5話 その夜
夕食を終え、部屋のシャワーを済ませると、レインは待ちに待った読書を始めることにした。
勿論読むのは今日リエリィーから借りた本、『国の興亡』だ。
現在テータは他の部屋に行っているか遅くまで鍛錬場を借りているかで部屋にはいない。読書するにはもってこいの環境だ。
国の興亡、つまり国の成り立ちと滅亡を記した書物になるが、セカンドスクエアが反映し始めた頃は頻繁に起こっていたことのようである。
セレクティアに選ばれ、力を持った者がその区域の長となり民衆を引っ張っていく。その範囲が次第に広がり、国として成り立つ。
そこまではいいが、治める土地が広がれば、当然他国の領地と重なり、諍いが起こる。和解へと進めば良いが、お互いが譲らない場合は武力による衝突が始まり、どちらかが滅びるか降伏するまで止むことはない。
そうして国は拡大、縮小の後滅亡していくのである。
レインが知りたいのは、抗争に負け滅んでいった国々についてである。誰が王で、何年国を守り、どういった理由で滅んでしまったのか。
「……そうは言ってもな」
頬杖をつきながら、愚痴混じりにページをめくるレイン。
問題は、滅んでいった国が多すぎることだ。その上、詳細がほとんど記載されていない。国が興り、滅ぶまでの期間やどの国によって滅ぼされたかは記されているものの、それ以上の詳細は見受けられない。これでは、レインが本当に欲しい情報がいつまで経っても得られなくなってしまう。
それ故に多種に渡る興亡の本を読み漁っているが、新しい成果を得られていないのが現実だ。それどころか、書物によっては異なる内容が記載されていることもあり、頭を抱える結果になることもしばしば。レインとしても嘘の歴史に踊らされるわけにはいかず、慎重に読み解く必要があるのだった。
「……これは……?」
そんな中、レインは今まで閲覧してきた書物には記載されていなかった国名を見つけた。詳細は片面に三行ほど、気を抜けば見逃してしまうような内容だが、見たことのない国名にレインは目を見張る。
『ギアロット』、現ミストレス王国の北東、ワートリア地方に位置していた国。およそ900年近く前に興り、そして700年近く前に滅んでいる。最初の先導者――――つまり国王はダノア・ギアロット。
そして、国が滅んでしまった当時の国王は――――
その時、レインのファーストスクエアが唐突に展開された。どうやら、メッセージがレイン宛に送られてきたようだ。
メッセージとは、コールコードを交換した相手と簡単に文字のやり取りができるファーストスクエアのシステムである。
とはいえコールやメッセージが来る度にファーストスクエアが展開される訳にもいかず、時間や相手によって制限するのが通常であり、レインも学院にいる間は例外を除き展開しない設定にしている。
だが今はプライベートの時間、コールやメッセージがくればファーストスクエアは展開するようになっている。送られてきたメッセージを見ると、どうやら宛先はミレットのようだ。
『ミレットです。今日はいろいろありがとう、急な申し出でごめんなさい。もっともっとお話ししたいので、明日以降もよろしくお願いします』
「……俺はほとんど話してなかった気がするけどな」
そんなことを思いながら、彼女への返答を考えるレイン。彼女は、ウルと比べて自分に執着しているように見えないが、今後どういった動きを見せるかは分からない。気軽に気を許していい相手ではないことは確かだ。
しかしながら、今日は普通に仲良く、楽しく過ごそうと努めていたはずだ。その気持ちのこもったメッセージを邪険に扱うのはさすがに気が引けた。
『こちらこそありがとう。機会があればまた』
冷たくならないよう文面に気をつけながら、レインはミレットに返事をした。必要以上に仲良くすることはないが、だからといってあからさまに突き放すつもりもない。ここからは、ミレットの出方次第で対応を考える。それだけだ。
ファーストスクエアを閉じて読書の続きを再開しようとすると、再度ファーストスクエアが開いた。
今度もまたメッセージ、まさかミレットが神速の返答をしたのかと、レインは恐る恐るメッセージを開いた。
『あなたは、レオル・ロードファリアなんでしょう?』
駆け引きの余地もない、あまりに直球すぎる言葉。誰から送られてきたか等、見るまでもなく理解することができた。
宛先は、予想通りウル・コトロス。徒らに会話を楽しむ気もなさそうな彼女らしいメッセージだ。
今日レインに接触してコード交換をしたのも、このためなのだとレインは感じた。
さて、このメッセージをどうするか。無視してもいいが、ウルは返答がこないことを前提にこのメッセージを送っているように思う。それならば、彼女に最も効きそうな返答をするのが一番であろう。
だからレインは、今になって声をかけてきた彼女が最も響きそうなメッセージを送り返した。
『あの人たちが君に言ったことが全てだよ』
今日ウルとミレットに声を掛けられた時、レインは違和感を覚えざるを得なかった。
どうして今になってなのか、お茶会から数えて二週間経った今になってどうして声をかけてきたのか。
ウルがレインをレオル・ロードファリアと疑い、正体を判明させたいというなら、二週間も待たずに声をかけてきているはずなのだ。ウルのせっかちで真っ直ぐな性格を考えれば、間違いなくそうしている。
だがそれを実行していないのは、彼女の中で迷いが生じてしまったからに他ならない。
そして、迷いを生じさせたのは彼女が言ったあの言葉、
『あの人たちにあなたのこと、訊いてもいいわよね?』
この言葉に、自らが打ちのめされたからであろう。
ウルの心当たりにレインのことを訊ねたものの、納得いく返答が得られず、今日までどうすればいいか分からなかった、これがレインの見解だった。
ウルやミレットには悪いが、どれだけ心当たりを当たろうが答えなど出るはずがない。
言うまでもなく、レインはレオル・ロードファリアではないからだ。事実無根の人間を探ろうと何も出るはずがない、当然のことだ。
念のため、レインは返答がくる可能性も考慮してファーストスクエアを展開したままでいたが、案の定ウルからの返事が送られてくることはなかった。彼女にとって予想外の一撃ならば、レインも送った意味があったというものだ。
これ以上は待ってもこないだろうとファーストスクエアを閉じようとした瞬間、メッセージ受理の通知が届いた。
まさかと一瞬思ったが、宛先はミレット。少し安堵してから、レインは送られてきたメッセージに目を通す。
『おっ、まさか返事がくるとは。予想外だったので嬉しいです。後、あんまりウルちゃんをいじめないであげてください、泣き虫さんの相手は大変なので。それではおやすみなさい』
「……はは」
思わず、レインは渇いた笑いを浮かべてしまう。
何処からか見られているのではと疑いたくなるようなタイムリーな話題なだけに、レインは返答に困ってしまう。
『気をつけます。おやすみなさい』
悩みに悩んだ挙句、さっきの返答よりシンプルな文章が出来上がった。これを送信後、レインはファーストスクエアの展開制限をして読書に勤しむことを決意。
「……これは手強いな」
直球のウルだけでなく、ミレットも十分要注意人物であると感じたファーストスクエアのメッセージタイムだった。