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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
2章 七貴舞踊会のフィナーレ
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23話 メイドの策略・想い

レストスペースでの一件が無事収束し、明日に備えて今日はもう休むこととなった。


既に時刻は日を跨ぎかけており、レインも自室に戻って古書にさらっと目を通してから横になるつもりだった。


そこで、コンコンと扉の音が鳴った。


「レインさま、少しよろしいでしょうか?」


マリンの声だった。この時間帯で自分の部屋に来ることはほとんどなく、マリンの用件は察しがついている。


「どうぞ」


合図と共に扉が開くと、未だメイド服を着用しているマリンが、珍しく照れくさそうにしてレインを見た。


「あの、レインさま。今日、一緒にお休みしてもよろしいでしょうか?」


案の定だった。マリンは時々、こうしてレインの自室に訪れては、主との就寝を要望するのである。


本来であれば無礼極まりない行動ではあるが、レインがマリンに対してそう思うわけもなく、いつものようにレインは返答する。


「もう一つのベッドで寝るなら大丈夫だよ」


そう伝えると、パッと花が咲いたようにマリンの表情が明るくなった。


「ありがとうございますレインさま」


「一ヶ月振りだしね、なんとなく言われるんじゃないかって思ってたよ」


「ふふ、相も変わらずレインさまはお優しいです」


嬉しそうに呟くと、マリンはレインが使用していないベッドに腰をかける。


両手を重ねて膝の上に乗せると、何をするでもなくただレインを見つめていた。


「どうかした?」


「こうしてるのが一番幸せなんです。久方ぶりのレインさまですし」


「そっか。それは構わないけど、横になる前にちゃんと着替えなよ?」


「レインさまがお休みしてからにしようかと、今日はお客様がいらっしゃいますし。あっ、もしかして着替えてる私を目に焼き付けたいってことですか!? そういうことでしたらすぐにでも着替えますよ!?」


ウキウキしながら前傾姿勢で表情を輝かせるマリン。


隙あらばレインへの愛情アピールに邁進するが、当然レインも諌め方は理解している。


「でもマリン、見たら見たで嫌がるよね?」


「嫌がってるんじゃなくて困ってるんです。だってレインさま、見る時は眉一つ動かさずに凝視するじゃないですか、物事を観測するみたいに。私としてはもう少し色っぽい視線を期待したいのに」


「からかおうとしてくるマリンをからかい返すのが楽しいからね」


「むう、そんなこと言うレインさまは嫌いです。……大好きですけど」


「俺もマリンが大好きだよ」


「くうううう、今のお言葉だけで後一ヶ月はやっていけます!」


マリンは楽しげに上半身を左右に揺らしながら、レインの言葉を全身で噛み締めていた。


その姿を見て、レインも穏やかな笑みを浮かべる。この時間を楽しく感じているのは、何もマリンだけではないのだから。


「そういえばマリン、名前呼びの件でアリシエールに何か吹き込んだだろ?」


テンポ良く動いていたマリンの身体がピタリと止まる。あまりに分かりやすい反応だった。


「吹き込んだわけじゃないですよ、私の前でクレスト呼びはやめてほしいって言っただけで。まさかあんなに早く口を滑らせるとは思わなかったですが」


「その言い方だと、やっぱり名前呼びは意図してたんだな?」


「だってレインさま、せっかくご学友を連れていらしてたのに呼び方が他人行儀でしたもの。ここは私が一肌脱ぐしかないと思いまして」


「俺に直接じゃなくてザストやアリシエールを巻き込んだのは?」


「その方がレインさまがお喜びになると思いましたから」


マリンは笑顔で、その思いを口にした。


確かに、マリンに直接呼び方を指摘されてもレインには響かなかったかもしれない。この一ヶ月共に過ごしてきたザストとアリシエールに言われたからこそ、レインは呼び方を変えられたのだと思う。


そして実際に喜びを感じていたのだから、これ以上追及することは何もなかった。


「成る程、恐れ入ったよマリン」


さも当然のようにレインの心の内を紐解くマリンに、称賛の言葉を述べるレイン。


「いえいえ、ただの自己満足ですから」


片手を振りながら謙遜すると、照れ臭くなったのかマリンはすぐさま話を切り替えた。


「それよりも今日は驚きました、まさかレインさまがご学友をお連れするとは思わなかったので。しかも男性だけでなく女性もいらっしゃいますし、こんなに早くレインさまの結婚相手がいらっしゃったのかと心臓がバクバクでした」


「夕食の時に説明したけど、戦闘訓練で同じチームになったんだ。万が一学院で見られないように家で鍛錬することにしただけで、結婚相手じゃないよ」


「別に否定することないじゃないですか、アリシエールさまはお綺麗ですし優しいお方だと思いますよ」


浴室で仲を深めたのか、アリシエールを高く評価するマリン。


マリンから言われるまでもなく、アリシエールが容姿端麗で優しい心を持っているのはレインも理解している。


ザストが言うには男子から密かに人気があるようで、そうなる理由持って頷けはする。


だが、頷けはするだけだ。


「マリン。分かってると思うけど、()()俺にそれを望む資格なんてないんだ」


「……っ!」


レインがそう言うと、マリンは悔しそうに唇を噛み締めた。


自分の主がどう返答するかなど分かりきっていたはずなのに、いざ言葉をぶつけられると返す言葉もなく、マリンは自分の無力さを痛感してしまう。


どうして自分は、主に『当たり前』を享受できないのだろうかと。


「大丈夫だよ、マリンが言うようにちゃんと楽しんでるから。じゃなきゃ友達だって作らないし、ストイックに行動してたと思う。そのおかげで大変なことも多いけど、それが学院生活なんだと思うし、充実感だってあるから」


そしてレインも、マリンが悔しそうにしている理由が分かるからこそ、全力でマリンのフォローに努めていく。


「さっきも言ったけど、あくまで『今の俺』にはだから。これさえ乗り越えられれば、俺だっていろんなことを考えられるようになる。だから、あんまり自分を責めちゃダメだよ」


何も悪くないマリンが、罪悪感を抱く必要はない。レインからすれば、いつものように自分に接してくれていれば、それで良いのだから。


「はい……分かっています。私とリゲルさんは、全力でサポートします。レインさまが幸せに暮らせるように」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今でも俺は幸せだよ?」


「もっともっとです。幸せに上限なんてないのですから」


「マリンも幸せになってくれると、俺も幸せになれるんだけどね」


「私だってレインさまが幸せになればこれ以上ないです。私の幸せは、レインさまが握っていると言っても過言ではありません!」


「そっか。ならご期待に添えられるように頑張らないとな」


「はい!」


マリンの笑顔が見られて、ようやく安心することができたレイン。自分のことを第一に考えてくれるのは嬉しいが、考えすぎて自己嫌悪に至るのはよろしくない。こうやって笑ってくれることこそが、レインにとって一番の力になる。



――――だが、安堵感と同時に、レインはマリンへの申し訳なさでいっぱいになる。


マリンは、今レインが抱えている問題さえ解決できれば、レインはマリンの言う『当たり前の生活』をできるものだと考えている。


しかしながら、その難易度は極めて高く、達成できる見通しはまるでついていない。


そして、仮にレインが今の問題を解決したとしても、無事に当たり前を享受できると断言できないのである。



そのことをずっとマリンやリゲルに伝えられずにいることが、レインに重くのしかかっているのであった。

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