4話 不思議なお食事会
陽も落ち始める時間帯。辺りは騒がしく、楽しそうな談笑が耳へ届いてくる。
食事の香ばしい匂いが空間を立ちこめ、空腹な人間たちの食欲をそそっていく。
「いやあレイン君、お誘いいただきありがとう! 僕はね、君という友人を持てたことにこれほど感激したことはないよ。うんうん、夕食最高!」
「それはよかった」
「…………」
「……何これ?」
そしてその一角には、これ以上ない幸せを噛み締める少年と、その友人Aと、苦笑いを浮かべ続ける少女と、状況を理解できていないもう一人の少女がいたのであった。
―*―
レイン・クレストは非常に困っていた。目の前の決意に秘めた瞳の少女と、その後ろから楽しそうに行く末を見守る悪戯っ子のような少女の対応に難航していたからだ。
彼女たちからは、レインを別人に置き換えて考えようとする節があるため、根本的に会話が通用するかさえ不安な状況である。
「そんな露骨に警戒しないでよ、今日は普通にお話しに来たんだから」
ウルの質問に答えず長考していると、ミレットが困ったような笑みを浮かべながらそう言った。
「普通に?」
「そうそう、よく考えたら私たちレイン君のことよく知らないしさ。だから今日はややこしい話は一切なしなの」
「なるほど」
そういう風に言われてしまえばレインも無下には断りづらいのだが、いかんせん第一印象があまりよろしくない二人だ。結局自分に付きまとわれるようなことになるのであれば、正直元から絶ってしまいたい気持ちが強い。
「……ダメ?」
しかしながら、ウル・コトロスの涙を浮かべた上目遣いにレインは退路を完全に断たれたような気がした。
普段強気な彼女からは考えられない弱々しい物言いもまた、他に追随を許さない凄まじい破壊力があった。
「……分かった。普通に話すだけなら」
「ほ、ホント?」
レインが額に手を当てながら絞り出すと、分かりやすく二人の表情に光が差した。
そこまであからさまな反応をされてしまうと、レインもどうやって対応したものか頭を悩ませてしまう。
だが、彼女たちだけに時間を割けないのが現実である。半ば連行される形で教員室に来たレインだが、普段ならザストと食堂へ向かっている時間だ。これから彼女たちと雑談に花を咲かせることになると、ザストを教室で長時間放置してしまうことになる。
夕食が遅れれば、読書の時間も遅れる。それは何より由々しき事態である。
そういうわけでレインは、目の前で人差し指を二度弾き、ファーストスクエアを展開した。そこでコールシステムを起動、予め登録してあったザストのコードを選択する。
『う、うそ……レインからコール? 今までに一度もなかったのに? それどころか俺からコールしても無視されるのに?』
数秒も待つことなく出た友人は、とても信じられない状況に立ち会ったかのような声を出していた。
「悪い。間違えた」
『あってる! あってますから! 小粋なジョークを挟んだだけで冷たくしないで!』
「あっ、気にしないでください。こちらが間違えただけですので。それでは」
『ちょっ切らないで! 誰もいない教室でずっと待ってたんだから! 寂しかったんだから!』
だんだん口調が怪しくなってきたところで、レインはザストへの攻撃を止めることにした。
「冗談はさておき、今から食堂来られる?」
『知ってる? 伝わりづらい冗談って冗談とは言わないんだよ……って食堂?』
レインは一度二人に視線を送ってから、その事実をザストに伝えた。
「うん、女の子二人と食事ができそうなんだ。カスティール君も一緒にどう?」
―*―
「いやはや、最初にレインから聞いた時はさすがに嘘だと疑ったものだけど、まさか現実なんですねぇ、めでたい!」
饒舌につぐ饒舌で周りに話す暇を与えないザスト。その浮かれっぷりは、女性陣が引いているところを見ても明らかである。
そしてレインは自分が主導で話す必要がなくなり大助かりだった。女性関連の困りごとをザストに頼ったのはどうやら正解のようだ。
「ザスト君はレイン君と仲良しなの?」
現状を少しずつ理解できてきたのか、ミレットが目の前に座るザストへ話を振り始めた。
「仲良しも仲良しだよ、まあお互い他に絡む生徒がほとんどいないって言うのが現実なんだけどさ」
複雑な表情を浮かべながら頭を搔くザスト。話を膨らませるのは大いに結構だが、暗にレインにも友人がいないという事実を広めているようで、レインは急に居心地が悪くなった。
「そっか、それならいい提案があるんだけど」
だがミレットは、ザストの言葉に引くことなく、むしろ明るく表情を綻ばせて両手を叩いた。
「私たちと仲良くなればいいんだよ! それならこれからお話やお食事も困らないでしょ?」
ミレットの提案を受けたザストが、時間が止まったかのように制止した。ザストなら手を広げて喜びを表現するかと思っていただけに、レインは突然固まった友人に不安を覚え始めた。
しかし、そんな悩みは一瞬で吹き飛ぶ。
ザストは、固まったまま滝のように涙を流すと、カクカクと首だけレインの方向へ向けた。
「レイン、友達ってできるんだなぁ……」
