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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
2章 七貴舞踊会のフィナーレ
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5.5話 屈しない心

ウル・コトロスは、帰宅後食事を済ませると、日課のセカンドスクエアの鍛錬を取りやめ、身支度を済ませて自室の天蓋の付いたベッドに寝転がった。


最初は歓喜だった。どんなメッセージを送ろうかと悩み続けた。ミレットのように今の彼と仲良くするのを否定するつもりはないが、自分がそこまで器用でないことは自分が一番誰よりも分かっている。


だからこそ、己を偽らずに自身の疑問をそのまま彼にぶつけた。返答がこないことも覚悟の上でメッセージを送った。これはあくまで、自分の逃げ場をなくすための決意表明だったのだから。



()()()()()が君に言ったことが全てだよ』



そんな思いが、予想もしていない返答で一気に崩れ去った。初めて学院で顔を合わせて約3週間、お茶会から2週間、どうして彼に会いに行かなかったかを冷静に論破されてしまったのだ。


ウルはレイン・クレストこそが8年間姿を現さないレオル・ロードファリアであると信じていた。時を経て大人びていようとも、髪の色が変わっていようとも、9年前の七貴舞踊会の記録を穴が空くほど見ているウルからすれば間違いようがない。


だからこそウルは即座に解決するものだと思っていた。レインとジワードの模擬戦後、珍しく一緒にいるあの人たちに話を聞けば、全てが解決すると。



―*―



『エストリア様、シストリア様!』


模擬戦の終了後、ウルとミレットは観覧席にいた双子の姉妹に声をかけていた。一緒に2年Aクラス3位のルチルがいたが、気を遣ってくれたのか、素早くその場を離れてくれたようだ。


『珍しいですね、お二人が一緒だなんて』


『偶然です。ルチルが言うから仕方なく一緒にいただけで、今日はこれから一切近付く予定はないです』


『帰宅するときまた一緒になるのに近付く予定がないって、あなた本当に馬鹿ね』


『……今すぐ馬車をもう一台呼びます。これならお姉様に近付かなくとも問題ないですよね?』


『あの、喧嘩はよくないと思うんですが』


挨拶程度で声をかけただけなのに、一瞬で睨み合いまで発展してしまうロードファリア姉妹。思わずミレットが仲裁に入るが、エストリアが笑いながら右手を左右に振った。


『喧嘩だなんて、私が一方的にシストをからかって遊んでるだけだから。何も心配はいらないわ』


『そういう物言いで私を怒らせるから、後輩たちが心配するのではないですかね……!』


『からかいを真に受ける愚かさを露呈してるけど大丈夫?』


『そこまで! そこまでです! エストリア様も過激な言葉はお控えください!』


シストリアから並々ならぬ殺気を感じ、再度ミレットが二人の間に割って入った。


エストリアとシストリアの仲が良くないのは彼女たちの知り合いであれば誰でも知っていることだが、最近はシストリアが一方的に姉を嫌っているだけで、エストリアはそこまで妹を嫌っていないように感じている。姉を妹をからかいたいだけと言えばまだ聞こえはいいが、自分たちの影響力を考えた上で喧嘩をしてほしいと思うウルとミレットなのである。


