12話 サードスクエア
「それでは、本日の授業を始める。前回も言ったように、今日も座学だ」
アリシエールをチームに引き入れたその日の第一講義は、ゴルタの座学であった。
「今回は『サードスクエア』についてお前たちに伝えたいと思う」
その言葉に、何人か身体の動作を止めて、息を呑んだ。
分かりやすい反応を示す生徒たちを見て、ゴルタは苦笑する。
「言うまでもないが、サードスクエアはお前たちが初めて知る技術だ。そういう態度で授業に臨んでくれ」
不思議な言い回しをするゴルタだが、それには大きな理由がある。
サードスクエアは原則、学院で既習されている場合を除き、16歳未満の人間の使用を禁止されているからである。
そのため、広く知られている技術でありながら、単語を記載している書物はほとんど存在しない。
だが、アークストレア学院に在籍する生徒であれば、内密に鍛錬を行っている場合があるため、ゴルタは妙な言い方をしているのである。
「本当は闘技場を使って実演しながら授業するのがいいんだが、生憎上級生が利用しているから今日は教室でやるわけだが……」
腕を組みながら俯き気味で思案するゴルタは、ふと思いついたように顔をレインへ向けた。
「そうだレイン、これから私が指示を出すから実演してくれないか?」
「はい?」
唐突な提案に、顔をしかめてしまうレイン。自分が選ばれた理由が分かるからこそ、断れないであろうことは察することができた。
「お前のバニスの火力ならこの教室でも許容範囲だろうからな、悪いが付き合ってくれ」
「……分かりました」
指名の理由が案の定で、レインは初めて火力の低さを恨めしく思った。
億劫に思いながらも、レインは立ち上がってゴルタの隣に並ぶ。生徒の視線を浴びながら、ゴルタの講義は再開した。
「サードスクエアは、簡単に言うとイメージを現実に変える力だ。今まで使用していたバニスは、基本的には正面に向かってしか放つことができなかったが、サードスクエアを使うことで、軌道を変化させることができる」
そう言うと、ゴルタが隣に立つレインへ視線を向ける。
「レイン、一度セカンドスクエアを展開してバニスを使用してくれるか?」
ゴルタの指示に従い、セカンドスクエアからウィグのバニスを放つレイン。
「うわっ!?」
火力の低いレインのウィグとはいえ、教室の中心を風が吹き抜け、生徒たちは驚嘆する。髪が乱れたり机の資料が飛んだり惨事に見えるが、レインは気にしないことにした。
「サードスクエアは一度セカンドスクエアを発動させることで、使用することができる。レイン、ウィグを左に曲げるイメージで左手をスライドしろ」
同じく現状を気にしないゴルタが、サードスクエアを使用するための指示をレインへ投げる。
レインが左手で、セカンドスクエアを展開するように左方向へスライドすると、セカンドスクエアに似た四角形のウィンドウが表示された。
そこには、一つだけ内容が書かれており、それをタップするとウィンドウは消えてなくなってしまった。
「今のがサードスクエア、既に放ったバニスかこれから放つバニスにイメージを付与できる力だ。イメージがうまくできていれば、次にレインが放つウィグは左に曲がるはずだ。レイン」
ゴルタの指示で、再度セカンドスクエアを展開するレイン。中央列に座る生徒たちはすぐさま立ち上がって避難しようとするが、まったく待つ様子のないレインは容赦なくウィグを発動させた。
先程と同じように教室の中心を走るウィグだが、後ろの壁にぶつかって霧散するはずの風が、弧を描きながら壁に沿って進み、教室のドアに衝突した。
「おー」という声が生徒たちから漏れ始めた。
「綺麗に曲がったな。イメージ通りか?」
「ですね、曲がってほしいとは常に思ってましたので」
あくまで初めて使用するという前提で話すレイン。初っ端からイメージをバニスに付加するのは難しいためゴルタに疑われていそうだが、サードスクエアを使用している根拠にはならないので問題はない。
それはゴルタも理解しているようで、視線をレインから生徒に戻して話を始める。
「これがサードスクエアだ。単体では意味を成さないが、セカンドスクエアの幅を大きく広げてくれる力になる。例えバニスの火力で劣っていようとも、サードスクエア次第で如何様にも戦うことができる」
「先生、一つ気になった点があるんですけど」
