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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
2章 七貴舞踊会のフィナーレ
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18話 ようこそクレスト家へ

「なあレイン、さっきは悪かったよ」


「え?」


村から再出発して一時間弱が経過した頃、ザストが深刻そうな面持ちでレインに言った。


移動の疲れもあり、ザストもアリシエールも眠っていたはずだったので、レインとしては不意をつかれた感覚だった。


「悪い、さっきって何のこと?」


「村でのこと、俺が飛び出そうとした時止めてくれたじゃん」


「ああ、でもそれって謝るようなことないと思うけど」


そう言うと、ザストが一瞬言葉に詰まり、アリシエールの穏やかな寝息と車輪がガタガタ土を踏む音が耳に伝わってきた。


「いやさ、レインも言ってたけど、具体的に何か案があるわけじゃなかったんだ。村の人が苦しそうにしてると思って、それだけで飛び出そうとした。飛び出す前より状況が悪くなる可能性も考えずに」


そう言うと、ザストは膝を抱えるようにしてその場で蹲った。


結果だけを見るなら、村人は無事で、問題は解決されたように見える。


だがザストには、ここまで思い悩むような理由があるのだろう。


それを追及することはできないが、友人としてフォローを入れることはできる。


「もしあそこで」


「えっ」


「もしあそこで、村の人が窒息死させられていたら、それでも俺やリゲルが正しかったって言えるかな?」


困ったような笑みを浮かべて話すレインに、ザストの表情が固まる。それほどまでに、思いがけない言葉だったのだろう。


「それに、仮に村の人が窒息させられても、俺は絶対に動けない。リゲルを向かわせることはできても、俺自身は何もできない。そういう風に俺は()()、動けなくなった」


「レイン……」


「だから俺は君が間違ってるなんて思えない。例えカスティール君の勇敢さが間違いだとしても、無駄に慎重な俺がフォローできればいいと思う。これが俺の見解だ」


紛う事なき自分の思いをレインは伝えた。


積極性に富んだザストを自分が補うことができれば、より多くのことができるようになる。


一人ではダメでも、二人ならなんとかなる。二人でダメでもアリシエールもいる。少なくとも今はチーム、自分にない部分はお互いにフォローすれば良い。


「そうだな……うん。それなら問題ない」


沈み込んでいたザストの表情に光が差す。どうやら、村での出来事はうまく自分の中で昇華できたようだ。


それと同時に、一定のリズムで動き続けていた馬車が止まる。慣性で身体が揺さぶられ、アリシエールも目を覚ましたようだった。


「えっ、あっ、私寝てました!?」


「長時間の移動だからね、少しでも疲れが取れたなら良かったよ」


「あっ、あっ、すみません……お見苦しいところを……」


両手で顔を覆いながらモジモジ呟くアリシエール。よく見ると、耳まで真っ赤になっている。人前で眠ってしまったことが恥ずかしかったのだろう。


レインはザストと顔を合わせたが、フォローに入るとさらにアリシエールが赤面するような気がしたため、さっと流すことにした。


「レイン様、おそらくすぐにマリンが出てくると思いますので、少々馬車の中で待っていただいてもよいですか?」


「了解、タイミング良く出てこればいいんだろ?」


「お察しいただけて何よりです」


レインたちに一声かけると、歩きながら馬を引いていくリゲル。外は暗く状況が分かりづらいが、馬車を止めに行くようだ。


すると――――



「ああ!! やっと帰ってきました!!」



女性の大きな声が、馬車の中まで浸透してきた。相も変わらぬ様子を窺えて、レインは思わず頬が緩んでしまう。


「ちょっとリゲルさん、こんな時間まで何してたんですか!? もっと言えば昼前から屋敷を空けて! しかも夕食の下ごしらえだけ済ませて後は丸投げって、クレスト家の執事失格です!」


