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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
2章 七貴舞踊会のフィナーレ
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22話 名前呼び

自室でシャワーを済ませてから、レインは浴室前のレストスペースで待機していた。


理由は一つ、マリンに強引に連れていかれたアリシエールにフォローを入れるためである。


彼女が貴族の権力を振りかざすようなタイプではないのは重々承知しているが、どこから情報が曲がって伝わるか分かったものではない。


ちょっとしたきっかけで権力が施行させることは多々ある、念には念を入れておくべきであろう。


「あれ、レインさま?」


そうこう考えているうちに、マリンとアリシエールが脱衣室から姿を現した。


マリンはいつものようにメイド服に着替えていたが、アリシエールはクレスト家から貸し出した浴衣を身につけていた。普段見せない姿だからか、アリシエールは照れくさそうに頬を染めている。


「レインさま~? 脱衣室の前で女性を待つなんて少しイヤらしいですよ~?」


「えっ、そういうものなのか?」


楽しげな笑みを浮かべるマリンに対して、真顔でそのまま返してしまうレイン。対人関係に乏しいレインからすれば、初めて知る情報だった。


「あっ、もしかして本当は一緒にお風呂入りたかったんですか? 言ってくれれば私はいつでもウェルカム状態でしたのに」


「こらマリン、そういう言い方したらストフォードさんが困ってしまうだろ」


「……っ」


マリンの発言に動揺するのはレインではなくアリシエール。何か言おうとして口をまごつかせているが、やがて覚悟を決めたように二人に向かって言う。


「あ、あの、お二人は、普段から一緒にお風呂に入られてるんですか……?」


二人のやり取りから朧気に察することの出来る状況。


聞くべきではないと思いつつも、アリシエールはその好奇心を捨てることはできなかった。


勇気を振り絞って投げかけたアリシエールの質問は、特に緊張感が走らないまま、あっさりマリンから返答される。


「一度もないですよ。私は何度もレインさまをお誘いしているのに」


ぷんすか不満げに語るマリンを見て、アリシエールに最初に訪れた感情は安堵だった。


信頼し合っているとはいえ、結婚しているわけでもない年頃の男女がお風呂に一緒に入っているのが一般的であったら、アリシエールの常識は呆気なく崩壊してしまう。


そういう意味でなんとか安心できたアリシエールだったが、



「いやいや、俺は一度も断ってないぞ。嫌がるのはいつもマリンじゃないか」



――――レインの衝撃的な発言に、思考が停止してしまう。


レインとマリンの言い分が合っていないのは些細なこと、アリシエールはマリンの申し出をレインが了承していることに驚きを隠せなかった。



――だが、マリンの返答によってアリシエールは再度認識を改める。



「それはそうですよ、『入るなら家族全員だ』なんて。さすがにリゲルさんにまで身体を晒すことはできません」


「それだとリゲルが可哀想だろ、仲間外れみたいで。俺は同じ理由でリゲルともお風呂は入ってないんだから、マリンもしっかり受け入れなきゃダメだぞ?」


「むう、とりあえず今は引き下がります。ですが私は諦めません、レインさまのお背中を流すのが私の一つの夢なのですから!」


決意を声高らかにするマリンに、溜息を隠せないレイン。


そんなレインを見て、アリシエールは微笑ましい気持ちに満たされた。


レインとマリンは主従の関係であるはずだが、そんなことを感じさせない程に仲が良く、信頼が厚い。


家族としてお互いを受け入れる程度となれば尚の事である。


自分がこの学院に来た理由を思い返して少々気落ちしてしまうが、今は目の前の明るい雰囲気に心が溶け込み、口元が綻んでしまう。


そして思わず、声に出してしまった。



「本当に仲が良いんですね、レインさんたちは」



――先ほどまで練習していた、その呼び方を。



「あっ、今レインさんって呼びました〜?」



ここぞと言わんばかりにマリンが食いつき、そこでようやくアリシエールは自分の発した言葉を理解した。


反射的に口元に手を当てるが、時すでに遅し。


「ち、違います、これはさっき……!」


「あれ〜、皆さんお集まりっすか?」


急いで反論を試みるアリシエールだったが、それを遮るように横槍が入る。