切実な言葉に、レインももらい泣きしそうになってしまった。唐突に目の前の男子が泣いたことによってウルもミレットも引いているような気がするが、ザストにとっては仕方ないことだった。
「え、えっと、良かったね! そ、それじゃあコールコードでも交換する?」
困惑しながらも笑顔を崩さずに話を進めようとしてくれるミレット。それを聞いて、ザストは喜びを噛み締めながらファーストスクエアを展開した。
「こんなことって、あるんだな。俺たち、ここ来てからお互いのコードしか知らないっていうのに」
ザストの言葉に違和感を覚え、レインは思わず口を挟んでしまった。
「いや、俺はミラエル君のコード知ってるけど」
「なんで!!!?」
その大声の切り返しを聞き、レインは余計なことを言ったとすぐさま後悔した。
「いや、普通に。彼から交換しようって」
「おかしくない!? 俺グレイと同じ部屋なのに! この差は何なの!?」
「同じ部屋だからじゃないのか? 物理的に必要ないんだから交換する必要ないって思ったんじゃ」
「教室違うんだから必要になるじゃん!」
「……分かった。もう直接聞いてくれ」
自分なりにフォローしようと努めたレインだが、ネガティブオーラを出し続けるザストに敢え無く撃沈した。こうなれば別の話で紛らわせるしかない。
「それよりカスティール君、コールコード交換しなくていいのかい」
「そうだった、この際グレイのコードなんてどうでもいいや」
ザストはあっさりと第二の友人を切り捨て、ミレットとのコード交換へ切り替えた。凄まじい豹変振りである。
「よしザスト君のは終了、次はレイン君だよ」
「俺もするのか?」
「当たり前でしょ、何の為に今日ここに来たか分からないじゃない」
今までだんまりを決め込んでいたウルが、そう言いながらファーストスクエアを展開した。
「えーっと、俺まだウルさんと交換してないような気が……」
「何かあればミレットから連絡させるわ」
「あっ、そうですか……」
あからさまにウルにコード交換を断られ、ザストはがっくり肩を落とした。
冗談か本気か分からないが、同じ食事の場を共有しながらコード交換を拒否するというのは、見ていてあまり良いものではない。ウルがそういう態度を取るなら、こちらにも出方はある。
「なら俺もメドラエルさん経由で連絡するよ、それでいいんでしょ?」
「えっ?」
レインの言葉に反応が遅れたのか、頭を傾げるウル。すぐに理解を示したミレットは、しめたと言わんばかりに身を乗り出した。
「うん! コード交換私だけでいいよ、むしろそれがいいな」
ニコニコウルの様子を窺うミレットを見て、ウルもようやく現状を理解したようだった。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
分かりやすく頰を膨らませて怒りを表現すると、ウルは大きく息を吐き捨てた。
「分かった、分かったわよ! 二人に教えればいいんでしょ! ミレットといいあなたといい二人して意地悪することないじゃない……」
「先に意地悪したのはそっちだろうが……」
「ホントホント、ザスト君可哀想だよ」
あたかも自身が被害者のように振る舞うウルに、レインとミレットは呆れ返ってしまう。容姿や普段の振る舞いに騙されてしまうが、先ほどの上目遣いといい子供っぽい部分もあるようだ。
「あれ? もしかして俺、許された?」
「許してない。3秒以内にファーストスクエア開かなきゃ交換しない」
「するするしたしたもうした!」
謎の疾走感を含んだままコードの交換を無事完了したザストとウル。ザストは嬉しそうに自分のファーストスクエアを眺めていたが、ウルは拗ねたようにムスッとしていた。どうやら先ほどの行いが尾を引いているようだ。
レインともコードの交換を終えると、ウルとミレットは飲み物の器を持って立ち上がった。
「あれ? 二人ともどうしたの?」
ザストが尋ねると、ミレットが困ったような笑みを浮かべる。
「ゴメンね、ホントはもう少しお話したかったんだけどお迎えが来てるの。しかも結構前から」
「あっ、二人は実家組なんだ」
「うん。寮生活も体験してみたかったけど、家が近いからね」
「ミレット、さすがに行くわよ」
「ああもう慌ただしくて本当にごめんなさい! また明日ね!」
別れ際にも無愛想なウルの代わりも果たすように、ミレットが礼儀正しくお辞儀をしてから食堂を去って行った。
そして、今まで無意識に遮られていた周りの音が聞こえ始めてきた。
「レイン、今日はもうお前に頭が上がらねえ。可愛い女の子と食事だけでなくコードの交換までできるなんて、夢のような時間だった」
遠くを見ながら何か悟りを開いたように話すザストを見て、レインは何と返答すればよいか考えあぐねていた。
レインとしては会話の半分をザストが受け持ってくれたことにより事なきを得たので、正直感謝を述べたいのはレインの方だった。
「――で、次は誰を紹介してくれるんだ?」
しかしながら、無遠慮な見境なさを発揮するザストに感謝の気持ちは一瞬で消え去り、レインは無言でトレイごとその場を去ることを決意するのだった。