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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
2章 七貴舞踊会のフィナーレ
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25話 安らぎを得て

レインたちがレイン邸に訪れてから、あっと言う間に2日が経過した。


最初に行った鍛錬以外にも、走っている相手に正確にバニスを当てる訓練や目の前の相手と一定の距離を取り続ける訓練を挟み、先程無事戦闘訓練を想定した一連の動きを通すことに成功した。


「はあぁぁぁぁ、やっと終わったぁぁぁぁ」


へなへなと力なくその場に座り込むザスト。


最初の内は笑顔を見せていたザストだったが、一番体力的に厳しい鍛錬を重ねていたこともあり、その達成感や解放感は一塩である。


「お疲れ様です皆さま」


そこに、冷たいお茶とサンドイッチをトレイに乗せたリゲルとマリンが労いの言葉をかける。


「うおー助かります!」


「アリシエールさまもどうぞ」


「あっ、ありがとうございます」


各々に配り終えた後、今度はレインがそのトレイからお茶をリゲルとマリンに渡す。


「二人こそ助かったよ、家のこともあるのに鍛錬の協力まで頼んじゃって」


レインの言葉通り、昨日はずっと二人に鍛錬を手伝ってもらっていた。


食事の準備があったマリンはともかく、リゲルに関してはほぼフルタイムでザストの相手をしてもらっている。馬車の運転も考えれば、ここ数日で一番疲れているのは間違いなくリゲルだろう。


「何を言いますやら、私もマリンも学院のことまでレインさまのお手伝いができて至極光栄です」


しかしながら、そんな疲れを感じさせない爽やかな笑顔を振りまくリゲル。我が従者ながら、完璧な立ち振る舞いである。


それとは対照的に、浮かない様子を見せるマリン。先程ザストやアリシエールには笑顔で対応していたはずだが、レインにはその気持ちをまったく隠そうとしなかった。


理由は勿論、単純明快である。


「レインさま、汗を流されたら学院に戻るんですよね?」


1ヶ月振りの再会を泣きながら喜んでいたマリンだったが、学院があるレインたちは今日中に戻らなくてはならない。マリンはその別れを誰よりも惜しんでいるのである。


「こらマリン、そういうのはレインさまを困らせるから無しって昨日話したばかりだろう?」


「分かってます! 分かってますけど、寂しいものは寂しいんです……」


相変わらずの年上には思えない振る舞いにレインは思わず頰を緩ます。


リゲルに視線を移すと、申し訳なさげに軽く頭を下げた。こうなってしまってはお手上げ状態なのだろう、レインはゆっくりマリンへ歩み寄る。


「マリン、いつもそんな風に言ってくれてありがとう。家を開けっ放しのダメ主人だけど、マリンがそう言ってくれるから安心して帰ってこられるんだ」


「レインさま……」


「時間を見つけて戻ってくるようにするから、家のこと任せていい?」


そう言うと、マリンは潤ませた目元を一度拭ってから、



「はい、いってらっしゃいませ」



――――笑いながら、穏やかな声でそう返すのであった。



―*―



「隣いい?」


レインは馬車の中から御者席の方へ身を乗り出すと、綱を持つリゲルに声をかけた。


「どうぞ」


そう言って少し身体を右にズラすリゲル。夕方前に屋敷を出たはずだが、空は既に赤みがかっていた。


「お二人は?」


「眠ってる、夜寝られなくなるから起こした方がいいんだろうけど」


「二人とも懸命に励んでおられましたから、起こすのは忍びないですね」


そう言いながら、レインは屋敷で別れを告げたマリンのことを考えていた。


「マリン、着いてこなかったね」


レインが今日最も驚かされたのはそのことだった。


可能な限りレインと一緒に居たがるマリンなら、学院までお供すると言い出すとレインは思っていたのである。それだけに笑顔で屋敷の前に佇む姿は、やけに印象的だった。


「カスティールさまとストフォードさまがいらっしゃったからではありませんか? 馬車もそこまで広いわけではございませんし」


「そういう殊勝なことを考えるタイプではないと思うんだけど」


「そんなこと言ったらマリン泣いちゃいますよ?」


真面目に思い悩むレインの姿がおかしかったのか、リゲルはクスリと笑みを零す。


「心配せずとも、レインさまがファーストスクエアでお呼びすれば飛んできますよ。今日は本当に遠慮しただけだと思います」


「そっか、俺の考え過ぎだったか」


「あはは、レインさまにこんなに気遣っていただけるなんてマリンは果報者ですね」


「俺はリゲルも気遣いたいんだけどね」


「……お言葉だけでとてもありがたいです」


一瞬言葉に詰まったリゲルだったが、何事にもなかったように取り繕った。


「そうは言うけど、ここ数日で酷使させちゃったからさ」


「レインさまがいらっしゃらない間は毎日が休日みたいなものです、マリンじゃないですが元気は有り余ってるんですよ」


「またまた、昨日のザストとの組手を見てたけど、俺が居ない間ずっと鍛えてたでしょ?」


「それは義務ですので。レインさまにいつでもお供できる準備ができていないなら、クレスト家に仕える資格などありませんから」


「……まったく、どっちが果報者なんだか」


「もちろん私とマリンですよ?」


レインとリゲルは顔を見合わせ、そして笑った。


ザストやアリシエールと居る時とは違った居心地の良さ、安心感。こればっかりは長年付き添ってくれているリゲルやマリンでなければ体感することはできないだろう。


「それよりレインさま、戦闘訓練の首尾は問題ないですか?」


「問題だらけだよ、相手は強いし俺は弱いしプレストラップの本物がないから一つぶっつけの本番になっちゃうし」


レインは、ザストやアリシエールの前では絶対に言わないような本音を漏らす。


しかしながら、それを聞くリゲルの表情に心配も憂いも感じられなかった。



「――――でも、負けないんですよね?」



レインを誰よりも知っているからこそ出てきた言葉。例えどれだけ弱気な発言をしようとも、自分の主が敗北するわけがないのだと。


そんな容赦のない期待を浴びせてくるリゲルへ軽く溜め息をついてから、真っ直ぐ進行方向を見つめるレイン。


「負けないというより負けられない、今回は俺一人の戦いじゃないから。俺の作戦に身を委ねてくれた二人のためにも、負けるわけにはいかない」


入学前なら決して抱かなかったであろう本心を吐き出し、レインは改めて覚悟を決める。


戦闘訓練まで後二日、やれることはほぼやり尽くした。後は本番で、練習通りにやればいい。


それが例え、未来のミストレス王国を担う人材相手であろうとも。


「話の腰を折るようで恐縮ですが、ちゃんと自分のことを優先して頑張ってくださいね?」


「分かってるよ、二人のことがなくたって俺は負けられないさ。それより自分のことを優先って、リゲルには言われたくないんだけど」


「私は執事ですから、自分を軽んじてでもレインさまに重きを置くのは当たり前のことです」


「はあ……リゲルといいマリンといい、俺の言うことなんて全然聞いてくれないからなぁ……」


「出来の悪い従者たちで申し訳ありません」


「最高の家族なんだから別にいいんだけど」


そんな風に言い合って、我慢できず二人してまた吹き出してしまう。


こんな馬鹿げたやり取りだが、レインに心地よさをもたらすには充分だった。



明日からは学院、またしばらくは二人に会うことはなくなるだろう。



だからこそレインは、リゲルとの時間を少しでも満喫できるように、残りの道中を何気ない会話で埋め尽くすのであった。


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