30話 頂点のやり方
プレストラップの設置が終わり、まもなく戦闘訓練第1戦目が開始される。
ギルティアのチームとテータのチームは既にフィールドに入場しており、初期位置に着く前に一つ一つエリアを頭に入れているようだ。
「なあレイン、ギルティアのチームメイトって」
「さっきリエリィー先生に聞いてきた、案の定だったよ」
ガラス際でフィールドを見つめながら、会話を進めるザストチーム。
「では、本当に……?」
「うん、二人はAクラスの31位と32位だ。Bクラスとそこまで差がないAクラスの生徒ってことだろう」
その事実に、息を呑み込むザストとアリシエール。レインも初めに聞いた時は驚かされたものだが、今はギルティアの思惑をなんとなく理解出来ている。
今回の対戦訓練、はっきり言ってAクラスには何のメリットもないものであり、負けられないプレッシャーだけが押し寄せる非情なものという見方もできなくはない。
だが逆を言えば、それだけAクラスとBクラスには差異があり、どちらが勝利するかなど対戦する前から分かりきっているとも取ることができる。
ならば、どのように勝利するかがAクラスの中で重要視されているのであれば、ギルティアのようにチームメンバーを敢えて成績の低い者とすることで、勝利の価値を上げるという手法も当然あり得る。
――――勿論それは、自分に自信がなければ到底行えないことではあるが。
「そろそろ始まりますね」
アリシエールの呟きを聞き、視線をフィールドへ戻すレイン。どちらのチームも、既に初期位置に着いていた。
テータたちは三人とも『8』部分の柱に身を潜めており、『2、5』にAクラスのメンバーが来てもすぐに対応出来る態勢を整えているようだ。
対してギルティアたちはバラバラ、ギルティアは『2』部分の柱に身を隠し、残り二人は『6』部分の柱に身を隠している。あらゆる角度から攻めることを考えるのであれば、こちらの方が有効であろう。
「……えっ?」
これが全員の初期位置、そう思った瞬間にギルティアが身体を動かした。柱に潜んでいたはずが開いた場所へと移動する。『1、2、4、5』に交わる柱と『2、3、5、6』に交わる柱の間、ギルティアはその場所で堂々と腕を組んで佇んでいた。
まさかの状況にAクラス側を盗み見するレインだったが、ギルティアの行動に呆れこそすれ、不安を抱いているように見える者は誰もいなかった。
つまり、このようにあからさまに姿を現しても、負ける要素はないと判断しているのである。
確かに柱に設置されているプレストラップが当たらない位置で立っているが、直線上には『2』と『8』の壁面の位置にプレストラップが存在する。遠方のある『8』のプレストラップは回避できても、近くにある『2』のプレストラップに対応するのは難しく感じられる。
「『2』のプレストラップは、Aクラスで確保しているのでしょうか?」
アリシエールが言うように、そう考えるのが妥当である。でなければあの位置に、その上背を向けて立つのは危険すぎる。
テータたちもギルティアの姿を視認したのであろう、小さく輪になって作戦会議を始めている。この状況を好機と捉え、速攻を決める算段をしているのかもしれない。
『2チームとも、初期位置に問題がなければ全員手を挙げろ。問題なければ、3カウント後戦闘訓練を開始する』
だが、作戦会議をする時間はない。テータたちは急いで手を挙げて二言三言会話を続けると、柱にへばりつくようにギルティアを視野に入れる。初手の行動は、既に決めたようだ。
『それでは開始の合図を始める。3、2、1』
ローリエのアナウンスがフィールドに広がり、緊張感は最大限に高まっていく。
『0!!』
そして、戦闘訓練第一試合が始まった。
それとほぼ同時に、テータがセカンドスクエアを展開する。奇襲を選択したということは、ギルティアが背を向けている『2』のプレストラップはBクラスが確保しているのだろう。
この距離であれば絶対に外さないと、6ヶ所しかないプレストラップの1つを早々に選択。テータの手元ではなく、『2』の壁面で円陣が発動した。
――――だが、それでも遅すぎた。
「なっ……!?」
ギルティアは左足を軸に180度回転すると、迅速な手さばきでセカンドスクエアを展開する。全てを読んでいたかのように、バニスを放つ瞬間のプレストラップと向き合った。
プレストラップから放たれたのはフィア、決して弱くない炎の攻撃であったが、ギルティアの表情に一切の恐怖はない。
少し遅れて放たれたギルティアのバニス――――フィア。それは先行して放たれたテータのフィアを容赦なく呑み込んだ。模擬戦で見たジワードのフィアに勝るとも劣らない火力に、テータたちは思わず身を凍らせる。
「思い切った作戦だが、浅慮だよ。君たちからぼくの後ろのプレストラップが見えているということは、ぼくからも君たちを視認できるということ。セカンドスクエアを展開したのは1人、ぼくの立ち位置で奇襲をかけられるプレストラップは1ヶ所、そこまで分かれば対応は簡単だ」
テータたちに指導を行うように言葉を紡ぐギルティア。戦闘訓練は始まっているというのに、ただ友人と話すように、あたかも日常の1ページであるかのように振舞っている。
