31話 ハンディキャップ
「なあテータ君、一つ提案があるのだが受けてもらえないだろうか」
ギルティアは、プレストラップが仕掛けている場所があるにも関わらず、堂々と尻餅をつくテータへと歩み寄った。
未だ頭の整理のつかないテータに襲いかかったのは、予想だにしないギルティアの言葉。
「この対戦訓練、棄権してもらえないだろうか?」
さらに困惑するテータへ分かるように説明をするギルティア。
「ぼくのジオス・フィアを正面から受けた二人だが、すぐにでも治療した方が良い。後遺症が残る前に」
――――この男は何を言っているのだと、テータは心の奥底から思った。
この状況を作り出した当の本人が、どの面を下げてそんなことを言っているのかと。
少しずつ落ち着いてきたテータの頭は、真っ先にギルティアへ怒りを示した。
「ふざけるな!! そこまで言うなら君が棄権すればいいじゃないか!?」
フィールド全体に届くような怒声だった。後から喉がじわじわと痛み出したが、知ったことではない。
目の前の難解すぎる男へ思いをぶつけることが何より重要だった。
だが、ギルティアはテータの怒声に心動かすことなく、ただ不思議そうに述べた。
「どうしてぼくが棄権するんだ? 勝つのはぼくたちなのに」
「はっ?」
思いがけない宣言に、相手を威嚇するような声が出たテータ。何故試合が終わっていないのに、勝者が決まってしまうのか。
「調子に乗るのもいい加減にしなよ。そもそも気絶者を出した時点で訓練は終了のはずだろ?」
「ん? それは違うぞテータ君」
テータの間違いを指摘するように右手の人差し指を左右に振るギルティア。
「気絶で訓練が終了するのは、あくまでプレストラップのバニスで相手を攻撃した場合だ。今回はルールに当てはまらないよ」
そう言われればそうだと、テータは今一度ルールを見つめ直す。確かに、直接攻撃による気絶については、ローリエは何も発言をしていなかった。
だが、まだAクラスの勝利が決まっているなど言うことはできない。
「でも、今君たちはBクラスに30ポイント負けているはず! 僕が逃げ切れば、勝つのは僕たちBクラスのはずだ!」
そう強気に主張するも、ギルティアの顔色に不安は一切浮かんでいない。それどころか、テータを諭すように穏やかな口調で返答する。
「確かに、このまま君にうまく立ち回られたら、30点の差でAクラスは敗北してしまう。しかしテータ君、君は一つ忘れてないかい? 戦闘訓練は三人一組のチーム戦だ」
「……? そんなことは分かって――――」
「いや、分かっていない。分かっていたら、チームメンバーが気絶してしまうデメリットの重さを理解しているはずだ。今も君のチームメンバーは戦闘訓練に参加しているんだぞ?」
「っ!?」
そこまで言われて、ギルティアの言わんとすることを理解したテータ。急いでトスティンとワーノルドの元へ向かおうと振り返るが――――――その判断はあまりに遅すぎた。
トスティンとワーノルドの元には、ギルティアのチームメンバーが集まっており、身体を起こしてその背中に触れていた。
「ああ……」
その光景が決定打となり、テータは膝から崩れ去ってしまう。先ほどまで確かにあった30点のリードは、あっという間に10点のビハインドとなった。
当然である。動けない人間の背中を守るものなどいないのだから。
「もう一度聞くよテータ君、棄権してもらえないだろうか?」
2度目の問い、先ほどは強く突っぱねられた敗北の提案。
テータはそれを、頷いて受け入れる他なかった。
―*―
「終わった……のか?」
ザストの言葉で、緊張で満たされていた2階の空気が騒然とする。
ガラス越しにテータがトスティンとワーノルドの元へ向かう姿を見て、フロアは現実に引き戻された。
「あんな、あんなやり方って……」
アリシエールは口元に両手を当ててその身を震わせていた。
あんなやり方とは言わずもがな、ギルティアの直接攻撃。ルール上減点事項になっていることを堂々と行ったことに、生徒たちは明らかに困惑している。
「レイン、君は知っていたんじゃないのかい?」
再度空気を凍らせたのは、グレイ・ミラエルによる何気ない質問。視線が一気にレインとグレイへ注がれる。
「どうしてそう思う?」
「僕ですら虚を突かれたギルティアの攻撃に、一切動揺していないのが君だけだった。狼狽えないってことは、そういう作戦もあるって分かっていたってことだろう?」
油断をしていたと、レインは思った。戦闘訓練の状況を分析することに集中する余り、他者と同調することを忘れていた。グレイのようにめざとい人間がいることは重々承知していたはずなのに。
