26話 対戦順番
レイン邸での鍛錬を終えてから二日、レインたちは馬車に揺られながら今日の目的地へと向かう。
「い、いよいよですね……!」
「だね、まだ現場に着いてないってのに緊張してきた」
同じ馬車に乗るザストとアリシエールは、どこか不安げに己の気持ちを吐露していく。
無理もない、これから行われるAクラスとの対戦訓練のことを思えば。
リラックスしてほしいと思うが、下手に浮ついて緊張感が欠けるよりはよっぽどいい。
「今はいろんなこと吐き出してみんなで共有しよう、そうするだけでも落ち着けると思うし」
そう言って、レインは目的地へ着くまで聞き手に回ることにした。
少しでも皆が、自分の力を振り絞れるように。
―*―
「ここか」
学院から30分程経過したところで馬車から降りると、他の数台の馬車と、白く無機質な建物が目の前に広がった。
大きな施設なのは間違いないが、建物の右側に入り口が一つあるだけで他に開口部がなく、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。
「入ってしばらく真っ直ぐ歩いたら階段があるからそこを上がれ。上がった先のオープンスペースで待機だ」
ローリエの指示のもと、入り口から中へ入っていく生徒一同。とはいえ今回この場にいるのは戦闘訓練に参加する生徒だけなので、それ程人数がいるわけではないが。
「なんか目がチカチカするな」
ザストがそう呟くのも無理はない。外観だけでなく内装も白一色で、明かりの反射がやけに目に付いた。
しばらく進むと左手に大きな扉が姿を現したが、それは無視して階段を上がっていく。
踊り場で折り返して階段を登り切ると、ローリエの言っていたオープンスペースへ到達する。
そこで何より先に目を奪われたのは、右側にガラス越しで広がる幾何学的な空間。大きく広がる正方の広場に、視界を塞ぐように立ち上る角柱。
ここまで見れば、ここが何を指しているのかなど容易に判断できる。
「全員この場に着いたところで、改めて戦闘訓練の説明をする」
レインたちがオープンスペースへ来たと同時に、ローリエが間髪入れずに説明に入った。
「口頭レベルでは伝えていたが、お前たちの右側に見えるのが今回の戦闘訓練で使用するフィールドだ。ここでプレストラップの実験を行いつつ、Aクラス対Bクラスの戦闘訓練を始める。細かいルールについてだが――」
事前にチームリーダーに伝えていたであろうルールを確認するローリエ。念のため丁寧に聴き取るが、ザストから聞いていた内容と差異はないようだ。
「とまあここまでは以前話した通りだ。次はプレストラップを付けられる位置についてだが、各チームのリーダーは前に出てこい」
ローリエの指示でザストたちリーダーが前に行くと、何やら紙を一枚もらって戻ってくる。ザストからその紙を見せてもらうと、戦闘訓練のフィールドを上から見た図面に、黒の点がいくつも付けられていた。これがプレストラップの初期位置なのだろう、大枠は予想していた通りだったが、おまけが一つだけついていた。
「今渡した紙はお前たちがプレストラップを設置できる場所を描いたものだ。柱の辺に等間隔で2つずつの計32ヶ所と、訓練フィールドの壁面の中点に1つずつの計4ヶ所、合わせて36ヶ所になる」
レインたちが想定していた32ヶ所とは別に、壁面の中点、以前レインたちが使っていた数字で表すなら『2、4、6、8』の壁面にプレストラップを設置できるようだ。
この位置の設置は正直状況としてはよくない。柱で邪魔されない上に視認性も良いため、誰もが使用しやすい位置だと言える。詰まるところ、真ん中の動線上で気を抜けば、一瞬でやられてしまうことを示唆している。
これにより安置が5ヶ所削られることになり、安全地帯はコーナーの4ヶ所に絞られることになる。これがどのような訓練結果にたどり着くかは、神のみぞ知るといったところであろう。――尤も、Aクラスのメンバーが負けを想定しているかは分からないが。
「対戦前までにプレストラップを設置したい位置を記載し、私に提出しろ。対戦相手と一つでも位置が重なった場合は再提出となる、慎重に考えることだ」
「あの……」
ローリエの説明を受け、小さく手を挙げたレイン。
「いや、後で個別で聞きます」
だが、皆の視線が集中したところでレインは挙げていた手を下げる。戦闘訓練前の質疑とはいえ、こうも注目されては聞きたいことも聞けない。
「――――今言え」
しかしながら、ローリエはレインへ全体で共有することを強要した。
「お前がここで言わなかったせいで戦闘訓練にしこりを残すわけにはいかない。後でルール違反だなんて指摘されても嫌だろう、先の模擬戦で勝利が取り消しにされたように」
レインを思いやっての説明であったことに違和感を覚えたが、かといってここで質問をなかったことにすることはできない。
一度大きく深呼吸をしてから、レインは腕を組むローリエを見据えた。
「プレストラップの初期位置を、二つ以上重ねてもよろしいですか?」
分かりやすく騒ぐ者はいなかったものの、明らかに空気が変わったことを実感する。
「成る程、確かに今回の訓練、一度プレストラップが使われればその場所でプレストラップを使われることがなくなり、安心できる。その意表を突いて同じ場所に設置するというのは悪くない案だ」
愉快そうにレインの思惑を語るローリエ。あまりに露骨な態度のため、Bクラス側に作戦を潰せたことで口調が弾んでいる、といった穿った見方をしてしまう。
「だが、質問の答えはNOだ。一つはプレストラップの構造上の問題だ。プレストラップを2枚重ねて設置した場合、外側のプレストラップは普通に使用できるが、その後に内側のプレストラップを使おうとすると、外側のプレストラップにバニスが吸収され、正常に発動しないためだ。ならば内側から使用すればいいという話になりそうだが、既にバニスを吸収しているプレストラップにバニスを当てるとプレストラップが壊れてしまう可能性があるため、今回は禁止する」
「今の言い方だと、プレストラップに向けてバニスを放つのも禁止ってことですね?」
「当然だ、プレストラップが壊れてしまっては訓練にならんからな」
「分かりました」
レインは一歩後ろに下がって、これ以上質問がないことを示す。
「せっかくだ、他に質問等ある奴はいるか?」
「じゃあいいっすか?」
次に手を挙げたのは、レインと同じチームであるザスト。
「なんだ?」
「今回、相手の背中に触るっていう攻撃手段があったかと思うんですが、触るまでのアクションってどこまで許されるんですかね?」
「それについてはこれから話すつもりだったがいいだろう。腕を引いたり肩を取ったり足を払ったりといった相手のバランスを崩すための動きは許可するが、殴るだの蹴るだの、あからさまに相手にダメージを与えることが目的な動きは禁止だ。それについてはこちらで判断するため、際どい動きは避けることだ」
「了解っす、ありがとうございます」
ザストもレインのように一歩後ろに下がって終わりの合図を出す。
軽く辺りを見回して質疑がないことを確認してから、ローリエは珍しく頬を緩めた。
「それではお待ちかねの対戦順番の決定といこうじゃないか」
楽しげなローリエとは対照的に、全身に緊張が走る参加者一同。
かなり重要度の高い項目のはずだが、レインもザストからは当日決めるとしか聞かされていなかったため、Aクラスも含めようやく来たかという気分であろう。
「心配しなくてもクジで決めるような真似はしない。各々クラスで話し合い、どのチームから戦うか決めろ。今から10分だけやるから、よーく考えて決めることだ」
そう言うと同時に、大きく両手を鳴らすローリエ。
そして各々のクラスは、一旦集まって対戦の順番を決めるのであった。




