9話 友人の頼み
夕食のメニューを選び、先ほどウルと話していた席から離れたテーブルで待機していると、少し遅れてザストが合流した。
「とりあえず二人には挨拶してきたけどよかったのか? ミレットさんはともかく、ウルさんは泣きそうだったぞ?」
一瞬心臓を針で刺されたような痛みが走ったが、レインはあくまで平常心を装った。
「大丈夫だ。それより対応してくれて助かった。ありがとう」
「それはいいんだけどさ……ホントにいいのか? なんか二人とも、レインに対して訳ありっぽい雰囲気出してるんだけど」
遠慮がちとはいえ、素直に引き下がらないザスト。よく周りが見えている上に、思慮深い人間だとレインは改めて思わされた。
だからといって、レインがありのままにザストの質疑に応じることはない。
「別人と勘違いされて困っている。だから多少冷たい態度を取ってしまっている、って言ったら信じてくれるか?」
我ながら嫌な言い方をするものだとレインは自嘲した。こんな言い回しをすれば、ザストがどう答えるかなど分かりきっているというのに。
「信じるさ。お前は素っ気ない奴だけど、悪い奴ではないからな」
あどけない笑みを見せるザストに対して、再び胸を刺す痛みに見舞われるレイン。こんな笑顔を向けられる程、自分は善人ではない。
「例えそれが嘘だとしても、意味のないことはしない。お前はそういう奴だろ」
そう言いながら食事にありつくザストを見て、自分が本当の意味で他人とわかり合える日など来ないのだろうと、レインは再認識させられた。
―*―
「話は変わるんだけどさ、レインに頼みたいことがあるんだ」
二人のトレイから料理がなくなった頃、ザストが難しい表情でそう切り出した。
「正直そんなつもりなかったし、本当は辞退しようと思ってたくらいだ。でも、今回のルールを聞いて、もしかして俺でもイケるんじゃって思ってしまった。そう思ったら、真っ先にレインの顔が浮かんじまってさ、まあ俺の友達が少ないだけかもしれないけど」
そこまで意味ありげに内容を話されてしまえば、レインも容易に頼みたいことを察することができた。
「レイン、今度の戦闘訓練の件だけど、俺のチームに入ってくれないか?」
予想通り、ザストの頼みはAクラスの生徒と争う戦闘訓練のメンバー加入であった。
「七貴舞踊会の参加資格はどうでもいい。ただ、Aクラスに勝てる可能性があるのに、それを放棄するような真似はしたくない。少しでも勝機があるなら、俺はそれに賭けてみたい。そのために、お前の力を借りたいんだ」
真剣な眼差しでレインを見やるザストの瞳からは、普段見せるおちゃらけた雰囲気を一切感じさせなかった。
かつてレインが尋ねた『セカンドスクエアの鍛錬は二の次か?』という質問に対し『勿論』と答えたザストだったが、今の彼はセカンドスクエアで戦う意志を顕著に示している。
自分の言葉を曲げてでも乗り越えたい何かがザストにあるのだとしたら、レインとしても彼を応援したいと思う。
「カスティール君、模擬戦を見ていた君なら分かると思うけど、俺じゃ君の力にはなれない」
――――だからこそ、レインは感情的にならずに自身の無力さを主張した。
「俺は個人で戦えるように磨いてきたものはあるが、チーム戦となれば話は別だ。セカンドスクエアの火力がない俺は、必ずチームに迷惑をかける」
断るための方便ではなく、ザストのことを考えてレインは自分の意見を伝えた。
チーム戦がどういうものかまだ分からないが、チーム戦において一番重要なものはチームプレイだとレインは思っている。だが、チームプレイは個々人の能力が高ければ高いほど洗練されていくものであり、自分の力ではチームプレイを成り立たせることができないとも思っている。
結果、ザストの助けになるようなことはできないという結論に至ったのである。こればっかりは、レインにもどうすることもできない。
そう思って伝えたレインの言葉は――――
「レイン、真面目なお前らしい返答だけど、一つ勘違いしてる」
思いも寄らないザストの物言いに掻き消されてしまった。
「……勘違い?」
「そうだ、確かにセカンドスクエアの火力が高い生徒と組む方が勝率は上がるのかもしれない。だけど俺は、勝てると思う奴とチームを組みたいわけじゃない。一緒に勝ちたいと思う相手とチームを組みたいんだ」
――――その言葉の意図を汲み取れないほど、レインは馬鹿でも鈍感でもなかった。
ザストが組みたいのは、Bクラスでも優秀な生徒というわけではなかった。Aクラスに勝ちたいと願いながらも、彼は彼なりの信念を貫いていた。
「俺がレインと組みたいのは、お前が俺の友達だからだ。それ以外の理由なんてない」
嘘偽りのないザストの思いが、ゆっくりとレインの心へ浸透していく。目の前の友人の笑顔が眩しすぎて、とても直視ができそうになかった。
『分かりました。なら俺は一切首を縦に振りませんから』
リエリィーに放った言葉を思い出し、レインはひどく葛藤する。
戦闘は嫌いだ、必要がないなら一生しなくてもいい。その考えは今も当然変わらない。
だから必要以上に戦いたくないし、模擬戦だって御免だ。戦闘訓練だって、代表だけが行うのであればレインが立候補する理由などありはしない。
だが、これは違う。
戦闘力としてではなく、友達として協力を仰ぎたいと言われて、嫌だと思う人間がどこにいるだろうか。
――――断る理由が、どこにあるというのか。
「言っておくけど、俺の火力は模擬戦で見たとおりだぞ。参謀として頭を使うならともかく、戦うというなら間違いなく足を引っ張るからな」
念には念をと、レインは最終忠告をザストに入れた。勝つことを優先するなら自分が前に出ずとも協力する術はあるとレインは伝えた。
しかしながら――――
「くどいぞレイン。俺は仲良くない生徒に背中を任せるよりは、お前と戦った方がよっぽど安心できる」
――――ニコニコと口を大にして笑うザストに一蹴される。彼がこういうのであれば、レインも覚悟を決めるしかない。
「分かった。俺で良ければ協力する」
「よっしゃあ! さすがベストフレンド!」
嬉しそうに大きく右手で拳を作るザストを見て、レインも悪い気はしなかった。
リエリィーの思い通りに動いてしまっていることだけが心残りではあったが。
「いやあよかったよかった。テータも今回は別チームだからさ、レインがいなかったら一人で参加しなきゃいけなかったぜ!」
「……はい?」
ホッとしたように漏れたザストの呟きに、レインは無性に嫌な感じがした。
レインも知っている事前の情報では、今回の戦闘訓練は3対3。つまるところ後一人のチームメンバーがいないと話が始まらないはずなのだが。
「……カスティール君、もう一人のメンバー、心当たりあるんだよな?」
一抹の不安を覚えて尋ねたレインだったが、ザストが分かりやすく身体を跳ねさせたことにより、疑念が確信へと変わってしまう。
大量の汗を額に浮かべながら、何故だか泣きそうな表情でザストが放った一言は――――
「なあレイン……俺もう、友達がいねえよ……」
悲しすぎて怒る気も吹き飛ぶ、非情な現実へと二人を直面させるのであった。