区切りのいいタイミングで手を挙げたのは、ザストだった。
「どうした?」
「その、サードスクエアって難しいですよね?」
「そうだな。お前たちのイメージに連動してサードスクエアに記述されるわけだが、いろんなイメージを持ちながらサードスクエアを展開すると、記述が何行にも渡って記載されることになって、どれを選べばいいか分からなくなるからな」
「ですよね、俺もそう簡単に習得できないと思うからこその疑問なんですが」
そう言うと、ザストは真っ直ぐゴルタと目を合わせた。
「どうしてサードスクエアは16歳になるまで使用しちゃダメなんですか、早い内から慣れておいた方がいいと思うんですが」
「成る程、いい質問だ」
サードスクエアを知る者が一度は思う疑問をザストがぶつけると、ゴルタは一瞬頰を緩めてすぐに引き締めた。
「これはセカンドスクエアに大きく関わってくることだが、ザスト。お前はセレクティアをいつ読んだ?」
「セレクティアですか、10歳になってすぐですかね」
「だな、早いと9歳で挑戦する者もいるが一生が懸かっていることだ、大多数が10歳で読んでいることだろう。そして覚えたバニスは、何度も使用することで火力が上がっていく。ピークは覚えてから15歳程度だそうだ」
「……それが何か関係あるんですか?」
サードスクエアを禁止する理由と繋がらないザストは、分かりやすく首を傾げてしまう。
「それともう一つ。サードスクエアを覚えた人間は、魅せられたようにサードスクエアを鍛錬するようになる。当然だな、真っ直ぐしか飛ばなかったバニスが自分の思い通りに動くんだ。楽しくて続けてしまうのだろう。だが、サードスクエアもセカンドスクエアと同様、使用すれば疲労が溜まっていく。疲労が溜まればもちろん、セカンドスクエアは展開しなくなる」
「そうか、分かった!」
事細かにゴルタが説明したところで、ザストも同様の理解を得た。
「サードスクエアを使用してしまう分、セカンドスクエアが使えなくなるからですね」
「その通りだ。そうなれば、一番の伸び盛り時期にセカンドスクエアを使用する回数が減り、バニスの火力が必然的に上がらなくなってしまう。国としてバニスの火力低下は大問題だからな、だからこそサードスクエアの使用は禁止されている」
「成る程、滅茶滅茶納得しました」
「それはよかった。理解するのとしないのとでは、取り組みに差が出るからな」
「先生、それだと別の疑問が出るんですがよろしいでしょうか?」
気持ち良さげな表情を浮かべるザストとは対照的に、不満げな表情で質疑を重ねたのはテータ。
「それならそうだと説明すればいいのではないでしょうか。何も言われずに禁止にされても、有用性だけ考えたらサードスクエアを使いたくなるのが人間だと思うんですけど」
「あっ、そう言われればそうかも。先生、俺まだ納得いってないです!」
テータの言葉にザストが同調すると、ゴルタはゆっくり二度頷いてから回答した。
「説明するメリットがないからだ。逆に聞くがテータ、お前がサードスクエアについて聞くとしたら誰から聞く?」
「えっ、えっと、母か父でしょうか?」
「どういう状況で聞くんだ?」
「もちろん左手を使用してたのを見た時にですね、もしくは自在にバニスを操っている時でしょうか」
「お前が親の立場なら、そこで教えるのか?」
「えっ?」
「子どもの火力低下を招く可能性があることだぞ?」
「……そうか」
ザストのようにスッキリとはいかないものの、テータはようやく納得することができたようだ。
「授業前にサードスクエアを知っている者が仮にいたとして、教わったのは15歳になる前後、バニスの火力の伸びが衰えてきた時のはず。それより前は、『大人になるまで使えない』と言われてあしらわれるのが常だ」
ゴルタの言葉に隠すことなく頷く何人かの生徒たち。どうやら、思い当たる節があるようだ。
「少し横道に逸れてしまったが、説明を聞いたお前たちは自分をうまくコントロールしてサードスクエアを使用できるようにならなければならない。特に、今度の戦闘訓練に参加する者はな」
最後に付け加えられた言葉で、教室が一瞬静まり返る。
わざわざゴルタが強調した意味を、理解できない程生徒たちも馬鹿ではない。
「既に聞いているかもしれないが、戦闘訓練はサードスクエアも使用可能だ。参加予定者は気を引き締めていくことだ」