14話 思いがけない提案
「ちょっとあなたたち! 真面目に考えたの!?」
レインたちが作戦会議を行った翌日の放課後、一年Aクラスの上位6名は空き教室を一つ借り、作戦会議を行っていた。
だが、ギルティアとグレイの話を聞いて、ウルはそう怒鳴らずにはいられなかった。
しかし当の本人たちはどこ吹く風といった様子で、一切聞く耳を持たない。
「しょうがないさ、今回Aクラスが勝利することなんて当たり前。だとしたら、どういう風に勝ちを見せるかに拘るのは必然だ。そういう意味では、僕とギルティアの方針は合っていたようだが」
それどころかグレイは、嬉々として自分の話を進めていく。言葉通り、Bクラスに負けるなど微塵も思っていないのだろう。
「一緒にしないでくれグレイ。ぼくは君と違って対戦訓練もBクラスも舐めているわけではない。Aクラス全体の向上を考えれば、これがベストだと思っただけだ」
「奇麗事を並べようが根本的には僕と変わらないさ。まあどうしようが君の勝手だけどね、勝ちさえすれば」
「何勝手に話を終わらせようとしてるの! 百歩譲ってギルティアはいいとして、グレイは再考しないとダメよ!」
納得のいかないまま話が執着しそうだったのを元へ戻すウル。ルールに則って動いているギルティアとは違い、グレイのはあまりに常識から逸脱している。これをそのまま許すわけにはいかない。
「どうして君の許可が必要なんだい? これは既に決定事項だ、覆ることなんてないよ」
だが当然、グレイが他人の意見をまともに聞くはずもない。自分が正しいと信じて疑わない、それこそがグレイ・ミラエルなのだから。
「……っ、あなたはどうなのジワード! こんなの、ふざけていると取られたっておかしくないわよ?」
ウルは、聞く耳を持たないグレイからジワードへと標的を変える。
無効試合になったとはいえ、ジワードはBクラスのレイン・クレストに模擬戦にて敗北を喫した経験がある。それを考えれば、こんなふざけた提案を容認するとは思えなかった。
「グレイと一緒だ。今の俺には油断も隙もない、負けるなんてあり得ない、例え相手がレイン・クレストだろうとな」
しかしながら、沈黙を貫いていたジワードはグレイを肯定するようにそう告げた。
最後の一言に、強い思いを込めて。
「心配はいらないさ。レインは確かに気味の悪い存在だけど、誰かと同調して動けるタイプではない。足を引っ張られるか、もしくは足を引っ張る羽目になる。僕らがいつも通りなら、負けるような相手じゃない」
グレイは決して慢心することなく、レイン・クレストを分析する。一対一の争いならともかく、団体戦で力を発揮できる人間ではないと、そう踏んでいるのであろう。
「とはいえ油断できる相手じゃない。隙を与えれば一気にそこを突いてくる怖いタイプだ。僕らの心配は結構だが、君たちこそ問題ないのかい?」
グレイの見つめた先に居るのは、話を聞いているのかいないのか、ウトウトと舟を漕いでいる少女が一人。
「今回のルールだとイリーナの技術はほぼ使用不可能だ。うまく立ち回らないと痛い目を見るのは君たちだと思うけどね」
グレイの容赦ない物言いにウルとミレットは息を呑む。グレイの言うとおり、Aクラス学年2位たらしめたイリーナの能力は、残念ながら今回の対戦訓練において活かされることはない。
とは言うものの、ウルもミレットもイリーナという人間のことはここ一ヶ月で充分に理解できている。彼女の力は、言葉だけ計れるようなものではない。
「ふぁあああ、心配いらないよ皆。リナが頑張れば敵なんていない。そういう風にできてるんだから」
眠たげに欠伸混じりに答えるイリーナを見て、室内の雰囲気がゆっくりと穏やかなものへと変わっていく。
これ以上、話すことはない。
「話は終わりだ。後はBクラスに負けないよう、鍛錬を積むだけだ」
ギルティアの合図で、各々チームに分かれて鍛錬を開始していく。
例え相手が自分たちより劣っていようとも関係ない、ただ当たり前のように鍛錬を重ねてその日を迎えるだけ。
そして、圧倒的な勝利を修める。それだけ。
