34話 グレイのバニス
「おっ、2戦目はまだ始まっていなかったか」
2戦目用のプレストラップの設置が丁度終わった頃、先ほどから嫌な意味で注目を集めていた男――――ギルティア・ロストロスが姿を現した。
「ギルティア、あなたねっ!」
目ざとくギルティアを見つけたウルが、すかさず彼の元へ歩み寄る。鬼気迫る表情は正直その場を逃げ出したくなるような勢いがあったが、ギルティアは平然とウルと対峙していた。
「ん? どうかしたのか?」
「どうかしたじゃないわよ! あなた、何堂々とバニスで直接攻撃してるの!?」
ヒートアップしているウルに対して、腕を組みながら首を傾げるギルティア。どうやら、どうして怒鳴られているか理解が追いついていないようだ。
「堂々も何も、禁止はされていないだろう、減点されるだけで。それに勝利を得るには最も確実な方法だ、プレストラップの配置に関係なく行えるからな」
「その減点行為を平然と行っているのが問題だって――――」
「ウル君、君は自分の視野の狭さを反省すべきだ」
ギルティアは、ウルの言葉を遮って話を遮った。
「この戦闘訓練において、プレストラップを使って勝つとしか考えてない人間は愚かとしか言い様がない。そんな勝手な解釈をしてより高い勝率を見逃すなんて訓練じゃなきゃ許されない行いだ。君は『肉を切らせて骨を断つ』って言葉を覚えておいた方が良い」
「あ、あたしは……」
「この話は終わりだ、もうすぐ2戦目だ」
無理矢理話を中断させたギルティアだが、ウルはそれ以上追及するようなことはしなかった。拳を握りながら身を震わせ、言い返せない自分の惨めさを悔しんでいるようにレインには思えた。
だが、ギルティアが言うように、世の中には多くの考え方があることをウルは理解した方がいいだろう。例えそれが非道に思えても、考えようによっては多くの人に利益を与えている可能性もある。自分の考え方を押しつけているだけでは、周りは付いてきてくれないのだから。
「ウルさん、なんか気の毒だな」
ウルの様子を見ながら、困ったように呟くザスト。Aクラスで今回の対戦相手とはいえ、コールコードを交換した仲である。思うことは多々あるだろう。
「そういえばレインさん、さっきはコトロスさんと何を話されてたんですか?」
対戦訓練がなかなか始まらなかったとはいえAクラス相手に声をかけるレインが気になったのであろう、アリシエールがその理由をレインに問うた。
「ああ。お礼を言いに行ってたんだよ、ミラエル君が俺を責めたときにフォローしてくれたからさ」
「そういやグレイのやつ随分ひどいこと言いやがったよな、友達でも言って良いことと悪いことがあるだろうに」
「私はその、驚きました。ミラエルさんって実力で行使するタイプだと思っていたので、ああいう物言いをするとは思っていなくて……」
グレイを知る二人であったが、さすがにレインを貶めようとした発言は看過できなかったようだ。ここまでくると、グレイの物言いを一番気にしていないのは自分ではないかと思えてくる。
「レインはあんまり怒ってないよな、あそこまで言われたってのに。俺だったら友達辞めるの考えちゃいそうだ」
「ミラエル君の狙いに気付いたからね、怒るよりやられたって気分になったよ」
「狙いって何か、レインを悪者にしてBクラスのチームワークを乱そうって話?」
「まあそういうところだな」
「だとしたら甘過ぎだぜ。他のチームはどうだか知らないけど、そんなことでレインへの信頼が崩れるはずないだろ」
「ですです! 自信を持って今日を迎えられたのはレインさんのおかげと言っても過言ではないですからね」
真っ直ぐすぎる二人の言葉を聞いて、無意識的に頬が緩むレイン。
それと同時に、言葉にしがたい居心地の悪さがレインの胸を刺す。
それほどまでに、ザストとアリシエールの好意は眩しく、重かった。
「おっ、そろそろだな」
二人と会話をしているうちに、両チームがフィールドの中へ足を運んでいく。
ソアラのチームメンバーはどうやら彼女と仲の良い女子生徒のようだ。レインたちと同じくセカンドスクエアの強さではなく信頼感を元に選んだのだろう、チームワークを気にするならそちらの方がいい。
ソアラは初期位置をテータと同じように『8』の柱の陰を選択したが、テータたちとは異なり、まとまっているわけではない。
ソアラのチームメンバー二人は『4』の『1、2、4、5』に接する柱と『4、5、7、8』に接する柱の陰に各々待機していた。戦力を分散させるのは勇気がいるが、まとまって行動して狙われやすくなる方がまずいと判断したのだろう。
特に今回はプレストラップが2ヶ所少ない相手、少ないチャンスを活かさせないためにも、個々でAクラスに対応できるよう取り組まなければいけない。
対してグレイたちは、ソアラたちと中心で点対称になるように待機していた。グレイが『2』の位置で、ジワードが『6』の位置。ギルティアのように堂々とフィールドに佇むのも予想されたが、二人の中ではそれは有効ではないと判断したのだろう。
「なあレイン、今回の対戦だと背中がキーポイントになってくるんじゃないか?」
フィールドの様子も見つめながら、ザストがレインへ問いかける。
互いのチームメンバーを見て、レインも同じことを思っていた。
「確かに、男女でここまで分かれていると、セカンドスクエア以前に身体能力でBクラスはAクラスに劣る。ミラエル君たちは攻撃箇所が少ないし、背中のタッチをメインに攻めてくる可能性は充分にある」
「ですね。私もレインさんたちに追いかけられて逃げ切れる気はしないですし」
「足の速さだけはどうにもならないからなぁ。ソアラさんたちが、逃げ切るために上手くプレストラップを使えるかに懸かってくるね」
こう話してはいるが、二人が背中を狙わず王道的に攻めてくる場合だってある。多くを考えてしまってはキリがなくなってしまう。
『2チームとも、初期位置に問題がなければ全員手を挙げろ。問題なければ、3カウント後戦闘訓練を開始する』
ローリエが、1戦目とまったく同じアナウンスを行う。グレイとジワードがすぐさま手を挙げ、それより少し後で覚悟を決めたようにBクラス勢が手を挙げる。
これから長ければ5分間、フィールド内でなければ感じ得ない緊張感に晒されることになる。
それだけ、訓練といえど戦闘には神経を注ぎ込まなくてはいけない。
そうしなくては、勝利を得るなど夢のまた夢であるのだから。
『それでは開始の合図を始める。3、2、1、0!!』
戦闘訓練開始合図と同時に表情を切り替えたソフィチームは、一旦何もせずグレイたちの動向を窺っていた。
――――そしてそれは、考えるよりも先に肌で感じることとなった。
ソアラの右側――『9』とソアラのチームメンバー二人の左側――『1』で轟音が鳴り響く。
一方は炎が轟く音であり、ソアラの眼には『9』の壁周りが灼けたように見えた。模擬戦の件を考慮に入れるなら、この威力の炎はジワードのもので間違いないだろう。
ではもう一方は――――
「あれは……!」
ソアラチームの二人は、『1』の壁面に大きな棒状の何かが突き刺さっているのを見た。それは黒のような茶のような色をしており、『土』であると分かるのに時間はかからなかった。
初めて見るグレイ・ミラエルのバニス。彼が使用したのは、土の陣『グラド』。
炎とは違いその禍々しさが分かりやすく目に映り、二人は改めて相手の強大さを認識する。
「さて、ギルティアより早く終わらせようか」
まず最初に行ったAクラス側の威嚇は、顕著にソアラチームへ恐怖心を煽るのであった。