32話 Bクラスの意地
「2人って……マジ……?」
グレイとジワードが1階に下りていった後、苦笑しながら呟くザスト。同室で過ごす相手のことだが、呆れて笑みが出てしまう程に理解ができなかった。
グレイの言うことが事実ならば、次の対戦訓練は3対2の対決となってしまう。攻撃できる人間が減ると考えるなら、グレイたちは明確に不利になってしまう。
「リエリィー先生」
攻撃の方法について疑問を抱いたレインは、2階から一緒に対戦訓練を見ていたリエリィーに尋ねた。
「どうした?」
「先生はグレイが2人で参加することを知っていたんですか?」
「そりゃな、教員の中でも問題になったし」
「それで先生方は了承したんですか?」
「でなきゃ参加しないって言うからな」
2人での参加を教師陣が許可するとは思えなかったが、実にグレイらしいやり方で押し切っていて笑みが溢れてしまうレイン。
好きなようにやるのは構わないが、それには一つはっきりしておかなければならないことがある。
「それ、ちゃんと3人より2人が不利って検証出来てるんですか?」
レインが気になっていたのはそこだった。
2人の場合、確かに攻撃できる人数が減るため攻撃面では不利になるが、狙える人数も少なくなるため、防御面で少し有利になるとも解釈できる。
それらを総合的に考え、2人の場合の方が不利にならなければ、グレイの要望を通した教員側に大きな問題が生まれてしまう。
「ホント嫌なことを聞くなお前は、Bクラスとしては心強いけど。検証なんてできてないよ、こんなの個人の考え方で有利不利が分かれちゃうしな」
「それは正直――――」
「だから分かりやすく、あいつらの攻撃回数を削った。チームで6ヶ所プレストラップを設置できるはずだがあいつらは4ヶ所だけ。1人につき2ヶ所だから当然と言えば当然だけど、それでも2回分の攻撃を失っている」
それを聞いて、レインはひとまず安堵した。あの広いフィールド内で4ヶ所しか設置できないとなれば、グレイといえど間違いなく苦労する。
この条件があるのであれば、2人になった明確な不利点として考慮することができるだろう。
「承知しました。Bクラスが不利になっていないなら問題ありません」
「お前はクラスのことを考えるタイプではないだろうに、まあ別にいいが」
リエリィーが余計なことを言い出しそうになったが、先ほどの言い争いを見ていたためか思い留まった。
確かに、レインの心の奥底では『自分たちが負けなければそれでいい』と考えているが、グレイが場を荒らしていったため、レインに対して不信感を抱いてしまった人がいる可能性がある。
無関心はともかく、不信感はよろしくない。だからこそ、Bクラスに対して状況が好転するようにレインは動いた。
現金なのは分かっているが、負けられない以上、ザストとアリシエールの信頼を失うわけにはいかない。
そういう意味では、2人で戦うと言ったグレイに感謝しなくてはいけないのかもしれない。
……その原因を作ったのもグレイではあるが。
「クレスト、ちょっといい?」
リエリィーとの会話を終えたタイミングで、レインは珍しい生徒から声を掛けられた。
ソアラ・コアルディ、Bクラス成績2位の女子生徒。女子の中では背が高くスラッと細身であり、切れ目と目許を隠すような青紫色の髪が特徴的な女性だ。
「……どうしかした?」
本当に自分に話しかけてきたのか、少しばかり反応が遅れるレイン。というのも、覚えている限り彼女と会話をしたのは今日が初めてだからだ。
「うーん、そうだね。何から言えば良いか」
前髪を弄りながら、話を組み立てていくソアラ。レインとは違い、初めて話す相手への緊張などはないようだ。
「あたしさ、正直戦闘訓練なんてどうでもよかったんだ。成績が2位だから参加してるだけで、七貴舞踊会にも興味ないし。それに相手はAクラスでしょ、どうせ勝てないんだから頑張るだけ無駄だなって思ってね」
話を聞きながら、こういう人もいるのだとレインは思った。Aクラスはともかく、Bクラスの生徒は七貴舞踊会に出るチャンスを得るために自分のアピールをリーダーに対して行っていた。そんな日常が数日続いていたから、Bクラスのメンバーはそれなりの野心を持って戦闘訓練に望んでいるのだと思っていた。
しかしながら、リーダーに選ばれた人間に関しては辞退という逃げ道が残されていない。例え参加を拒否していても、それは許されていないのである。ザストにしても、今回のルールでなければやる気を示していなかったかもしれない。
モチベーションの低さを第一に示してきたソアラだが、それを伝えるためにレインに声を掛けたわけではない。例え最初に気分が乗らなくとも、気持ちが切り替わる瞬間は訪れる。
「でもさ、さっきのミラエルの態度がその、何というか、ダイレクトに言うとムカついて、このままあっさり負けたくないって思っちゃってね」
