10話 ルール説明
「とりあえずカスティール君の友達いない問題は一旦置いといて、戦闘訓練がどんなルールだったのか教えてほしい」
「友達いない問題は決して放っておいていいことじゃないけど致し方ない」
レインとザストは、一度空になった食器を片付けてから、ドリンクだけ持ってきて食堂で作戦会議を始めた。
「まずレインに聞きたいんだけど、『プレストラップ』っていう単語に聞き覚えはある?」
「カスティール君からその言葉が出てくると思わなかった。国で開発しているセカンドスクエアを利用した待機型兵器で合ってる?」
「おお! 知ってるのか、それなら話が早いな!」
ザストが言ったプレストラップは、国が開発した技術の一つで、発動したバニスを一時的に保管し、使い手の合図で再度発動させることができる待機型兵器のことを指す。
発動の仕方は、プレストラップを視野に入れた状態でセカンドスクエアを展開すると、他のバニスと同様に項目として現れ、発動することができる。
レインも実物を見たことはないが、薄っぺらい紙のようなもので、大きさも先ほど使っていた食事を運ぶトレイとさほど変わらないとか。
敵の不意をつく多角的な攻めを期待されていたが、バニスの保管時間が伸びず、実用できるのは当分先の話だとレインの読んだ図書には書かれてあったが、ザストの口からその単語が出てきたということは。
「今回プレストラップの試作品ができたようで、学院にもけっこう送られてたみたいなんだ。せっかくの機会だし、それを戦闘訓練で使おうって話になったみたいでさ」
「へえ、それはすごいな」
「だろ? 保管時間を2時間まで伸ばしたから、実践を想定した訓練くらいはできるんだってよ」
そこからザストは、先ほど教員室で聞いた戦闘訓練の詳細を事細かに教えてくれた。
まず、戦闘訓練の場所は、学内ではなく少し離れた場所にある施設を利用するそうだ。
そこに、大闘技場くらいの正方のスペースがあり、それは9つの正方形で均等に分けられている。さらに9つに分けた際に内部に生じる4つの交点に、人が三人は並ぶような規模の立方体が設置されており、視界を遮る役割と、今回はプレストラップの設置場所として機能するようだ。
そして9つの正方形スペースに一定時間以上いると、ペナルティがつく仕組みのようで、露骨な待ち伏せを防ぐ役割を担っている。
以上が戦闘訓練の場所の説明になるわけだが、レインが驚かされたのは戦闘時のルールだった。
「セカンドスクエアで直接相手を攻撃したらペナルティ?」
「そうなんだよ、あくまで攻撃方法はプレストラップのみ。個人のバニスはあくまで補助に徹するわけだ」
プレストラップの試運転を試みるとはいえ、個々人の直接攻撃を禁止にするとは思わなかったレイン。だがこのルールは、火力の高いAクラスの攻撃を制限できるという意味で、Bクラスに非常に有利なものだ。
しかしながら、このルールを採用してしまうと、訓練が成り立たない可能性が出てくる。
「カスティール君、他の攻撃手段はないのか。これでは両者のプレストラップが全て外れたら決着がつかない」
レインの危惧はまさにこのことである。決着がつかない、つまり引き分けということだが、これもまたAクラスに不利な内容だ。Bクラスであれば健闘したという評価になるだろうが、Aクラスであれば周りから叱咤を食らう羽目になるだろう。
つまるところ、Aクラスに有利になる内容があるのではないか、レインはそこだけが気になっていた。
「攻撃手段っていいのか分からないけど、相手のポイントを削る手段はある」
「それは?」
「相手の背中に触れることだ。現ルールだと相手の接近に対して策を講じる必要がないからな、罪人を生け捕る訓練として設けられたルールだ」
「……それ以外は?」
「ないよ。強いて言えばさっき言った同じフロアに一定時間いたらダメってやつだな。このルールなら、俺たちでも何とかやれそうって気にならないか?」
ザストがやる気になっている理由がようやく把握できたレイン。ザストの言う通りなら、このルールはAクラスに有利な要素はなく、Bクラスがやりやすいものとなっている。
それだけ、Aクラスの気合いが入ると言っても過言ではないが。
その後、細かいポイントについてザストは教えてくれた。
開始前に各々100ポイントが与えられ、5分間でどちらが多くポイントを残せるか競うことになる。
プレストラップのバニスを相手に当てた場合、当てられた側のマイナス30点、相手の背中に触れた場合、触れられた側のマイナス10ポイント、個人のバニスを相手に当てた場合、当てた側のマイナス15ポイント、同じ正方形に30秒以上いた場合、10秒毎にマイナス1ポイント、どちらかのポイントが0になった場合と、プレストラップのバニスで相手を気絶させた場合、訓練は終了となる。
この説明を聞いて、レインは真っ先に嫌な戦法を思い付いてしまう。教員側の説明不足の可能性もあるが、それがまかり通る場合、この戦闘訓練は一気に血生臭いものへ変化するだろう。
「どうしたレイン?」
だが、それを今ザストに伝える必要はない。自分たちが一番手でない限り、戦闘訓練の様子を見てからでも遅くはない。
「プレストラップって各チーム何枚割り振られるんだ?」
「確か一人二枚ずつの計6枚のはず、それを指定された場所から選んで貼り付けるって感じだな」
「それって貼り付ける場所が相手と被る可能性があるんじゃないのか?」
「被ったら六ヶ所選び直しだな、相手と被らなくなるまで貼る位置は再検討するみたいだ。詳しくは訓練場で話すみたいだけど」
「じゃあ最後、相手が放ったバニスにわざと当たりに行った場合はどうなる?」
「ポイントの減少はなしだ。その辺りは先生方の裁量に任されるけど、基本的にマイナスにはならない」
「成る程な」
大方のルールは把握することができたレイン。ザストも馬鹿ではない、重要なルールを説明し忘れたなんてことはないだろう。
そうなれば、レインたちは根本的な問題に立ち返る必要があった。
「で、レイン。後一人のメンバーについてなんだけど」
レインが切り出す前に、現状一番の問題について話し始めるザスト。当然と言えば当然だが、考えることは同じのようだ。
「なんというか、俺の心当たりは一人しかいないんだけど、正直その人に頼んで良いものか分からなくてさ。今までの感じだと、そういうのが苦手そうというか、恐縮させそうというか」
今の話だけで、ザストが誰をチームに誘いたいか容易に判断できたレイン。それはきっと、レインが誘うべきだと思う相手と一致したからであろう。
「でも、カスティール君は誘いたいんだろ?」
「もちろん! だから一緒に実技訓練してきたレインに聞きたいんだ、彼女がチームに入っても危なくないか、自衛はできそうか」
その言葉で、ザスト・カスティールという男は相変わらずであるとレインは感心した。珍しく躊躇いがちだった理由も彼らしく、だからこそレインははっきりと言い切った。
「それなら問題ないよ。彼女以上の適役者を、俺は知らない」
その言葉を聞いて、ようやくザストの口元が綻び始めた。
「レインが言うなら間違いないんだろうな、なら後は彼女次第だ」
「ああ。明日一度声をかけてみよう」
「かぁああ、了承してくれたら最高なんだけどなぁ!」
唯一の懸念が消え、誘いたいという気持ちが前面に出るザスト。レインとしても、同じチームとして動くなら彼女以外にあり得ないと確信している。
二人の期待を前面に背負った生徒――――アリシエール・ストフォードが良い返事をするかどうか、二人の懸念はその一点に集約されていった。