3話 リエリィーの狙い
「リエリィー、突然現れて何世迷い言を言っている?」
自分の苦悩など知らないリエリィーの暢気な発言に、ローリエは分かりやすく怒気を発した。
「七貴舞踊会の一年代表は私に決定権がある。お前にとやかく言われる筋合いはない」
「いやいや、そうも言ってられないから声をかけたんだけど。初っ端から三人に断られてるわけだし」
「っ……!」
リエリィーの尤もな言い分に、ローリエは言葉を詰まらせてしまう。
「グレイからAクラス内で決めたらって代案が出てるのに返答もしないし、だったらもっとごちゃ混ぜにした方が面白いと思ってさ」
「お前、七貴舞踊会を何だと……!」
「ただのお祭りだよ、参加したい人がすればいい」
自分とは180度異なるリエリィーの言い分に思わず手が出てしまいそうになるローリエ。
だがそんなことをしても意味はない。リエリィーという男の『面白さ』を求めるスタンスは、常に変わらないのだから。
「ぶっちゃけると俺もBクラスにどう説明したものかと思ってさ。Bクラスにも機会をくれるって言うならありがたいんだが」
「リエリィー、何故七貴舞踊会がAクラス上位しか参加資格がないのか理解していないのか? それだけ力の差があるってことなんだぞ?」
「力の差じゃなくて、成績の差の間違いだろ。七貴舞踊会においてBクラスがAクラスに劣っているなんて保証、どこにある?」
「……何が言いたいんだお前は?」
ローリエの問いに、リエリィーは口角を上げて返答した。
「なんてことはない、AクラスとBクラスを競わせてくれればいいんだよ。対戦形式でも構わない、ウチのクラスが納得いけばそれで問題ない」
「馬鹿な、本気で言っているのか!?」
リエリィーの提案を真っ先に否定したのは、勿論ローリエだ。
「成績の基準で大きく占めるのはセカンドスクエアの火力だ。例外はあれど、火力の高い者がAクラスにいる。その現実があって、どうしてわざわざ競わせる必要がある?」
「成績の基準を堂々と生徒の前で話すなよ……」
「皆知っていることだ、今更隠す理由もない」
「まあそうかもしれないけどさ。でも――――成績の基準なんかで話されても困るんだよ」
「何……?」
そう言ってリエリィーは、再度レイン両肩を大袈裟に叩いた。
「たった二週間前の模擬戦のこと、忘れたとは言わせねえぞ?」
挑発するようなリエリィーの物言いに、教員室の一角に緊張感が走る。
そしてレインは、言うまでもなくこの場に居たことを後悔した。リエリィーと一緒に居て良かったことがないのに今更気付き、溜め息をつきそうになる。
「……あれは無効試合だったはずだ。勝敗は存在しない」
「何子どもみたいなこと言ってんだよ、勝敗なんて当人たちが一番理解してる。なあレイン?」
「完全な無効試合ですね、勝敗なんてありません」
「ええっ!?」
レインの裏切りに、リエリィーは素っ頓狂な声を上げてしまった。それを見てグレイとミレットが思わず笑ってしまう。
「お前、俺がせっかく模擬戦のフォローを入れようとしたっていうのに」
「頼んでないですし有り難迷惑ですよ。大体学院から無効試合だって言われてるのに勝った負けたなんて言えるわけないでしょうが」
「かあ、相変わらず枯れた反応しやがって。七貴舞踊会に出たくないのかレインは?」
「出るべきではないですね。七貴舞踊会で重要視されるのは何よりセカンドスクエアの火力です。技術なんて二の次、広い会場を盛り立てる火力がなければ成り立ちませんから」
「……けっこう詳しいな」
「去年見てますからね。それくらいなら分かります」
「成る程ね、そういうことならそれに準じて考えてみるか」
「おいリエリィー、勝手に話を進めようとするな。私は乗る気はないぞ」
「はあ、つまらない先生でさぞAクラスも退屈な思いをしてるだろうな。同情するよ」
「何だと?」
再び挑発染みた発言をするリエリィーに、ローリエは極寒の睨みを以て対応した。
だがリエリィーはそれを無視して、グレイの方へ向き直る。
「グレイ、もしBクラスと対戦するようなことがあったとして、お前が負ける可能性はあるか?」
「ないね。お望みなら証明してやってもいいさ」
「ギルティア、お前はどうだ?」
「うーむ、100パーセント勝てるとは言いませんが、全力を尽くして応対しますよ」
