29話 試合直前
プレストラップにバニスを吸収させてから30分の休憩を挟み、いよいよ戦闘訓練の第一試合が行われる。
休憩中に、ローリエから説明漏れがあった点について説明を受けた。
大きなものとして戦闘訓練の参加者の初期位置についてだが、これは事前に想定していたものと大きく差異はなかった。
ローリエはレインと同じようにフィールドの9つのエリアを左上から数字を割り当て、Aクラスの初期位置を『2、3、6』、Bクラスの初期位置を『4、7、8』の場所だと説明した。
これは、始まる前から相手と向かい合う可能性もあれば、『3』や『7』を選ぶことで身を隠すこともできる。
奇襲を掛けるなら最初は身を隠す方が利点があるように思えるが、敢えて姿を現すことでプレストラップを警戒させることもできる。これらの作戦は、各々のチームで変わってくるだろう。
「まず第一試合のプレストラップの位置についてだが、被りがなかったためそのまま進めていく。第一試合参加者は1階からフィールドに入り、初期位置に着くことだ」
ローリエによってあっさり伝えられたプレストラップの位置だが、まさか被りが存在しないとは思わなかった。
設置できるのが36ヶ所のため、12ヶ所全てが被らない可能性は勿論あるが、優先度を考えればそれは非常に低い。
攻撃範囲の広さを考えれば、レインたちが初め想定していなかった4ヶ所である『2、4、6、8』の壁面は確保したいところである。
被ることなく各々が欲する壁面を確保できたのか、それとも『2、4、6、8』の壁面は必要なくても勝てる作戦を立てていたのか。
前者であれば何の問題もないが、もし後者なら――――
「そういえばレイン君」
嫌な思考を進めようとした直後、参加者として階段を下りようとしたギルティアがレインへ声をかけていた。
Aクラスとの交流が増えてきたレインだったが、彼に声をかけられたのは初めてだった。
「どうした?」
「うん、前回の模擬戦で君が行った真後ろに放つバニスのやり方を教えてほしくてね。ぼくもいろいろ考えてみたんだがまったくやり方が分からないんだ」
衝撃的な問いだった。Aクラスの生徒が、困惑気味にギルティアを見つめるほどに。
「な、何のことだ?」
ザストが小声でレインに尋ねてしまうのも無理はない。直接指摘されたのは模擬戦直後に一度だけだ。
レインとしてもジワードのジオス・フィアで隠すように行っていたが、完璧に隠せていないとは思っていた。
しかしながら、第一試合が始まる直前のこのタイミング、その上ギャラリー付きで質疑をされるとは思っていなかった。
「あれがサードスクエアで無効試合の原因と言われればこれ以上追及はできないが、そうでないならご教授いただきたい。あの技術は、確実にぼくを成長させる」
堂々とした振る舞い、Bクラスの人間から知識を得ることにまるで抵抗がないように見えた。それこそが彼の強さの一つなのだろう。
こうも周りに人がいる状況でとぼけるのは今後のことを考えると良いとは言えない。レインは思っていることをそのまま伝えることにした。
「知らない方がいいと思う。変な癖がついて必ず今後の訓練や戦闘に支障が出る」
ギルティアの眼を見つめてそう伝えると、一度思案げに口元に指を当てるが、すぐに口角を上げた。
「そうか、使い手の君が言うなら間違いないんだろう。戦闘訓練前に変なことを訊いた、許してくれ」
そう言って、ギルティアは階段を下りていった。それに続くようにAクラスの生徒、テータたちも下りていく。
そして、気まずげな雰囲気が生まれる二階フロア。ギルティアに集約していた視線が、少しずつ自分に集まっていくのを感じるレイン。
「おーいレイン、この空気どうするんだ?」
「俺に振らないでくださいよ……」
「しょうがないだろ、ギルティアいなくなったし。一発芸でもかましてAクラスビビらせたれ」
無茶なことを言いながらも話を変えてくるのリエリィーに、わずかながらに感謝するレインだった。
―*―
「やあレイン、さっきは災難だったね」
プレストラップを設置する準備をガラス越しに見ていると、グレイがレインへ声をかけた。