乗り気になった自分が少し照れくさいのか、頬を赤らめて言葉を紡ぐソアラ。
ここまで言われれば、レインも自分に声を掛けた理由を理解する。
「だから、あんたが戦闘訓練で気をつけようと思ってること、あたしたちに教えて欲しい。細かいことでも構わない、あたしはミラエルの顔に泥を塗ってやりたいんだ」
図らずもグレイの与えたハンディキャップは、一人の少女に大きなやる気を与えたようだ。
先ほどクラスの一員として立ち回った手前、ソアラの提案を断ることはできない。
そして、グレイに一矢報いるためにも、レインの頭の中を少し見せるのは悪くないと思った。
「……分かった。俺の考えていることでよければ話すよ」
「助かるよ、ありがとう」
「でも、話すのはコアルディさんにだけだ。俺の話を聞いて、二人に話してもいいかどうかはコアルディさんが判断してくれ」
「成る程、確かにそっちの方がいいかもね。了解、あっちで話そう」
そう言って、皆が集まるガラス際から離れた場所へ向かうレインとソアラ。視線がちらほらこちらへ向いているような気がするが、声は届かないので会話を始めることにした。
「まず第一だけど、さっきのロストロス君のような攻撃は一切気にしなくていい」
「それは分かる。あいつが使って後続のあたしたちをビビらせたいんだろうけど、Aクラスのメンツだって驚いてたからね。それにミラエルは無駄にプライドが高いし、ロストロスの2番煎じになるような真似は絶対にしないと思う」
自分が理由を言うまでもなく、意味を理解してくれるソアラに感心するレイン。彼女であればレインが説明するまでもなく戦闘訓練の注意点など思い付きそうなものだが、思い付いているからこそ誰かと意見を照らし合わせたいのかもしれない。
「二つ目はサードスクエアを絡めた通行止めには注意しなきゃいけない」
「通行止め?」
「うん、例えば柱と柱の間にフィアで壁を作った場合、当然やけどを覚悟しなきゃその道を通ることは出来ない。通れないということは、進行方向を誘導されている可能性があるから、少し強引にでもバニスの壁を突破することも頭に入れておいた方が良い」
「成る程ね。相手は使用できるプレストラップが少ないし、バニスの壁で移動妨害は充分あり得そう」
「後は、プレストラップのバニスをサードスクエアで曲げられるのは気を付けた方が良い」
「えっ、でもプレストラップにサードスクエアは付与できないんでしょ?」
「前以ては付与できないけど、発動させた後なら付与できる」
「それこそ厳しくない? 柱間の広さを考えると、サードスクエアを付与する前にバニスが壁に衝突すると思うんだけど」
「それはあくまで柱のプレストラップの場合はだろう?」
「そっか、唯一壁面に付いてる4ヶ所は遮るものがないから、発動後でもサードスクエアが間に合う」
「とはいえ発動後のサードスクエアの付与は難しいからやってこない可能性もあるけど」
「逆でしょそれは。ロストロスとの差を見せつけたいなら、ミラエルは必ずやってくる」
「……確かに。難しいからってやらない奴ではないな」
「他は、何かある?」
「こんなところかなとりあえずは」
「ありがとう、随分参考になったよ」
そう言うと、ソアラは両手を後ろで組んでレインの顔を下から見つめていた。
「……何?」
「話してみるもんだと思って。正直あたし、あんたのこと知識をひけらかすいけ好かない奴だと思ってたからさ。エルフィンとの模擬戦もよく分かんないうちに終わってたし」
「そ、そう……」
意外に突き刺さる言葉の嵐に、言葉を失ってしまうレイン。他のあまり話したことのないクラスメートにもそう思われているのかと思うと、明日以降教室に行きづらくなってしまう。
「ノスロイドやカスティールがあんたに懐くわけだよ、同じクラスだからとはいえ親身になってくれるのは嬉しいもんだしね」
「懐くって、ペットじゃないんだから」
「ペットみたいなものでしょ、打算より信頼で繋がっているうちは」
耳の痛い言葉だった。レインからすれば、100%他者と信頼で繋がっているとはとてもじゃないが言えない。
他者から向けられる信頼には、誠実に応えたいと思ってはいるのだが。
「じゃああたし行くよ。必ずミラエルに一泡吹かせてやるから、一瞬たりとも見逃さないでよ」
「分かった。陰ながら応援してるよ」
「堂々と応援してくれた方が嬉しいんだけど」
「そりゃそうだ」
ふふっとソアラは笑みを零すと、チームメンバーに駆け寄り、レインとの話を順を追って伝えていく。
少しでも力になればとソアラに対戦訓練の注意点を語ったが、それでグレイ・ミラエルに勝てるかどうかは分からない。
Bクラスから1日でAクラスへ上がり、1ヶ月後には3位まで上り詰めた男。絶対的な自信をまとった男のベールが今剥がされようとしている。
そういう意味でも、レインは一瞬たりとも見逃すことの出来ない第二戦になりそうであった。