいるか分からないが、そのためにジワードは壁の高さを柱を超える高さでイメージした。それだけ大がかりなものを想像すると普通のフィアでは時間が保たないので、攻撃でもないのにジオス・フィアを使用している。
だがそれだけ必要な行動だった、ジワードが自分の位置を示すために。
そこから数秒後、『8』の方向からグレイが姿を現した。炎の壁が発動されているのを見て、準備が出来ていることを認識する。
グレイがジワードに向けて合図を見せる。
それを見て、ジワードは5日前のことを思い出していた。
―*―
『断る』
とある空き教室で鍛錬をしていたジワードは、グレイからの提案を熟考することなく却下していた。
『どうしてだい?』
『お前のチームに入ることにしたのはチームメンバーが二人であるということと、各々が独自に行動して良いって条件があったからだ。お前がリーダーだからといってお前の言うことを聞くつもりはない』
初めジワードは、戦闘訓練に出るつもりはなかった。模擬戦の件が尾を引いていたこともあるが、必要がないのであれば他者と戦うのを自粛したいと考えていたからだ。
だが、下がっている成績をそのままにしておくつもりもなかった。
だからこそ、グレイから二人で戦うと言われたとき、真っ先に否定することはなかった。戦闘訓練は成績に関与しないとはいえ、数的不利な状況で勝利をすれば周りとは評価の仕方は異なる可能性がある。
それに、いつまでも引きずっているのは自分らしくないとジワードは思っていた。戦闘で負った傷は戦闘で治す他ない、そう考えたとき、ジワードはグレイのチームへ加入することを決めた。
その時の加入条件が先ほどグレイに述べたものであり、グレイもそれについては承諾していたはず。どうして今になってそんな提案がなされるか理解出来なかった。
『ジワード、こう見えて僕は君のために提案しているんだよ』
相変わらずの上から目線に声を荒げそうになったジワードだが、それでは話が進まなくなる。ジワードは次を促すよう顎を少しに突き出した。
『今回君は、成績の回復を望みたいそうだね?』
『だったら何だ?』
『なら君が言った各々が独自で行動するというのはマイナス要素だと思わないかい? 今回の戦闘訓練はチーム戦だ、形だけでもチームとして機能していなければ意味がない。AクラスがBクラスに勝利するなんて当たり前なんだから』
ジワードは、何もかも全て分かっているようなグレイの口ぶりが嫌いだった。そしてそれが、実際的を射ているのだからジワードは余計気に入らなくなるのである。
『納得してくれたようだね』
『勝手に決めるな、お前の言った内容が信用に値しなければ俺は従わねえ』
『尤もなことだね。だけど心配はいらない、ルール通りなら僕の作戦は確実に意表を突ける』
そう言ってグレイは、ジワードの前に右手を差し出した。
『レインに一泡吹かせてやろう、僕と君とのコンビネーションで』
―*―
「ま、対戦が出来てねえんだけどな」
結局レインと再戦することは叶わず、グレイの決め台詞はあっさり風化していった。それが何だか可笑しく、ジワードは思い出し笑いしてしまう。
レインと同じく腹の立つ相手であることには変わらないが、その発想力に舌を巻くことは多々ある。
だからこそジワードは、グレイの提案を受け入れた。単に火力をぶつけるだけでない、本来ならBクラスの人間が行うべきルールをかいくぐった技術の行使を
見せつける。自分たちAクラスは、セカンドスクエアの火力が強いだけではないのだと。
その決心と同時に、グレイがセカンドスクエアを展開した。ここからは視認できないが、間違いなく『2』の壁面のプレストラップであろう。
そしてすぐさまサードスクエアを展開する。後の付加しかできないプレストラップにサードスクエアをうまく反映させるのは至難の業。それでもグレイは、淀みなくサードスクエアを操作し、実行に移した。
「さすがだな」
グレイは難なくプレストラップのバニスを左に曲げ、柱間を平行して進ませる。向かうは『6』の壁面、ジワードが待つ場所である。
ここまでの道のりは失敗することなくグレイがやり遂げた。後は仕上げ、ここまでお膳立てをされて失敗に終わるなどあり得ない。
ジワードは距離を測るように一歩後方にステップを挟むと、左手を真横にスライドした。
自分のイメージが上手く乗るようにサードスクエアを選択、残りはセカンドスクエアだけ。
「得意分野じゃねえんだけどな」
そう言いながらも、ジワードはどこか楽しげにセカンドスクエアを展開した。
―*―
未だ不安が拭えないソアラは、柱際に待機しようとも隙を見せないように構えていた。
しかし炎の壁がバチバチと唸りを上げていることもあり、音によるバニスの探知をすることができない。
ジワードが近くで何かをしようとしていたら、視認してから対応するのはほぼ無理である。
もう少し距離を取るという選択肢もあるが、ジワードが既に距離を取っている場合は接近するのに時間がかかるし、後方への警戒を強めなければいけないというデメリットもある。
「あっついよ……」
なんとかグレイたちに一矢報いたいソアラは、退くという選択を抹消する。額を拭いながら、炎の壁が消えるのを待った。
何ならやけど覚悟で突き進む検討をした瞬間――――それは起きた。
「はっ?」
壁面付近の炎の壁から、突如グラドが出現した。ソアラとは対極の位置にあるものの見えているのは側面、様子がおかしいのは一瞬で理解する。
――――そして、弧を描くようにグラドの側面全体が炎の壁から姿を現したとき、ソアラは反射的に『9』の方向へ駆けだした。
何がどうなっているのか。
『2』の位置から一度曲げて『6』の方へ向けてグラドを放ったのならまだ理解できる。技術は難しいが、それでもまだ理解出来る。
どうしてグラドが鞭のようにしなって、柱際にいる自分の元へ向かってくるのか。
接近してくるグラドの側面は、先端がまだまだ伸び続けるせいか、どれだけ駆けても逃げ切れる気がしなかった。
「っ!!」
やがて、グラドの側面がソアラとその後ろの柱に激突する。
グラドの衝撃とグラドと柱に挟まれた圧迫による激痛で、ソアラの視界は一瞬でぼやけ始めた。
意識を保つことなど、とてもできそうにない。
――――だが、まだ右手は可動する。
グラドの介入により、炎の壁は消失した。朧げながら、ソアラが発動できるプレストラップは視認できる。
このまま自分たちのチームが負けるのは仕方がない、それだけ力が足りなかった。今の攻撃だってまったく読むことができなかった。必然として自分は負ける。
しかしながら、相手に笑って勝利を迎えさせる気はない。勝ったと思った瞬間こそ、一番危険だと認識させる。
「……くらえ」
弱々しく息を吐きながら、震える手でセカンドスクエアを操作するソアラ。
最後の1タップを終えると、ソアラはゆっくりと瞼を閉じた。
……さて、これで目が醒めるのが楽しみだ。
激痛に見舞われた直後とは思えないほど落ち着いた思考を終え、ソアラは完全に意識を手放した。