「はは、二人して良い返事だ。じゃあ――――ジワード、お前は?」
最後にリエリィーは、手を組んで両肘をついたまま険しい表情をするジワードに問いかけた。
少し返答まで間があったものの、ジワード・エルフィンは迷いなく言い切った。
「やるって言うならやります。一切の油断もしません」
模擬戦の指摘など意に介さないジワードの言葉に、リエリィーは嬉しそうに口元を緩める。これで担任はともかく、生徒たちの気持ちを無碍にしていない言質を取ることができた。
「悪いがローリエ先生、上の了承が取れるようなら七貴舞踊会の人選、改めて検討してもらうからな?」
「……もう好きにしろ。だが出場者の完成度が低いまま七貴舞踊会の日を迎えることになったら、お前にも責任を取ってもらうからな」
「勿論、それで面白いものを見られるなら処分大歓迎だね」
担任同士の奇妙な会話を聞きながら、この場所に居づらい空気をひしひしと感じる生徒たちなのであった。
―*―
「いやあ、巻き込んですまなかったな」
ローリエとAクラスの生徒が先に出ると、相変わらず反省していないリエリィーがニコニコしながらレインへと頭を下げる。
「もう慣れたからいいです。それより先生は、今日七貴舞踊会の説明があることを知ってたんですか?」
「知ってたよ。そろそろやらなきゃいけない時期だしな」
「なら――――今日俺に本を渡したのは偶然ですか?」
今思えば、レインがリエリィーに本の依頼をしてからの返答はあまりに遅すぎていた。貸せる貸せないの話なんて一日の内にできることだし、貸せることになったとしても二週間準備がいるということはないだろう。
リエリィーは、レインに七貴舞踊会の説明を聞かせるために本の貸し出しを渋っていたのではないかと、レインは思い始めていた。
「何言ってんだ。お前の言いたいことは分かるけど、七貴舞踊会の説明会に参加するよう言ったのは俺じゃないだろ。偶然も偶然、まあお前とAクラス連中を鉢合わせたら面白いことになるかなとは思ったけどさ」
「偶然じゃないじゃないですか……」
「俺からすれば偶然だよ。おかげで、AクラスとBクラスで面白いことができそうだ」
目をぎらつかせて遠くを見るリエリィーから、レインは何か思惑染みたものを感じ取った。ただ面白さを追求するだけではない、そんな別の意図をリエリィーの瞳は宿していた。
「とはいってもこのままやってもBクラスがやられるのは目に見えてるからな。レイン、お前もちゃんと力貸せよ」
「お断りします。いい加減俺を巻き込むのやめてくださいよ」
「いやいや、お前が巻き込まれ体質なだけだって。俺は何もしてませーん」
「分かりました。なら俺は一切首を縦に振りませんから」
「――――振るよお前は」
レインの拒絶の意志に対して、リエリィーは動揺することなくそう言い切った。
「お前は首を縦に振る。そういうルールを作って、俺はAクラスとBクラスを戦わせる。逃げられるものなら逃げてみな」
「……無駄だと思いますけど、ちょっとだけ楽しみにしときます」
「へへ、そんな余裕見せられなくなるからなすぐに」
そう言ってリエリィーは、教員室の奥の方へ消えていった。自分の担任とは思えない程の優しさの欠けた強引さに、今度こそレインは溜め息を漏らした。
だが、今ここでリエリィーの作戦を懸念していても仕方が無い。そもそもリエリィーの思惑が通用するかどうかも分からないし、通用したらしたで、そのタイミングで対応を考えればいい。
今は何より、この手にある本を読むことが一番優先されることだ。
そう思い直して、レインは教員室から外へ出た。夕食を早急に済ませ、睡眠時間まで読書に耽る計画を立てたちょうどその時、後方から声をかけられた。
「レイン君」
振り返った先に居たのは、先ほどまで一緒に七貴舞踊会の説明を聞いていたウルとミレットだった。不機嫌そうな表情と楽しそうな表情がやけに対照的だ。
「どうした?」
聞き返すと、ミレットがニコニコしながらウルの背中を押し出すように動く。それを嫌がって見せているウルだったが、観念したのか、一度自身の両頬を叩いてからレインの目を見つめた。
「……こ、この後、少し時間をもらえないかしら?」
レインの読書は、まだまだ先になりそうだった。