「そうなのかレイン?」
ザストからも尋ねられ、レインは沈黙を突き破る。ここでシラを切っても変なしこりを残してしまうだろう。
「ポイントの性質上、可能なことは知っていた。直接攻撃を相手に当てて15ポイント減少しようとも、当てられた相手の背中をチームメンバーで触れれば15ポイントリードできるからな」
あくまで偶然思い付いたていで説明するレイン。さすがにこの案を最初に思い付いたとは口が裂けても言うことはできない。
「――――どうして、それを共有しなかったんですか?」
こういう質問がくることは予想していたが、質問相手が彼女だと言うことは想定していなかった。
アリシエールは、少し不安げに、レイン・クレストという人物を見定めるようにそう尋ねた。
無理もない。分かっていたことなら、事前に共有しておけばトスティンたちは被害に遭わなかったのだから。
だからこそレインも、アリシエールに対して真摯に対応する。
「そんな作戦、思い付いても実行するわけないと思ったからだ。実行するわけないから共有もしなかった。こんなルールを無視した作戦を共有して、本来警戒すべきプレストラップへの対応が遅れたら、俺は責任が取れない」
一切眼を逸らすことなくレインはアリシエールに向けてそう伝えた。
そこでようやく、アリシエールの表情に笑顔が戻ってきた。
「はい、ありがとうございます。変なことを訊いて申し訳ありません」
「こちらこそ、こんなことなら共有しておくべきだった」
皆が一番知りたかった事実を伝えたことで、レインに集まっていた視線も少しずつ分散する。ギルティアに対しての不信感は消えないものの、一度呑み込んで次に進むしかないという状況へ変わっていく。
「――――嘘をつくなよレイン」
――――しかしながら、グレイ・ミラエルだけは次へ進ませることを許さなかった。再び皆を、ギルティアの件へ引きずりこんでいく。
何も言わずにグレイに視線を返すと、グレイは愉快そうにそう解釈した理由を語った。
「実行するわけないと思ったなんて嘘だろう? それなら何故、君たちのチームは対戦順を最後にした? 戦闘風景を確認するためだけなら2番目でよかったはずだ、それなのに、目立つことが嫌いな君がどうして大トリを選んだんだ?」
ここまで言われて、グレイの狙いを明確に理解する。決定打を入れられる前に一言挟みたかったが、グレイは止まらなかった。
「はっきり言えよレイン! 君はBクラスの他チームを犠牲にしたって! 自分たちが勝つために他チームに直接攻撃されるのを待っていたって! 直接攻撃がなかったとしても、チームメンバーだけには注意を促すつもりだったって!」
「ふざけないでよグレイ!!」
その場を空気を支配するように声を荒げていたグレイに、それ以上の怒声がぶつけられた。
その声の発信源――――ウル・コトロスは、肩で息をしながら今にも泣き出しそうな表情でグレイを睨んでいた。
「どうしてレイン・クレストを責めるの、おかしいのはギルティアでしょ!? それだけじゃない、この作戦を思いつきもしなかった自分を棚に上げて彼を責めるなんてどうかしてるじゃない!」
痛いところを突かれてしまったのか、言葉に詰まってしまうグレイ。レインとしても、まさかAクラスであるウルからフォローが入るとは思ってもいなかった。
今回のグレイの物言いは完全にBクラスを壊しにかかるもの。壊せなくとも、レインへの不信感を高めて作戦を潰すものであったはず。
それをAクラスメンバーによって妨害されてしまうのだから、グレイもたまったものではないだろう。
「だ、そうだ。命拾いしたねレイン」
「命拾いも何も、さっき言ったことが全てだ」
「とりあえず納得はしておくよ。ジワード、1階に下りよう、第二試合だ」
「救命対応で遅れそうだけどな」
既に気持ちが切り替わったようで、グレイはジワードに声をかけ階段を下りていく。
そこでレインは、大きな違和感を覚えた。
「おーいグレイ、もう一人はどうした!?」
同じく疑問を抱いたザストが、階段を少し下りたグレイに声をかけた。
戦闘訓練は3人1チームが鉄則であるはずだが、Aチームの2戦目はグレイとジワードしか見当たらない。
だが、戦闘順を決めるときに各クラスで集まった時も、Aクラスにこれ以外のメンバーがいたようには思えなかった。
「……まさか」
レインの呟きに答えるように、グレイはニッコリと微笑んだ。
「ハンディキャップさ、僕らの勝利は決まっているのに3人もいたんじゃ可哀想だろう?」