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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
2章 七貴舞踊会のフィナーレ
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35話 可能な無謀

グレイのバニスを見た瞬間、レインは背中の接触についてソアラへ伝えなかったことを後悔した。


伝えなかった理由は二つあり、一つは性差による身体能力の差をあからさまに指摘するのはいかがなものかとレインは思ったからだ。


ソアラならば気にしなかったかもしれないが、前以て準備をしていたなら失礼に当たるし、検討していなかったのならそれを伝えることで彼女たちの作戦に支障をきたすとレインは考えてしまった。


そして二つ目は、ある存在のせいで背中の接触について重く考えていなかったためである。あくまで重要なのはプレストラップのバニスを当てること、背中へのタッチはオプションレベルでしかない。


しかしながらグレイがグラドを使うというのなら、話は大きく変わってくる。


ただグレイから距離を取るだけでは逃げられないことを、ソアラチームが気付くことをレインは無責任に祈ることしかできなかった。



―*―



グレイはグラドを放った瞬間、すぐさま『1』の方へ駆けだした。


相手の初期位置が『4、7、8』のいずれかである以上、『1』か『9』の位置に来れば相手に接触できる可能性は高い。ギルティアより先に対戦を終わらせるのであれば、とにかく相手と会わなくては話にならない。


「ビンゴ」


グラドを放って数秒後、『1』から『4』の方へ視線を向けると、案の定2人の女子生徒がグレイを警戒するように構えていた。


そして、グレイを視野に入れた瞬間、1人は『5』の方へ、もう1人は『7』の方へ走り出す。


1箇所には固まらず、且つ距離を詰められないように引いて戦う作戦。最悪引き分けをも想定しているのだろう、女子生徒たちに迷いはなかった。


「思い切りはいいが、甘すぎるね」


そう言いながらグレイは左手をスライドしサードスクエアを展開、素早く操作してスクエアを消去すると、今度はセカンドスクエアを展開、グラドを発動させた。


円陣が出現した瞬間、グレイは円陣の前へ素早く移動し、発射されたグラドの上に飛び乗った。


グレイがグラドの付与したサードスクエアは、出現位置を低空にすること。そうすることで、グレイは容易にグラドへ乗ることができ、そして『7』の方へ移動した女子生徒が広げていた距離をみるみるうちに詰めていく。


「なっ!?」


バニスの発動音で振り返った女子生徒が、驚愕で表情を歪ませる。グレイを警戒して離していた距離が、グラドに乗ったグレイによってなくなってしまった。


「女生徒に触れるのは気が進まないがルールだ、我慢してくれ」


グレイはグラドから飛び降りると、慣性で一瞬体勢を崩すが、すぐさま女子生徒へ接近する。


距離を取るのを諦め、グレイに背を向けまいとグレイと向き合った女子生徒だったが、容易に腕を捕られ、かいくぐるように背に触れられてしまった。


「グラドを使う相手に直線方向で逃げるのは悪手だよ。覚えておいた方がいい」


グレイは自分の背を触れられないようすぐさま距離を取り、一言女子生徒に教授したから『5』の方へ走り出す。


残り90ポイント、スムーズに進めていたと思うが、やはり相手にバニスを当てなければギルティアより先に倒すのは厳しそうだ。


そう思考した刹那、進行方向右側の柱が発光し始めるのをグレイは捉えた。


グレイの失策だった。先ほどの女子生徒の戦意は削いだと安直に駆けていたせいで、相手に上手くプレストラップを合わせられた。このまま走るのを止めたとしても、範囲の広い攻撃ではプレストラップのバニスがグレイを掠めてしまうだろう。


グレイは足を止め集中した。先ほど以上に滑らかに左手を動かしサードスクエアを操作、そのままセカンドスクエアを展開し、グラドを選択。


そのタイミングで、女子生徒が発動したバニスがプレストラップから出現する。


「やった!」


回避不能な距離、その上グレイが使用しているのは選択から発動の遅いバニスであるグラド。その上彼女が発動したのは広い範囲攻撃である風の陣ウィグ、万が一グラドが間に合っても完璧にウィグを抑えることはできない。