風呂を堪能したザストが、クレスト家の浴衣を身にまとって現れたのである。


「リゲルは?」


「浴槽のお湯を抜いたり掃除したりしてる、もうすぐ出てくると思うよ。それよりどうしたの、なんか盛り上がってたみたいだけど?」


「え、えっと、それは!」


アリシエールが事情を話そうと先行したが、今度はマリンに阻まれてしまう。


「アリシエールさまがレインさまを名前で呼ばれていたので、仲がよろしいなと思ったんです」


「えええええ!? ずるい、なんでレインだけ? 俺は!? 俺はどうなの!?」


「あ、あぅ……」


分かりやすいザストの反応に、アリシエールは顔を真っ赤にして縮こまってしまう。自分の失態とはいえ、どうしてここまで発展してしまったのか。


だが、興奮気味のザストの攻撃は、ここでレインに飛び火する。


「というかレインもだ! いつまで俺たちを家名呼びするんだよ? 友達でチームだろ、ちゃんと名前でコミュニケーションを取ってほしいもんだね」


ザストの指摘は、想像以上にレインの虚を突いていた。


相手を家名で呼んでいたのは、無意識ではない。相手との距離を明確にするため、それ以上親しくするつもりはないと示すために入学式前に決めていたことだった。


だが、二人の友人を自分の家に連れてきておいて、親しくするつもりはないというのは馬鹿げた話である。戦闘訓練で負けられないという名目はあるものの、二人がただのクラスメートであれば、家に連れてくるという選択肢はなかったであろう。


少なくともこの二人に対しては、今更距離を気にする必要はないのかもしれない。


ザストの言うように、友達であり、チームであるのだから。


「それもそうだな、じゃあザスト君とアリシエールさん、今からこう呼ぶよ」


レインが逡巡なく二人を名前呼びしたことにより、ザストとアリシエールはあからさまに面食らってしまう。


「……どうした?」


「いや、こんなにあっさり俺の要求を呑むとは思わなかったからさ」


「あっさりじゃなくていろいろ考えた上だったんだけど」


「そっか、そういうことならオッケーだ! あっでも、『君』はいらないから。俺もレインに付けてないし」


ニコニコと訂正した内容は実にザストらしいものだった。


敬称などいらない、あくまで自分たちは対等なのだと言わんばかりに。


「分かったよザスト、改めてよろしく」


「おーおーいいねいいね、これぞ友達って感じがするな!」


満足げに声を漏らすザストを見て、レインの視線はアリシエールへ移る。


「呼び方はさっきのでいい?」


そう言うと、アリシエールは挙動不審に視線を彷徨わせ、やがて恥ずかしそうに言葉を紡いだ。


「私も、その……ザストとさんと一緒で、名前呼びで……」


意外なアリシエールのお願いに、今度はレインが目を丸くしてしまう。


「いいの?」


「はい! 実はその、同級生に敬称を付けられるのはくすぐったい感じがしていたので。できればでいいのですが……」


身を縮ませて縋るように見上げるアリシエールの姿は、小動物のような愛らしさがあった。


こんな風に頼まれてしまっては、断る理由は勿論ない。


「じゃあこれからはアリシエールって呼ぶよ、俺のこともさんは抜いていいからさ」


「それは無理です! 難易度が高すぎます! せめて、後3年はレインさんで慣れさせてください!」


「う、うん。そこまで言うなら強制はしないけど……」


尋常じゃない速度で首を左右に振られ、思わずたじろいでしまうレイン。自分はまったく苦にならなかったが、敬称を外すというのはなかなか勇気がいるようだった。


「あ、アリ、アリシエール…………さん、ダメだ! さんを取るなんて俺にはできないっ!」


そしてここにも、敬称を取るのに苦労している人間が一人。頬を赤らめて悔しそうな声を漏らすザストは、極めて新鮮だった。


「いえいえいいんです! 私もさんを取ってお呼びできませんし!」


「そ、そうだよね!? アリシエールさんも俺をさん付けで呼んでるし、俺がさん付けでも変じゃないよね!?」


「ですです!」


お互いがお互いを助けるように頭を上下に振り続ける二人。リズミカルに身体を動かすその姿は、ある種踊っているようにさえ見えてしまう。


「よかったですねレインさま」


「……どうかな」


そう言いながらも、少し口角が上がってしまうレイン。



この出来事が、少しでも三人の結束に繋がればいいと思うのであった。


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