「彼の性格上なあなあで済ますことはないと思っていたが、この場で尋ねるとはさすがに想定外だったよ」
あの後、リエリィーの出しゃばりが癪に障ったのか、ローリエがその場を一喝し、各々対戦訓練の準備を進めている。
とは言いながらも、ほとんどがレインのように手持ち無沙汰にフィールドを眺めているだけであるが。
「しかし君も案外あっさり認めたものだね、サードスクエアなしに後方へバニスを放つ技術など誰も知らないことだろうに」
「そんなことはない。さっきも言ったが覚えたら変な癖がついて、通常の戦闘に支障をきたす。古い書物にごく稀だが記載されているよ、だから先生方も驚いてはいなかっただろ?」
「何を言ってるんだが、今の言葉で僕はまた驚かされたよ。そんなごく稀の書物を読んでいる事実と、変な癖がつくらしい技術を君が使いこなしている事実にね」
「読書は趣味だし、技術も使いこなしているわけじゃない。簡単に使いこなせるものなら、現代の書物に抹消される理由はないからな」
「謙遜も度が過ぎると腹が立つが、君にはそれを感じないから不思議なものだ」
「ああグレイ! レインに変なこと吹き込んでないだろうな!」
お手洗でこの場を離れていたザストが、レインと話しているグレイを見てすぐさま駆け寄ってきた。
「酷い言いようだな」
「今日のお前は敵だからな、お友達トークも一切禁止だ」
「対戦しないのだから構わないじゃないか、僕は戦いたかったんだけど」
「ダメダメ! 少しでもAクラスのプラスになりそうなことはダメ!」
「僕がクラスのために戦うわけない、って言いたいところだけど、今のザストには何を言っても無駄か」
そう言うと、犬のように警戒心を表すザストから距離を取るグレイ。どうやらレインとの会話に満足したようだ。
「レイン、今回の戦闘訓練で僕もバニスを披露することになる。僕との戦闘に備えてしっかり対策をしておくことだ、まあ無駄だろうけどね」
そう言い残して、グレイはジワードの方へと歩み寄る。彼のチームメンバーは分かっていないが、ギルティアたちと1階に向かっていない以上、ジワードはグレイと同じチームなのだろう。
「おいレイン、グレイに情報を漏らしてないだろうな? 朝食の献立だって禁止だぞ?」
「そんな縛りがあったとは聞いてないけど大丈夫、ただの世間話だよ」
「ホントかぁ? グレイがそんな意味のないことをするかねぇ?」
「俺はけっこうそういうイメージが強いんだけど」
「そうなの? 部屋だと必要最低限の会話しかしてないんだけど」
それはザストが騒がしいからじゃないか、という言葉を呑み込み、レインは話を変えることにした。
「ところでザストは、トスティン君とワーノルド君のことは知ってる?」
レインは、テータのチームメイトである二人についてザストに尋ねた。交友関係の狭いレインでは、彼らの成績が4位と5位であることしか知らない。
「ワーノルドはよく知らないけど、トスティンは分かるよ。ペア練が一緒だったし」
「そっか、3位と4位だもんな。彼はうまくやれそう?」
「……どうだろ。トスティンを卑下する気はないけど、俺より火力は低いしな。Bクラスでは強い方なんだろうけど、ジワードクラスの火力を持った人間が相手だとな……」
Bクラスに寄らない、丁寧な分析だった。カスティール家であるザストと火力を比べるのはいかがなものかと思うが、ザストの考え方が第三者の視点としても正しいのであろう。
火力では勝てない、AクラスとBクラスを分ける明確な壁。
――――だがそれは、ザストチームには当てはまらない。
「お二人とも、こちらにいたんですね」
Aクラスを脅かすザストチームの天使が、二人を見つけてゆっくりと歩み寄る。
「ど、どうかしましたか?」
二人の視線を一身に受け、恥ずかしくなってきたアリシエール。その仕草に心が洗われ、レインとザストは顔を見合わせた。
「頑張ろうぜ、レイン」
「ああ、頑張ろう」
「え、あの、どういうことですか?」
慌てふためくアリシエールを尻目に、決意を固める男二人。
火力でAクラスに引けを取らない彼女のデビュー戦を台無しにしないためにも、拙劣な試合展開だけは避けることを改めて誓うのであった。