女子生徒はグレイから30ポイントを奪えると確信していた。



――――だが、上向きに展開された円陣が、タッチの差でそれを阻んだ。



「うそ……でしょ……?」



グレイは真上に発動した棒状のグラドの先端に掴まり空中に浮遊――――女子生徒のウィグを見事に回避した。


「間一髪といったところか、僕もまだまだだな」


グレイはウィグが消え去ったのを確認してから落下する。そして尻餅をつき呆然とする女子生徒を見やり、今度こそ戦意喪失したと判断して背を向けた。


『4』を経由して『5』へと進むグレイ。そこには先ほどこちらへ進んだはずの女子生徒はいなかった。


あくまで分散を意識するなら左方向――『2』の方向へ進んでいるはずだが、チームメンバーと合流しているなら右側――『8』の方向へ進んでいるだろう。


「考えるまでもないな」


いるかも分からない人間を追って時間を食うくらいなら、確実にいると分かる人間の方を追うべきである。


グレイは一息つくこともなく、『8』の方向へと走っていった。



―*―



「くっ!」


ソアラは『9』を経て逃げようとするジワードを追いかける。誘い出すための罠だとしても、愚直に付いていくことしかできない。


というのも、ソアラは既にジワードに対して背中の接触を許してしまっている。


チームメンバーの共通事項として、相手とは距離を置くことを念頭に置いていたソアラ。『9』側からジワードが走りながら現われた時も距離を大きく確保していた。


だが、『7』の壁面に衝突したグラドに気を取られ、速度を落とした瞬間を狙われてしまった。恥ずかしい話、ジワードに未だバニスを使われていない。


『8』から『5』へ逃げる選択肢もあったのだが、『2、5、8』の線上には、唯一ソアラたちが手放した壁面のプレストラップがあるため避けてしまっていた。


故にソアラは、必死になってジワードを追いかけている。自分が取られたポイントはあくまで10ポイント、プレストラップのバニスを当てれば充分に逆転は可能だ。


その上、もうすぐジワードが過ぎようとしている『6』の壁面にはソアラのバニスを吸収させたプレストラップがある。そこで逆転、少なくとも足止めして背中のタッチをし返すことはできるかもしれない。


ジワードが『9』から『6』へ向かおうとする瞬間、ソアラがもう少し進んで欲しいと頭に思い浮かべた刹那――――ジワードはいきなり振り返り、左手を大きくスライドした。


その動作で反射的に柱のプレストラップを警戒してしまうソアラだったが、サードスクエアは関係なかったことに気付き、すぐさま接近を心がける。



――――しかしながら、あまりに大きな()()は、ソアラの足を止めてしまうには十分過ぎた。


セカンドスクエアを展開後に現われた大きな円陣からは、柱の高さをも上回るほどの大きな炎の壁が出現した。その大きさと物理的な熱さに、ソアラは接近を封じられる。


そしてソアラは、ジワードへの接近を封じられただけでなく、バニスの発動をも封じられたことに気付く。


プレストラップのバニスを発動させるには、発動させたいプレストラップが眼に見えてないといけない。


だが、先ほどまで発動させる予定だった『6』の壁面のプレストラップは、炎の壁によって視認することができなくなってしまった。これでは、プレストラップを発動させることはできない。


一瞬棒立ち気味に炎を見つめていたソアラだったが、レインの言葉を思い出し、立ち位置を柱付近へと移す。


すぐにジワードを追いたいソアラは炎の壁が消えるまで近くで待機するしかないが、つまりそれは動かない的を作り出すことともなっている。


それを狙ってグレイかジワードのどちらかが壁面のプレストラップからバニスを曲げて炎の壁を貫いてきた場合、ソアラはみすみすそれを受けてしまうこととなる。


だからソアラは通りの真ん中でなく柱側へ移動した。相手側も炎でこちらが見えていない以上、有効な手であることには違いない。


炎の壁が消えるまで待たずにウィグやオルテを放って掻き消すということもできなくはないが、万が一炎の壁付近にジワードがいて、ソアラのバニスが接触したら減点となり、目も当てられなくなる。ここは何もせず待機するのが有効なはず。


そもそもの話、プレストラップのバニスをサードスクエアで曲げるというのは今回に限っては現実的ではない。


今のソアラの位置だと、うまく曲げて当てられるのは『4』の壁面のプレストラップしかない。しかし、『4』、『6』、『8』の壁のプレストラップはソアラたちが確保しており、グレイたちが使える壁面のプレストラップは『2』のものだけ。『6』寄りの『9』の位置にいるソアラをそれで狙うのはかなり無謀である。



――――しかしながら、無謀だと分かっているのに、ソアラに理解出来ない強烈な悪寒が走った。



炎の壁が消えるまで本当に待っていていいのか、何かを見落としているのではないのか、そんな漠然とした不安。


念のため後方を確認するが、グレイが後ろから詰めてきているわけではない。


問題はない、現状の問題はポイント差だけ。ただそれだけのはず。


首を左右に振って冷静に努めようとするソアラは――――数秒後に理解する。



――――無謀など、自分の行動を縛る愚かな思考でしかないことに。

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