そして、最もプレストラップの発動が予期される『5』へと平然と歩いていく。
テータは思考する。ギルティアのペースに呑まれないよう頭をフル回転させる。
向かって歩いてくるギルティアに当てられるプレストラップは3ヶ所あるが、ただ発動するだけでは先ほどのように回避されるだけ。このように身を隠しながらポイントを稼ぐのは厳しいのかもしれない。
だが、『2』の壁面から放ったバニスとは異なり、柱間は人4人分の程の長さしかなく、中央を歩くギルティアと柱のプレストラップの間隔は人2人分。不意を突けなくても、ギルティアの対応が間に合わない可能性もある。
そこまで考えて、テータは頭を左右に大きく振った。相手のミスを前提とした戦術などあり得るはずがない。やはり隠れるだけでなく、相手の背中を狙って崩す動きを見せなければ勝機はない。
「おいテータ、彼はどこ行った?」
「えっ?」
トスティンの声掛けで『2、5、8』の通りに視線を戻したテータだが、そこにいたはずのギルティアの姿が見当たらなかった。
「いつの間に……!」
先ほど浅慮を咎められたテータだったが、今度は長考が災いした。
ギルティアがテータから見て右側――『6』の方へ移動したのなら問題はないが、『4』の方へ移動したのなら話は別である。
『4』を経て『7』まで進まれれば、テータたちはギルティアに後ろを取られることになる。さらにギルティアのチームメンバーが『9』から姿を現した場合、両側から挟まれてしまう。
「こっちへ逃げよう、挟まれたらまずい!」
トスティンが『5』の方へ進むよう二人に促したが、テータがそれを制止した。
「ダメだ、彼が『5』の柱に隠れていたら狙い撃ちされる!」
ギルティアに後ろを取られることを警戒したトスティンだが、そんなことはギルティアだって把握しているはず。
それならば、背後を取るフリをして『5』の位置で待機し、プレストラップ上に誰かが来たタイミングで攻撃を仕掛けてくる可能性はある。
「ギルティア君の警戒は『7』に来てからで問題ない、この位置なら柱のプレストラップの当たらない」
テータの提案に二人は同意した。
テータたちの立ち位置は『4、5、7、8』を跨ぐ柱の角部分。『2、5、8』の通りを視野に入れつつ、目線は『7』の方へ向けている。この位置ならばどこから来ても背中は守れるし、プレストラップを警戒する必要はない。
「おっ、まだこの位置にいたか」
しばらくすると、『7』の方からギルティアが姿を現した。
その存在感に圧倒されてしまうが、彼だけを警戒するわけにはいかない。横目で『5』と『9』の方を見るテータだが、チームメンバーの姿はない。
テータはわずかながら、この状況に混乱する。勝利を狙うならこのタイミングで挟み撃ちにするなど戦略はあったはずだが、Aクラス側はギルティア以外動いている形跡がまるで見られない。
ここが攻め時ではないのか、だとしたらギルティアの行動は一体何を意味しているのか。
絶えず思考を重ねていると、ギルティアがゆっくりその場で右手をスライドした。
「なっ!?」
安全地帯だと分かっていながら、テータたちはあからさまに周りを警戒した。どのプレストラップを使ってくるかを警戒するためだった。
しかしながら、落ち着いて思考を固めるテータ。こうしてセカンドスクエアを展開する仕草を見せれば、周りのプレストラップを警戒するのは当たり前。逆を言えば、それ以外への注意が一気に疎かになる。
ここで来るのかとテータは急いで『5』と『9』の方へ視線を移した。
――――だが、ギルティア以外のメンバーは消失したのではと錯覚するほどに、援軍の姿はなかった。
一体全体どういうことなのかと再度ギルティアへと視線を戻すと、セカンドスクエアは既に消え、彼の前に大きな円陣が出現していた。
これはレインとの模擬戦でジワードが最後に見せた規模の円陣、ジオス。その大きさは、思わず見とれてしまうほどである。
しかしながら、このジオスはいったい何なのか。今回の対戦では、各々が使用するバニスは攻撃にならないどころか、減点の対象となっている。
――――それなのに、どうしてこのジオスはテータたちに向けられているのか。
ジオス・フィアが放たれた瞬間、反射的に身体を動かせたのはテータだけだった。
無理もない。今回のルールにおいて、自分へ直接バニスを向けられることなど念頭には置かない。
――――だからこそ、トスティンとワーノルドは反撃の術もなくジオス・フィアを正面から受けた。
巨大の炎と一緒に『9』の壁面へ身体を衝突させ、二人はその場に倒れ込む。起き上がる様子を見せない二人の症状を、ただの気絶と済ますことは到底できないだろう。
「な……んで……?」
かろうじて回避に成功したテータは、呆然とした様子でジオス・フィアを放った本人を見た。
どうしてこんなことをしたのか、どうしてこうも堂々とルールを破るような真似をしたのか。
だが、そこには――――
「二人に当たった。となれば、今の持ち点は70となるのか」
――――ただ冷静に、現状を把握するように指を折るギルティアの姿があるだけであった。