4話 入学式
リエリィーから説明を受け、Bクラスは現在大講堂の前で待機していた。中では教員や在校生、七貴隊がいるようで、合図があってから中へ入っていく形を取るようだ。とはいえその合図を受け取るのはBクラスの前で待機するAクラスであり、BクラスはAクラスの後に続く形になるのだが。
「なあレイン、姫様ってどのくらい綺麗なのかな」
この待機時間がもどかしいのか、静かに我慢できないザストがレインへ声をかける。
「顔くらい見たことあるだろ」
「そりゃスクエア通して見たことはあるけど直接見るのは初めてなんだよ! かぁ、こんなにドキドキするお目通りなんて体験したことないぜ」
「大袈裟だな」
一応気を遣って声のボリュームを落としてくれているザストだが、周りが無言のため嫌でも目に付く状況である。教室集合のタイミングといい、変に注目を集めているようでレインも辟易していた。
しばらくすると前にいるAクラスが少しずつ前方へと移動していった。どうやら大講堂から中へ入るよう合図があったようだ。リエリィーから「俺の後に続いて、並んでいる椅子に座ってけ」と指示を受け、レイン達も順に大講堂へと足を進めていく。
中へ入ると、大きな拍手と温かい視線がレイン達を迎え入れてくれていた。
大講堂の入り口は二階、細い通路と階段が等間隔で並んでおり、その間に椅子が敷き詰められている。軽く振り向けば、後方にも椅子が並べられており、大多数の人間を収容できることが確認できた。おそらく全校生徒がこの講堂内にいるはずだが、それでも空席は多く残っており、改めて講堂の広さを再確認する。
レインは、両端から拍手を向けられるのを感じながらゆっくり階段を下り、ステージから最も近い空席――新入生用の椅子まで歩いて行く。
ステージの脇には長机が置いてあり、そこに座る二人の生徒と一人の大人にはレインも見覚えがあった。
Bクラスが全員講堂内に入り、リエリィーの合図で同時に席に座ると、拍手が徐々に止み、ステージの長机のある逆側にライトが向けられた。そこには学院の教員と思われる男が立っており、小さな紙に一度目を通してから、レイン達と視線を向けた。
「開式の辞。ただいまより、アークストレア学院の入学式を執り行います」
一呼吸置くと、ステージの男性は小皺の入った頬を少し緩めた。
「新入生の皆、ご入学おめでとうございます。今日という日を迎えられたこと、教員を代表してお祝い申し上げます」
教員の言葉にレイン達は軽く頭を下げて対応する。この広い講堂の中、司会の話以外何も響かない式典。その厳かさを、レインは身を以て感じ始めていた。
「本日は学院長不在のため、まず初めにご来賓代表よりご祝辞を頂戴したく思います。『七貴隊』ローラルド地方北部隊長、アギレア・クロディヌス様、よろしくお願いいたします」
そして、長机の後ろの座る男性が立ち上がる。一度同席の一人に頭を下げてから、ステージ真ん中にある教壇の前に立ち、再度大きくお辞儀した。
「ご紹介預かりましたアギレア・クロディヌスです。学院長ご不在とはいえ第一にご挨拶させていただくというのは大変恐縮ではありますが、皆さんご入学おめでとうございます」
七貴隊、ミストレス王国が誇る戦闘能力に長けた部隊。その一地域を任されている隊長こそが、目の前にいるアギレア・クロディヌスだ。年齢が三十代の彼は七貴隊隊長の中では若い方であり、期待されていることもあってか王城のあるローラルド地方の北部の警護を任されている。アークストレア学院の生徒からすれば、憧れの存在とも言えるだろう。
「あまり話が長くなっても眠くなってしまうだけだと思いますので、私が初めから言おうとしていたことだけ言いますね」
そう言って後頭部でまとめた薄紫の長髪を揺らしながら新入生に目を向け、アギレアは言葉を発する。
「決して、義務から七貴隊を目指すのはやめてください」
講堂内が初めてざわつくのをレインは感じたが、その原因を作った張本人は話を止めることなく快活に進めていく。
「あなた方はまだ若く、経験に乏しい。それなのに、家の事情とか貴族の誇りだとかを気にして視野を狭める必要は無いのです。七貴隊や護衛の仕事以外にも、探検家やサーカス、研究者などセカンドスクエアを生業とした職業は多く存在します。あなた方には是非、この学院生活で多くを経験して、自分に合った道を見つけてほしいと心の底から願います」
七貴隊隊長から出た七貴隊否定発言は、決して否定的な理由からではなかった。何者にも縛られず、己の赴くままに自身の道を定めてほしいという、人生の先輩による助言からであった。
「ということで、簡単ではありますが先の言葉を以て新入生64名に送る祝辞とさせていただきます。皆さんのご活躍、心より期待しております」
アギレアが頭を下げると、レイン達が入場する時以上の拍手で講堂が埋め尽くされた。在校生にとっても嬉しい祝辞であり、現在の状況はある意味当然の帰結である。沈みがちだったBクラスの生徒の目にも光が宿るようで、改めて前線で働く人の言葉の重みというものを理解するレインだった。