「失格かどうかを決めるのはレイン様だぞ?」


「レイン様がリゲルさんを失格なんて言うわけないじゃないですか! だから代わりに私が言ってるんです!」


リゲルに怒濤の攻撃を仕掛けるメイド服の女性は、相当お冠の様子。どうやら彼女は、レインが予めリゲルに頼んだように、リゲルがどうして帰宅が遅かったか知らないようだ。


「悪かった。でも一人でなんとかしたんだろ?」


「先ほど掃除を終えたばかりです! 私やリゲルさんの部屋はともかく、レイン様が利用される可能性がある場所は常に清潔ですよ!」


「いや、自分の部屋も掃除しろよ……」


「そんなのどうだっていい……ってなんで私が説教されてるんですか!? 全部私に任せっきりのリゲルさんが悪いのに!」


「だから悪かったって、こう見えてちゃんと反省はしているぞ?」


「どう見たら反省してるように見えるのか……というかこんなに大きな馬車、何に使ったんですか?」


少し冷静さを取り戻してきたメイド服の女性が、リゲルが引く馬車に目を移す。どうやらリゲルは普段、複数人が乗れるような馬車で移動はしないようだ。


「そうだな、マリンのご機嫌を取らなきゃと思ってな」


リゲルのその言葉で、レインは自分の出番がすぐそこまで差し迫っていることを知る。メイド服の女性――――マリンがどういった反応をするかは、恥ずかしながら理解している。


マリンは、ご機嫌という安易な言葉に頬を膨らませて怒りを表現する。


「もしかしてリゲルさん、私がものに釣られると思ってるんですか? 長年一緒にいるのに、私のことを何にも理解してないんですね」


はあ、と額に手を当てながら大きく溜め息をこぼすとマリンは右手を胸元に添えて強く主張した。


「私のご機嫌を取りたいというなら、レイン様をここに連れてくることです! それなら今日のことだって水に流してあげてもいいですよ? まあそれはさすがに難しいでしょうから、レイン様の私物を私に渡す……という……方法も……あって……」


ハキハキと思いを述べていたマリンの言葉が、後半途切れがちになる。


目の前の光景が信じられないと言わんばかりに、目を見開くマリン。


無理もない。しばらく帰ることができないと言っていた自分の主が、馬車から姿を現したのだから。


「久しぶりマリン、元気そうで安心したよ」


「レイン様……?」


「うん、ちょっと事情があって、早めに戻ってきた」


レインとの会話を続けるにつれて、目許に滴が溜まっていくマリン。


「わ、私、聞いてないです」


「俺からリゲルにお願いしたんだ、マリンのこと驚かせたいからって。目論見は成功かな?」


「成功も何も、私まだ信じられなくて……レイン様がこんな近くにいるなんて」


「正真正銘俺だ、一ヶ月合わないうちに顔忘れちゃったか?」


冗談交じりの物言いに、マリンを大きく首を左右に振る。


そして少しずつ、目の前の現実が実感できてきたようで、


「……レイン様、思い切り抱きついてもいいですか?」


昂ぶる気持ちを抑えるように、声を震わせながらマリンは請う。


どんなに強い思いでも、断られてまで実行に移すことはできない。マリンは薄皮一枚分の理性でなんとか踏みとどまろうとしていたのだが――――



「そんなこと聞かなくたって抱きつくくせに。ほら、これでいい?」



――――レインが微笑みながら両手を広げるものだから、マリンを制御するものは一切なくなってしまった。


顔をくしゃくしゃに歪ませてから、マリンはすぐさまレインとの距離を詰める。


「レイン様ああああ!!」


「おっとっと!」


勢いよく抱きついてきたマリンに一瞬戸惑いながらも、しっかりその身を受け止めるレイン。自分より年上のマリンだが、こうも惜しみなく感情を露わにされると、姉というより妹のように接してしまう。


だが、これこそがクレスト家のメイドであるマリンであり、レインの大切な家族の一人である。


「おわわ、随分と大きな声が響いたと思ったら……」


「えっ、あっ、あの、私たちお邪魔だったでしょうか?」


マリンを宥めている途中で馬車から降りてきたザストとアリシエール。その場の光景を見て、なんとも居づらそうな表情を浮かべていた。


「おいマリン、レイン様のご学友だ。いい加減泣き止んで……」


「ふえええええレイン様あああああ!」


「聞いてないし、はあ……」


リゲルが場を沈めようとするが、感情が収まらないマリンに為す術なく頭を抱えてしまう。


いつものクレスト家。いつもの執事とメイド。


――――だからこそ、タイミングとしてはこれ以上ないだろう。



「二人とも、ようこそクレスト家へ」



未だ戸惑いを隠せない二人へ、レインは自分の家と家族をにこやかに紹介するのであった。



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