Bクラスに立ちはだかる壁は、限りなく高い。
―*―
時を同じくして、グレイたちとは別の空き教室を借りていたザストチーム。
方針も決まり順風満帆に進んでいるように見えたが、レインは一つだけ頭を悩ませていた。
「どうしたよレイン、そんなヤバそうな顔して。アニマの実験なら成功したし、後は鍛錬するだけじゃないのか?」
ザストから声をかけられるが、レインの表情が晴れることはない。それどころか、厳かな剣幕でザストへ視線を向ける。
「昨日も言ったけど成功はしてない。空き教室内では高位置での実験ができてない。それとアニマってフレーズはあまり出さないでほしい、少しでも悟られたらアウトだ」
「分かってるって、そんな怖い顔するなよ。しかしバレないように実験なんてここじゃできないぞ、闘技場使おうものなら誰かに必ず見られるだろうからな」
「……それなんだよな」
レインたちの作戦に組み込まれるアニマの実験は、初歩的な第一段階はクリアした。
しかしながら、空き教室内ではプリーバードを高く飛ばすことができない。そのため、確実に実験が成功したとは言えない状況なのである。
この状況で本番を迎えるのは避けなければいけないが、良案が思い付かない。最悪、方針を変えなければいけない。レインにとっては思いがけない落とし穴であった。
「あの、間を割って恐縮なんですが」
レインとザストが頭を悩ませていると、一人で鍛錬を続けていたアリシエールが浮かない表情で二人に声をかけた。
「恐縮ってそんな、どうしたの?」
「えっと、ただの確認なんですが、明後日も集まって鍛錬ってことでいいんですよね?」
「明後日?」
「はい、学院はお休みですので」
アリシエールに言われて思い出すレイン。対戦訓練をする前に2連休を挟むようだが、対戦訓練参加者は当然休んでいる時間はない。最終調整をするための休日となるだろう。
「……休日、そうか!」
一つだけ、誰にも知られずに鍛錬をする方法をレインは思い付いた。個人的なリスクは伴うが、ザストやアリシエールなら問題はない。
「どうしたんだレイン?」
「いや、二人は休日帰省するのかと思って」
レインの問いに、アリシエールは戸惑い、ザストは大きく溜め息をついた。
「おいレイン、直前の会話聞いてたか? 休日は鍛錬しようと思ってたんだから帰るわけないだろ?」
「あっ、でもカスティール君の予定は分からなかったし」
「帰りません。お前と同じで一度も帰ったことないだろうが」
「そうか。二人とも帰らないんだな」
それならばと、レインは自分が思い付いた鍛錬方法を公表した。
「じゃあ二人とも、明日の終礼後に俺の家に来ないか?」
「「……はい?」」
思いがけない提案に目を丸くして固まるザストとアリシエール。予想外すぎて、頭がすぐについてこなかった。
「俺の家なら誰かにバレることもないし、安全に鍛錬を積むことができる。移動はちょっと大変だけど、しかも泊まりになるのか、あれ、もしかしてあんまり良くないか?」
「「行く(行きます)!!」」
少しずつ不安になってきたレインの考えを吹き飛ばすように元気に答えるザストとアリシエール。
「あっ、いいの?」
「いいも何も、めちゃめちゃ楽しそうじゃねえか! 鍛錬合宿ってやつだな、行く以外あり得ないだろ!」
「わ、私も! 現状を打破できるならこれ以上ない提案です! ご迷惑かけないようにしますので、よろしくお願いします!」
「そ、そう。それなら良かったけど」
「まさかレインからそういう提案が出るなんて思わなかったぜ、明日が超楽しみだ!」
二人のテンションが上がり、提案しておきながらついて行けなくなるレイン。
レイン自身冷静になってみると、こんな提案をしたことに自分で驚いていた。
「……しばらく帰らないつもりだったんだけどな」
「何か言ったか?」
「いや、何でも。休日の予定も決まったことだし鍛錬の続きだ」
「はい!」
不思議な鍛錬合宿と、一ヶ月ぶりに家族に会えることに自然と頬を緩めながら、レインは二人と鍛錬を再開するのであった。