「アギレア様、ありがとうございました。続きまして、在校生代表の言葉です。学年ごとに一名ずつお言葉を頂戴いたします。それでは、三年の代表にして我がミストレス王国の王女、フェリエル・ミストレス様、よろしくお願いいたします!」
司会の言葉と同時に、ステージの袖に隠れていた鎧をまとった兵士たちがステージから下り、ステージの両端と階段の途中でその足を止めた。アギレアのときにはなかった厳重な警備、それこそが今からステージ中央に立つ女性の偉大さを講堂中に伝えている。その女性――フェリエル・ミストレスは、「さて」と言葉を紡ぐと、透き通るように美しい銀髪をその指で揺らし、青の双眸を後輩へと向けた。
「初めに断っておくけど、私がこの場を任されているのは私の身分故でないこと、理解しなさい。私がこの場に立つ理由はただ一つ。最終学年の中で、いえ、この学院において私が最も強いということに他ならないからよ」
後輩への祝辞など述べることなく己が存在を誇示するフェリエルに、講堂が凍り付くのをレインは感じ取った。あからさまな姫君からの挑発めいた言葉に、一触即発しかけない鋭い怒気が飛び交うが、当の本人にはまったく気にする様子はない。
「アギレアには悪いけど、強さこそが全て。勝つことこそが正義。それを理解できないようじゃ、例え運良く学院で生き残れても、外に出ればあっという間に死んでしまうでしょうね」
フェリエルがニヤリと意地悪な笑みを浮かべると、アギレアは苦笑しながら後頭部を搔いた。まさか自分の祝辞が自身の仕える王女の手によって真っ向から否定されるとは思いも寄らなかったのだろう。
「だから私が言いたいのはただ一つ、己を磨き続けなさい。がむしゃらに、泥臭くても構わない。苦しくても鍛え抜くことで、ようやく自分自身を信頼できるようになる。今の私なんてまさにそう、民に守られるのではなく、民を守れるほどに強くなった。これこそが、ミストレス王国王女のあり方なのだから」
そして最後に、新入生だけでなく在校生にも目を配ると、再度挑発するように右手を軽く挙げた。
「もし私に模擬戦を挑みたいというなら、気軽に申請しなさい。私に勝つようなことがあれば、国王へのお目通りを取りはからってもいいわ。男子なら私の婿候補にもなり得るわね」
「フェリエル様! それは!」
「以上。私はほとんど学院にはいないけれど、最終学年を楽しませてもらうわよ」
そう言い残すと、フェリエルは先ほど座っていた場所に戻ることなく優雅にステージを下り、階段をゆっくり上がっていく。一度新入生へと目を向けると、ニヤリと微笑んでから大講堂の外へと出て行ってしまった。その奔放さは、護衛する兵士達が慌てて追いかけるほどである。
「えー、フェリエル様ありがとうございました。続きまして、二年代表、エストリア・ロードファリア」
「はい」
姫君の行いによって騒然としてしまう講堂だったが、すぐに司会が進行し軌道を修正する。呼ばれた白髪の女生徒は、アギレアにお辞儀をしてからステージ中央に向かい、優しい笑みを浮かべてからもう一度礼をした。
「皆様、ご入学おめでとうございます。二年代表のエストリア・ロードファリアです。私がこの場をお借りして伝えたいことは、学院で学ぶのはスクエアについてだけではないということです」
柔らかく穏やかな口調で話すエストリア。疑念無く聞き入る生徒からすれば落ち着いた雰囲気の先輩という風に映るのだろうが、彼女の真意にすぐさま気付いたレインからは、冷や汗が流れ始めていた。
「コミュニケーションや集団生活といった、学院を卒業した後も必要になる能力は多々存在するのです。学院には、それらを培うための行事も計画されております。ですので、スクエアを鍛えるといった目的のみに溺れることなく、学院生活全体に励んでいただければと思います。短いですが、これにて私からの祝辞とさせていただきます。ご静聴ありがとうございました」
丁寧なお辞儀の後、エストリアを包み込む多くの拍手。前の姫様のスピーチが衝撃的なものであったため、エストリアの祝辞はさぞ気持ちよく新入生の心の中へ入ったことだろう。
そんな中、レインは素直な笑みを浮かべることできずにエストリアへと目を向ける。
力が全て、鍛えることに念頭を置いてほしいと言ったのはミストレス王国の王女、フェリエル。ミストレス王国に住む人間として、暴力的な物言いとはいえど、その言葉に重きを置くのはなんら不思議なことではない。
だが、王女から賜った言葉を前にして、『鍛えるだけではダメ。学院生活全体に励め』と、直後に念押しをしたエストリア。穏やかな話し方で緩和されたものの、真っ向から王女の言葉に反抗した事実が、レインにはとても恐ろしく感じられたのだ。
「おっかないな」
学年代表二人の正反対とも言える主義主張の違い、それを堂々と言ってのける環境。レインは思わず、誰にも聞こえないようそう漏らしてしまうのだった。