『ミレット、学院で様付けはやめなさい。先輩かさん付けにして頂戴』


『あっ、失礼しました。えっと、エストリア先輩、実は一つ訊きたいことがありまして』


『訊きたいこと?』


そこまでミレットが話を進めると、ウルが二人に向けて本題を話し始めた。


『お二人は、レイン・クレストのことをご存じですか? 先ほど模擬戦で、その、辛くも勝利を収めたBクラスの生徒なのですが、彼が、えと』


『ウル、回りくどくてあなたらしくないわね。結局のところ、私に何が訊きたいの?』


『……っ』


明るい表情で会話をしていたエストリアの目付きが、急に鋭くなった。重苦しい空気が辺りに立ちこめ、ウルは少しだけ言葉を紡ぐのを躊躇する。


だが、一度大きく深呼吸してから、エストリアに対抗すべく真っ直ぐ視線を彼女に送った。


『レイン・クレストと名乗っていますが、彼の正体はレオル・ロードファリア――――お二人の兄上ではないのでしょうか?』


遂に踏み込んだ、大きな一歩。心臓が、強く激しく鼓動する。


彼の正体をレオル・ロードファリアとするなら、当然ご家族であるエストリアとシストリアに事実を確かめるのが一番である。ここで言質を取られれば、レインに逃げ場はない。


そして、自分の目を信じて疑わないウルは、二人から首を縦に振ってもらえると信じていた。



『……ウル、あなたは何を言っているの?』



――だが、返ってきたのはウルを心配するような呆れた声だった。


『兄様は現在ロードファリア家で療養中よ。そんなことあなたでも知っているでしょうに』


『……それは、そうなのですが……』


ウルの言葉が弱々しく放たれ、視線がゆっくり下へと落ちていく。



確かに、エストリアが言うようにレオル・ロードファリアは、8年前に原因不明の病に見舞われてから、そのまま自宅で療養しているのである。


だが、ウルは正直この話には懐疑的であり、何故なら8年間レオル・ロードファリアをこの目で見ていないからである。見舞いに伺いたいと主張しても、二次感染の危険があるからとロードファリア家をお邪魔できたことがないのである。


つまるところ、ロードファリア家にレオルがいるか等確認の仕様もなく、そんな折にレイン・クレストに会ってしまえば、考えが変わってしまうのも無理はない。


『何、もしかして納得してないの?』


曖昧な返答で逃げたウルに、エストリアが追随するがのごとく声をかけた。その音には、明らかに怒気が込められていた。


『じゃあ逆に訊くけど、あなたたちはあんな子どもも騙せないような火力しかない男が、次期ロードファリア家の当主だと言いたいの?』


『っ!?』


その一言で、ウルはいかに自分がロードファリア家を侮辱しているかようやく理解することができた。


『も、申し訳ありません!』


慌てて頭を下げると、エストリアは先ほどまでの怒りを収めてにこやかに対応始めた。


『まあ気持ちは分かるけどね、兄様に似てるわけだし。だけど不用意な発言はやめなさい、知らず知らずに敵を作ることになるわよ』


『はい! ご指導ありがとうございます!』


再度深々とお辞儀すると、エストリアは満足気でその場を後にした。


真偽はともかく、ウルは今回の一件を深く反省する。ロードファリア家を疑う等、心に思っても大ぴらにすべきことではない。家の差というものを、改めて認識させられた。


『ウル、ミレット』


そして今度は、妹のシストリアに声をかけられる。姉よりおっとりとした瞳は、姉と同じく鋭く尖っていた。


『あなたたち、彼に近付くのはやめなさい』


シストリアは、闘技場を眺めながら言葉を続けた。


『さっきの話、お姉様が言ったことが全てです。これ以上この話を蒸し返すようなことがあれば、あなたたちの品位が疑われます。幸い彼はBクラスの下位、あなたたちが本来関わる相手ではありません』


『……いくらシストリア様でも、そこまで言われる筋合いは』


『あります。あなたたちの勘違いが、彼に迷惑をかけているとは思わないんですか?』


そこで、ウルは返答ができずに黙ってしまう。ミレットも、うまくフォローに入れずにいた。


『あなたたちは二卿三旗、他者から畏れられる存在です。そんなあなたたちが、ただの勘違いで彼を特別扱いして、周りはどう思うでしょうか? 妬みや嫉みを感じて、彼を陥れるような真似をしてしまったら、あなたたちは責任を取れるんですか?』


シストリアの言葉は、今までで一番ウルの心を締め付ける一撃になっていた。


自分たちの家柄が、大きすぎる名前が、レイン・クレストを傷つけうることをまるで考えていなかった。特にレインは成績下位であり、上位から特別に扱われるようなことがあれば、嫉妬の矛先がレインに向くことなど想像に難くない。


この程度のことも気付けない自分の浅慮さをウルは呪った。


『理解したなら、接触は控えてください。普通に学院に来て普通に学びに来た同級生を貶めたくないなら』


ウルにとって転機になるはずだったロードファリア家との会話は、最悪に近い形で幕を閉じてしまうのだった。



―*―



「……嫌がってなかった。これなら問題ない、問題ないもの」


今日の出来事を思い出しながら、ウルは枕に頬を埋め、ベッドの上でバタ足をする。


二週間、ロードファリア家に忠告を受けて沈黙していたウルとミレットだったが、教員室でレインの顔を見て、我慢することができなくなってしまった。


やはり自分は、自分の感覚を捨て去ることはできない。本人がどう言おうと、妹たちがどう言おうと、レイン・クレストこそがレオル・ロードファリアなのだと。


だからウルは、今日の目的をコード交換の一点に切り替えた。やり取りさえできれば、毎回面と向かって会う必要はない。これならば、ロードファリア姉妹の目を盗んでもレインと接することができる。



「絶対に……絶対にあたしがあなたを……」



頬を伝う雫を堪えながら、ウルは再度決意を胸に秘めるのであった。



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